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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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三百三章 ダンジョン その1

三百三章 ダンジョン その1


 エビータ改エレーナはティモシー改めトムを見送ると、ひとり貧民街を出てティアーク城下町の探索に出かけた。

 エレーナは尖り耳を隠すために外套を深く被り、目立たないように麻のワンピースにエプロン、左腕には木の皮で編んだ買い物籠をぶら下げた。肌の黒さは隠せないが、遠目には買い物に出かけるお母さんに見えるだろう…。

 途中、貧民街のはずれで与太者二人に絡まれた。

「おい…見ない顔だな。新参の浮浪者か?…まぁ、いい…金目の物を置いていきな。」

 肩を掴んだ与太者の手を振り払って、エレーナは構わずに無言で真っ直ぐに進んだ。

「おっ…こいつ、舐めやがってぇ…」

 二人の与太者はエレーナを追いかけた。しかし…追いかけても追いかけても、エレーナに追いつくことはできなかった。

 貧民街から出ると、エレーナは廃屋の角を曲がった。与太者二人も後を追って曲がると…そこには誰もいなかった。

「あっ、どこに行きやがったっ⁉︎な…何なんだ、あの女は…?」

 与太者二人を振り切ったエレーナはひたすら真っ直ぐ歩いて…城下町の壁に行き当たった。

(中心から北に約23km…すると、だいたい城下町の大きさは円周約145kmぐらいか…。今度は南に歩いてみよう…。)


 朝の極楽亭。一階のホールにはトムとジョルジュがテーブルでパンとスープを食べていた。ジョルジュの計らいで、トムは朝食を半額の銅貨五枚で食べることができた。朝食が終わると二人は城下町を出て、畑の罠を見て回るつもりだ。

