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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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三百二章 蚕の孵化

三百二章 蚕の孵化


 最初に見つけたのはサシャだった。

 サシャは仕事の合間、合間を縫って…養蚕小屋をちょくちょく覗いていた。キャシィから受けたミッションのせいもあるが、それ以上に生き物に対して並々ならぬ興味があった。「そろそろ孵化するよ」と言われて…どうしても蚕の幼虫が卵から出てくる瞬間を見たかったのだ。

 お昼過ぎ、サシャが養蚕小屋に入ると、小屋の空気は外気よりもほんの少し暖かく感じた。

(よし…気温23度くらいかな。常時、20度から30度をキープだったわね。)

 小屋の中が薄暗かったので、もうちょっとぐらい気温が上がっても良いかなと思い、窓のカーテンを開けた。セドリックのアイディアで、南側の壁には気温調節と採光のために、最近、高級品の硝子を四枚入れた窓を新たに設けていた。

 サシャが前屈みになって、テーブルの上の底の浅い箱の中を覗いてみると…緑の桑の葉っぱの上の小さな透明な卵の周りを、何やら黒い物が蠢いていた。

 ドキッとしたサシャは自分の鼻息で卵が飛んで行かないように注意しながら、さらに顔を近づけて…葉っぱの上を凝視した。

 透明な卵を食い破るかのように…小さな黒い毛虫が這い出てくる瞬間を目の当たりにした。そしてその隣の卵も…もそもそと動いて、黒い毛虫が頭を覗かせた。

 サシャは小屋を飛び出して、キャシィズカフェの厨房に入ると大声で叫んだ。

「う…生まれたよ、蚕の卵が孵ったよぉ〜〜っ!」

 厨房で後片付けをしていたみんなは、サシャの叫びに反応して厨房を飛び出し、どっと養蚕小屋に押し寄せた。…残ったのはハインツと駆け込み女の四人だけだった。

 ハンナが呆気に取られた顔をして言った。

「あれ…みなさん、どうしたの?」

 ハインツが答えた。

「キャシィズカフェは元々、養蚕事業をするのが目的で始めたらしいです。それでやっと最初の蚕の幼虫が生まれたんですよ。みんな、嬉しいでしょうね。…おっと、そろそろ僕は粉屋に行かないと…。」

 ハインツは冷静なまま、キャシィズカフェを出ていった。

 養蚕小屋ではみんなが集まって騒いでいた。みんな、身を乗り出して桑の葉っぱの上を這い回るたくさんの小さな黒い毛虫を眺めていた。

 十歳のカイトが毛虫を数え始めた。

「いぃ〜ち、にぃ、さん、しぃ〜、ごぉ〜、ろく…はちぃ〜…」

「こいつバカだ、ななを飛ばしたぁ〜〜っ!」

「あはははは、そもそもねぇ…あんた、百まで数えられないでしょ〜〜!」

 ここにある卵は全部で百個…みな無事に孵ったとして毛虫は百匹だ。賢い十二歳のサシャはカイトの無駄な努力を指摘して大笑いした。

 男の子のリーダー格のヘンリーが叫んだ。

「みんな、桑畑に行こう!桑の葉っぱを取ってこよう‼︎」

 グレイスの養い子たちは、どっと養蚕小屋から飛び出していった。

 セドリックは、まるで自分の初子を見ているかのように…目を潤ませていた。

「やっと…やっと、第一歩だ!」

 五歳のジョフリーを抱っこして、蚕の幼虫を見ていたグレイスはセドリックに言った。

「これから忙しくなるねぇ…。キャシィズカフェと養蚕、二つもやっていけるかねぇ…。」

「…。」

 そこに、ハインツと粉屋を交代したキャシィがやって来た。

「蚕が生まれたってぇ〜〜?」

「どうするね、キャシィ?…今はまだ幼虫は少ないからいいけど、これからどんどん増えていったら…ハーブティーまで手が回らなくなるよ。」

「そうですねぇ…卵が孵化して成虫になって産卵するまで約二ヶ月…100匹の蚕蛾がオスメス半々だったとして、50匹のメスがそれぞれ300個の卵を産んだら、六月ぐらいには全部で1万5千個の卵が手に入り、1万5千匹の幼虫のお世話をすることになる。ここまでなら、なんとか今の人数で回せるかな。でも…この幼虫が順調に育てば…八月ごろには7250かける300でぇ…ええと、217万5千個の卵となって、この幼虫が食べる桑の葉っぱの量となると…ううぅ〜〜ん、想像できんっ!」

 キャシィの概算を聞いて、セドリックが言った。

「幼虫が1万5千匹になった段階で…様子を見ながら、蛹から絹糸を取ろうと思ってる。…半分ぐらいは死んじゃうかな。そうか…七月あたりからシルク工場の建設に着手しないといけないな。あ…そうなると、八月には…養蚕じゃなくてシルク工場で人手がいるな…。」

 八月…八月までにキャシィズカフェを何とかしないと!…と、キャシィは思った。

 キャシィはキャシィズカフェに戻ると、ビッキーがしきりにワイン倉庫の薬草の詰まった樽を気にしているのを見た。キャシィはビッキーのそばに行って話し掛けた。

「ビッキー、薬草が気になるの?」

「あうっ、はぁ、は…はうぁ〜〜っ!」

「…全然、分からん。」

 すると姉のカリンがすっ飛んできて、ビッキーと身振り手振りで意思疎通を図った。

「あ…あの、ビッキーはハーブティーに興味があるようです…。」

 カリンの言葉にキャシィは…ひらめいた。

「ビッキー、ちょっとこっちにおいで。」

 キャシィはビッキーを厨房に連れて行くと、棚の上の壷のひとつひとつを指差して説明を始めた。

「これがバジル、これがペパーミント、で…レイシ、テッピセッコク、オウギ、ローズマリー、カモミール、レモングラス…」

 キャシィの説明にビッキーは目を皿のように見開き、前のめりになって食い入るように聞いていた…ように見えた。ビッキーは耳が聞こえない。

 キャシィは次に天秤はかりを持ち出してきた。

「…いい?美味しいエルフのハーブティーを作るためには正確な分量を計ることが重要よ…バジルは10gだから、こっちに中ぐらいの重りを1個乗せて、カモミールは8gだから小さい重りを8個っと…」

 キャシィはビッキーにエルフのハーブティーの作り方を教えていた。舌が確かで料理作りが得意なビッキーなら、この複雑なハーブティーのレシピも覚えられるのではないかと思ったからだ。

「…で、ポットに入れる。そうそう、お湯は沸騰させちゃダメよ。これで二十杯分…最後に隠し味でチョンと蜂蜜をね…!分かったぁ〜〜?」

「はうっ!」

 キャシィは少し後ろに下がって、ビッキーに任せてみた。すると…

「ちょっと…!」

 キャシィは驚いた。ビッキーは天秤はかりは使わずに薬草の壷に直接手を突っ込み、ぽんぽんとポットに材料を放り込んでいった。そして…あっという間にエルフのハーブティーを完成させてしまった!

 ビッキーはポットから一杯分をコップに注ぐと、味見のためにひと口飲んで…恍惚の表情を浮かべていた。それを見てキャシィもそのコップからひと口飲んでみた…

「むっ…あんた天才!八月から、キャシィズカフェのメインシェフはビッキーに任せますっ‼︎」



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