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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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三百六章 獣人と妖精

三百六章 獣人と妖精


 その日の朝遅く、魔導士房の師範室でセシルとセイラムは目を覚ました。

 セシルは正式にセイラムの保護責任者となって、その結果、訓練や賦役などのあらゆる義務が免除となった。その待遇に思いっ切り甘えて、セシルは怠惰な生活を送っていた。

 セシルはセイラムを肩車して春の暖かい日差しの中、余裕を持って「ウナギの寝床」まで歩いて行き、順番を待つことなく用を足した。その後、セシルとセイラムはそのまま食堂に赴いた。

 食堂のテーブルに着くと、二人はほとんど昼食に近い朝食…トウモロコシのお焼きとお味噌汁を食した。

 すると、食堂にもう二人やって来た。以前にも会った剣士房の母娘だった。

 女児を見たセイラムははしゃぎ出して、舌を出してその上の金貨と銀貨を見せ、一生懸命女児に向かっておいでおいでをした。女児は大喜びして両手を天に突き上げ、セイラム目掛けて突進していった。四人はテーブルを一緒にした。

「またお会いしましたね。ええと…」

「セシルです。で、娘さんのお腹をくすぐってるこの子はセイラムです。」

 娘はセイラムにお腹をくすぐられて、きゃぁきゃぁ叫んでいた。

「私はライラック、娘の名前はリグレット…仲良くしてあげてね。」

 リグレットにやり返されて、くすぐられてセイラムもきゃぁきゃぁ叫んでいた。

「私はいつも、この時間に食堂に来ます。戦士房には同じ年頃の女の子がいなくてねぇ…。よろしかったら、また明日もリグレットと遊んでやってくれませんか?」

「良いですよ、これからこの時間にお会いしましょう。」

 朝食を終わらせると、セシルたちはライラックたちと別れて北の三段目を散歩した。

「ああ…なんて気持ちが良いのかしら。このまま何も起こらずに、ずっとこんな生活が続くと良いわね。ね、セイラム?」

 すると、セイラムが何かに気づいて叫んだ。

「あっ、ワンコだっ!ニャンコとトカゲも来てるぅ〜〜っ‼︎」

「えっ…⁉︎」

 セイラムはもの凄い速度で北の斜面をまっすぐ駆け降りていった。

「うわぁ〜〜…セイラムちゃん、どこ行くのぉ〜〜っ⁉︎待ってぇ〜〜…!」

 急勾配を降っていく度胸のないセシルは、北の三段目を道なりに走ってセイラムを追いかけていった。


 馬車の行列がゆっくりとイェルマ中央通りを進んでいた。先頭を武闘家房の馬車、それから獣人族を乗せたニ台の馬車、その後をヤクが引くお土産満載の荷車と紐に繋がれたニ頭のヤクが続いた。

 二台目の馬車の中では、ケットシー族の族長タビサが猫の姿で喉をゴロゴロ言わせながら、オリヴィアの膝枕でお昼寝をしていた。

 するとその時、ウェアウルフ族の族長ネビライの耳がピクピクっと動いて…ネビライは突然遠吠えを始めた。

ワオオォ〜〜ン…ワオワオォ〜〜ン…ウオッ、ウオォ〜〜…

 それに倣って、三台目の馬車に乗っていたネビライの従者たちも吠え始めた。

ワオワオォ〜〜ン…ウオウオォ〜〜ン…

 それに驚いたタビサはオリヴィアの膝から飛び起きた。

「なんっ、なんっ?…何か、あったんっ⁉︎」

 ネビライは言った。

「うむ…仲間ん声ち思ったら…人間やったかぃ。良か声ばしちょう人間ばいねぇ。」

 北の五段目から聞こえてきた歌声を、ネビライは仲間の遠吠えと間違えたのだ。

 オリヴィアが言った。

「人間の声?…わたしにはぜんっぜん聞こえないんですけどぉ〜〜。」

 リザードマン族の族長ジャンダルも…

「それがしにも聞こえ申さんでした。リザードマンはそこもと程、耳は良くあり申さんゆえに。」

 獣人族の聴覚と嗅覚は人間のそれとは比較にならないほど鋭敏だ。

 と…

「んっ!」

「にゃっ…?」

「うおっ⁉︎」

「わっ…と…!」

 オリヴィアと獣人族の族長たちは驚いた。馬車にいきなり女児が飛び乗ってきたからだ。

 女児はタビサの横にちょこんと座ると、その首にギュッと抱きついた。

「ニャンコ、ニャンコ、ニャンコッ…!」

「にゃにゃ⁉︎…あんた、もしかして…妖精ちゃん?」

「ヨウセイって…何っ⁉︎」

 尋ねたのはオリヴィアだった。

「うちらのお隣さんやねぇ…精霊が固まったモンっちゅーか…たまに、森や水辺におるんよ。そやけど…こんなに大きい妖精ちゃん見るんは初めてやねぇ〜〜。ウチらケットシーじゃ、会えたら幸運言われちょ〜よ!」

「ウェアウルフでん…おんなじこつば言われちょうばい。」

「いかにも、いかにも。妖精は吉事の前触れでござる。」

 獣人族はセイラムが妖精だとはっきり認識することができた。もしかすると、妖精が認識できないのは精霊や魔力に対して鈍感になってしまった「人間」だけなのかもしれない。

「妖精ちゃん、あんた、名前あるん?」

「セイラムゥ〜〜。」

「ほうかね…セイラムちゃん、ウチらとおいでぇ〜や。一緒に遊ぼうや。」

「うん、遊ぶ、遊ぶ!」

 セイラムを乗せた馬車は、獣人族の宿泊施設兼宴会場になっている南の一段目の祭事館を目指して進んでいった。

 馬車の一行が走り去った中央通りに、やっとのことセシルが降りてきた。

「はあっ、はあっ…はあぁ、セイラム…セイラムちゃんはどこに行っちゃったのかしら…?」


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