 ジョルジュは浮かれていた。なぜかというと、昨日の夜、極楽亭の裏庭で素振りをしていた時…初めてのスキルを獲得したからだ。

 二人が話をしながらパンをかじっていると、極楽亭に客が入ってきた。客を見て…ジョルジュは椅子から立ち上がった。

「あっ、ヒラリーさん!」

「やぁっ、ジョルジュ、元気にしてたかぁ〜〜?ヘクター、朝食を三人分頼む。」

 ヒラリーの他に、デイブとベロニカもいた。ヘクターがやって来て、三人分のパンとスープをテーブルに置いた。

「ヒラリー、極楽亭で朝食なんて…珍しいな。」

「…まぁね。」

 ジョルジュはヒラリーに詰め寄った。

「ねねっ、ヒラリーさん、聞いてくださいよ!昨日、『護刃』を覚えましたよ‼︎」

「おぉ〜〜、やるじゃないか。毎日、素振りや打ち込みをやったおかげだな。」

 女性初のS級冒険者…ヒラリーはジョルジュの憧れの的だった。

「ねね、ヘクターさん、このスープ…タマネギしか入ってないわよ?」

 そう言ったのはベロニカだった。

「そりゃぁ、タマネギスープだからな。」

「鶏肉ぐらい入れなさいよぉ〜〜。」

「いやぁ〜〜…赤字になっちゃうよ…。」

「じゃぁ、ウシガエルぐらい入れなさいよ。コクが出て、もっと美味しくなるわよ〜〜。」

 ベロニカは色んな意味で肉食女子だった。

 デイブが言った。

「うほっほっほっほ、ベロニカよ。お前、ステメント村に行ってみな。あそこの牛の肉は安くて美味いぞぃ。」

「えっ、なになに…ステメント村?…覚えとこ。」

 ヒラリーはパンとスープを食べ終えると、ジョルジュに話し掛けた。

「ジョルジュ、今日の予定は?」

「これから畑に行って…イノシシ狩りです。」

「今日は…私たちとダンジョン探索をしないか?」

「…えっ、ダンジョン⁉︎えっと…どうしよう、一緒に行きたいけど…」

 ジョルジュはトムの方を見た。トムは笑って頷いた。

「ヒラリーさん、トムも一緒でいいですか?」

「構わないよ。」

 五級の冒険者初心者でもパーティーリーダーが一級以上であればクエストへの帯同が許されるというルールがある。

 ヒラリーはヘクターに視線を送った。ヘクターはニヤニヤと笑っていた。


 ヒラリーたちは馬車に乗って、城下町の東城門を抜け、山の麓で馬車を降りると森の中に分け入っていった。

 しばらく歩くと切り立った崖に行き当たり、崖に沿って歩くと石を組んで作った何かのほこらの入り口のようなものがあった。

 ヒラリーがみんなに説明を始めた。

「今日のクエストはこのダンジョンの探索だ。ここは数十年前まで怪しげな宗教団体がすくっていて、その宗教団体が消滅した後…ダンジョン化したらしい。発見されたのはだいぶ前で、地下二階までは他の冒険者によって探索済みだ。私たちはその探索を引き継ぎ、地下三階以降の調査をする…OK?」

「はいっ、分かりましたっ!」

 ジョルジュが大きな声で返事をした。

「地下二階までは探索済みだが、気を抜かないように。ええと、トム…君は斥候だって聞いてる。先頭を頼めるかな?」

「はい。」

 トムは祠の入り口には入らず、その付近を丹念に調べ始めた。それから入り口に入るとベロニカに言った。

「ベロニカさんは魔道士ですよね?左手のナイフに『ライト』をもらえませんか?」

「いいよぉ〜〜。」

 ベロニカはトムのナイフに触れて、その尖端に「ライト」の魔法を付与した。

 ヒラリーは思った。

(「キャットアイ」を持っていないのかな…それとも隠してるのかな…?)

 ベロニカはダンジョンの入り口で前衛職のヒラリー、デイブ、ジョルジュに「アディショナルストレングス」「アディショナルデキシタリティ」を掛けた。

 ジョルジュは初めて魔道士からバフを掛けてもらい、自分が強くなった気がした。それで、覚えたての剣士スキル「護刃」を発動させて…立ちくらみを起こしフラフラっとして壁にもたれ掛かった。

「ジョルジュ、どうした⁉︎」

「うう〜〜ん…なんか、『護刃』を発動させるといつも…」

「お前、もしかして…スキル発動のための体力の絶対量が足りてないな⁉︎スキルに体力の半分近くを一気に持っていかれるせいだ…帰ったら、朝晩走り込みをやりな!」

 ベロニカがヘラヘラと笑いながらジョルジュに「ヒール」を掛けた。

 先頭をトム、その後ろをヒラリーとデイブ、そしてその後をジョルジュとベロニカが続いた。トムは先頭を歩きながら…ナイフで床石や壁を突いていた。

「このダンジョンは自然にできた洞窟に人が手を加えた物ですね。床にコウモリの糞がたくさん落ちてます…コウモリが棲みついてるってことは、厄介な肉食獣とかはいないってことですかねぇ…。」

「ふむ…そこを左に曲がったら地下に降りる階段があるよ。」

(ヘクターの言った通りだな。こいつ、素人じゃない…斥候のセオリーを十分理解してるじゃないか。)

 地下に降りた途端、湿気で空気がムッとした。

「湿気が強くなりました、毒虫がいるかもしれません。注意してくださいね。」

 トムはそう言いながら、ダンジョンの通路をゆっくり歩いていって、途中で止まった。

「あれ、ここの床石だけ埃を被ってなくてなんか綺麗だ…落とし穴かもしれません、踏まないように。」

 ヒラリーがわざとそこの床石を踵で強く踏み込むと、床石はバラバラと崩れ落ちて…下の階が見えた。

 ベロニカが言った。

「あっ、近道だ…ジョルジュ、落ちてみるぅ〜〜?」

「い…嫌ですよ!」

 トムは崩れた床を調べてみて…違和感を覚えた。

(…床石の接着に漆喰が使われてる。だけど、この漆喰はまだ匂いが残ってて新しいぞ…おかしいな。)

 こうしてパーティーは何事もなく地下二階までを踏破した。

「ここからが未踏の領域だ。何が出るか判らないから、みんな気を引き締めてくれ!」


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