三百四章 ダンジョン その2
三百四章 ダンジョン その2
階段を降りると、ベロニカが真っ暗な前方に向かって「ライト」を付与した石ころをいくつか投げ込んだ。地下三階の通路が明るくなった瞬間、通路の奥の今なお暗い部分から…何かが飛来した。
ガッ…ガチッ…カツン…!
トムは両のナイフで飛来物を打ち落とした。
「石つぶてです…前方に誰かいるっ!」
ヒラリーは剣士スキル「風見鶏」を発動させ、ひょいひょいとその石つぶてを躱した。ベロニカはすぐにデイブ、ジョルジュと自分に「シールド」の魔法を施した。
それでも…
「痛でっ!」
ジョルジュの頭に石つぶてが直撃した。「シールド」があっても当たりどころが悪いと痛い。
トムはジョルジュの危険を感じ…咄嗟に「キャットアイ」と「ウルフノーズ」、さらに「セカンドラッシュ」を発動させ、全速力で石つぶてが飛来した方向に走った。
通路はT字路になっていて、トムは突き当たるとすぐに左右の通路を確認した。左の通路で逃げていく人影を見た。
ヒラリーたちが追いついてきた。
「トム、敵は…?」
「こっちの通路に逃げて行きました!…先客がいました、人間ですっ‼︎」
「…人間?」
「はいっ…最初はハーフットかとも思ったけど、人間です。これは人間の臭いです!」
「そ…そうか?」
ヒラリーは三つのスキルの発動を感じて驚嘆していた。中のひとつは犬並みに嗅覚を強化する「ウルフノーズ」だろう…アンネリが使っていたのを知っている。となると…トムは少なくとも深度1のスキルをカンストして、深度2のスキルも持っているということだ。まだ少年にしか見えないのに…アンネリと同等か、それ以上?
パーティーは今度はラージシールドを構えたデイブを先頭にして、警戒しながらジリジリとT字路の左の通路を進んだ。すると、突然視界が広がり…広い部屋へとつながった。
その部屋の真ん中には…盾とロングソードを持った金属鎧のフルプレートアーマーの兵士が三人立っていた。
ヒラリーが叫んだ。
「…リビングアーマーだっ!」
トムは臭いで判った…こいつらは金属鎧を付けただけのただの人間だっ!
「えっ⁉︎…こいつらは普通の…」
ヒラリーとデイブはトムの言葉を遮って、一体のリビングアーマーに攻撃を仕掛けた。ヒラリーは金属音を立ててリビングアーマーの胸をレイピアで突きまくった。デイブはバトルアックスでリビングアーマーの頭部を狙うも…大きく空振りした。
もう一体のリビングアーマーがジョルジュを襲った。
「うわあぁ〜〜っ…!」
ジョルジュは半狂乱になってショートソードをリビングアーマーに向かってめちゃくちゃに振り回していた。
ベロニカは後方でゲラゲラと笑いながら、必要に応じてみんなに「ヒール」を飛ばした。そしてついでに…リビングアーマーにも「ヒール」を飛ばしていた。
もう一体がトムに狙いを定めてロングソードを上段に構えた。トムは慌てることなくその初撃を躱し…リビングアーマーの肩の留め金をナイフで破壊した。次の攻撃も容易に躱して、ひとつずつ鎧の留め金を壊していった。すると…
「あ…あれ…あれれ?」
リビングアーマーが動くたびに金属鎧がずれて、ガチャガチャと音を立てて鎧が地面に落ちて…中から人間が現れた。
「…やばい、バレた…。」
トムは次にジョルジュを襲うリビングアーマーの背後に回り、右膝の後ろを蹴飛ばした。トムは片膝を突いたリビングアーマーの頭部に取り憑くと、ナイフでヘルメットの金具を壊し、そのままヘルメットを持ち上げた。
兜の下の男は笑って言った。
「うははは…はい、降参っと。」
それを見たヒラリーとデイブは白けてしまって…リビングアーマーとの戦闘を即中止した。
「ありゃあ…もうバレちゃったのか、早すぎるだろう。」
いまだ状況を把握できていないジョルジュは戦闘体制のまま、鎧を脱いでいる男にショートソードを向けて最大限の警戒をしていた。
トムがヒラリーを問い詰めた。
「ヒラリーさん…これは一体…⁉︎」
「ああね、このダンジョンは…ドッキリだ。」
「…ドッキリ⁉︎」
「うん、宗教団体の祠だったっていうのは本当なんだけど…ダンジョンじゃない。ここは冒険初心者に死の恐怖を疑似体験してもらうために冒険者ギルドが作った訓練施設みたいなものだ。まぁ…ジョルジュのような初心者をナイショで連れてきてドッキリさせる場所だな…」
ヒラリーはトムに近づいていって、耳元でさらに囁いた。
「…君には必要なかったみたいだけどな。」
ジョルジュはヒラリーの説明を聞いてやっと状況が把握できたらしく、ヒラリーに猛然と食って掛かった。
「酷いですよぉ〜〜っ!死ぬかと思いましたよぉ〜〜っ‼︎」
「死んでもらっちゃ困るから、この場所があるんだよ。ドッキリで良かったな…ホンチャンのダンジョンで今みたいにパニクってみろ…あっと言う間だぞ。…とにかく、お前たちはこのクエストをクリアしたってことになるのかな…?」
リビングアーマーに扮していた冒険者の男のひとりが言った。
「ああ、正体がバレた時点でクリアだな。おめでとう、ジョルジュ、トム。レイチェルさんに言っておくよ。このクエストは報酬はないが…実績ポイント50を進呈だ。しかし…斥候のキミ、凄いなぁ…。ホントに初心者かい?」
「ええ…まぁ…。」
(しまった、お母さんにあれだけ言われたのに…本気を出しちゃった…。)
気落ちするトムの心情も知らずに、ジョルジュは大喜びしてトムに抱きついてきた。
「凄いや…50ポイントだってさ!あと38ポイントで四級昇格だぁ〜〜っ‼︎」
「よ…良かったね、ジョルジュくん…。」




