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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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三百一章 雑話 その4

三百一章 雑話 その4


 セシルとセイラムは魔道士の房主堂にいた。

 セシルはフローリングの床だというのに正座させられていて、そのセシルの膝の上にちょこんとセイラムが腰掛けていた。…今からマーゴットのお叱りを受けるのである。

 マーゴットがやって来て、対面の椅子に腰掛けた。

「セシル…お前という奴は、あれだけ食堂には行ってはならぬと釘を刺したのに…。」

 セシルは床に額付ぬかづいて許しを請うた。

「ははぁ〜〜っ…申し訳ございません、うっかり失念しておりましたぁ〜〜っ!」

「やめいっ…わざとらしい…。」

「お言葉ではございますが…食堂で剣士房の人とお会いしましたが、セイラムを見ても何も不思議がってはおりませんでした。逆に、私のことをお母さんですか?って…」

「それは誠か…ふむ、セイラムはすでに人間と変わらぬ風貌となったか…。ユグリウシア殿の話では、セイラムは『ニンフ』という妖精で…人間との間に子を成したという記録もあるらしい…。」

 すると、マーゴットの話に飽きたのか、セイラムが膝の上でもぞもぞと動き始めた。

「ママァ〜〜、お外行きたい、お外行きたい、お外行きたぁ〜〜い!」

 セイラムの言葉を聞いて…マーゴットは観念したようだった。

「ふうっ…セイラムはお前のことを母親だと思っているのだなぁ…。よし、分かった…セシル、お前を正式にセイラムの養母…保護責任者とする。これからは他の子供同様にイェルマの中であれば、どこへでも連れて行って良い。但し、決して目立つでないぞ。」

「ええっ、本当ですか、ありがとうございます!では、これで…」

「こら待て、話は終わっとらんわっ!…実験場だが、壊したのは…お前だな?実験場からそそくさと逃げていくお前の姿を見た者がおる…」

「いえ、あれは…あの日は思いのほか調子が良くて…まさかあんな風になるなんて…わざとじゃありません、信じてくださいっ!」

「…実験場を壊したことが問題ではないのだ。そもそも実験場は壊すために作った物だからな。実験場を壊すほどの魔法を成功させたとあらば…むしろ喜ぶべきじゃ。問題は…お前の魔力だけでは、ああはならんだろう…と言うことじゃ。」

「…へ?」

(こやつ…無自覚か。何ともやりにくいのぉ…。)

「もう良い…ぬるが良い、何処いずこなりとも行ってしまえ。」

「はぁ〜〜い。失礼致します。」

 セシルはセイラムの手を取って、房主堂を出ていった。

 マーゴットは思った。セイラムはセシルの魔力を吸い取って成長した。ならば逆に、セシルに魔力を与えることもできるのではないか?それが本当なら、予知能力だけでなくセイラムの有用性はさらに上がる。

(ううむ、何とか…セシルに言う事を聞かせる上手い方法はないものか…?)


 一週間が経ち、出城の一部…「壁」が完成した。ジャクリーヌはベルデンの騎馬兵を結集させて幅30m、高さ10mの正面の「壁」を守っていた。

 正面の「壁」の後ろでは、ベルデンの兵士たちがさらに側面の「壁」を建設すべく耐火煉瓦を積み上げていた。側面の「壁」が完成し、最後に後方を「壁」で囲ってしまえば…30m四方の「要塞」が完成する。

 この要塞が完成すれば…今までは戦線のはるか後方に置いていた大本営(司令部)を、最前線の要塞内に置く事ができ、それだけでも指揮が明確かつ迅速になる。また、要塞内に一個師団程度の兵を置くことができるので戦況によって部隊の追加投入や、逆に疲弊した部隊を中に入れて休息させるなど…ベルデン軍にとっての利便性は計り知れない。

 新しい将軍が着任して命令系統が回復したラクスマン軍は…この時初めてマットガイスト、バーグ、ベルデンに三枚の「壁」が同時に出現したことを知った。新しい将軍は着任早々、大問題を突きつけられた。

 マットガイスト族長区の「壁」はバーグ族長区の国境近くに建っている。しかし、この辺りはいわゆる「三すくみ」の特殊な状況で、常にマットガイスト軍、ラクスマン軍、そして魔族軍が睨み合っている。

 魔族軍の前衛は基本的には「魔族領の防衛」に徹していて、「人魔対戦」以外では侵攻して来ることはないが…できれば魔族軍を刺激したくないので、ラクスマン軍はここの「壁」は後回しとした。

 バーグ族長区の「壁」はラクスマン軍と接する国境のちょうど真ん中辺りに建っていた。一見攻めやすそうだが…北約50kmの位置にマットガイストの「壁」があるのだ。そしてさらに南約50kmの位置にも…ベルデンの「壁」がある。馬を飛ばせば、どちらからも約一時間で救援が届くのだ。

 これがヴィオレッタがまさに言っていた…「場所」なのである。三つの「要塞」は完成してもそれほど大きくはない。ラクスマン軍が犠牲をものともせず本気で攻めれば数日で落ちるだろう。しかし、三つの「要塞」が連携して動けばラクスマン軍がリーン連邦の国境を抜くことは容易ではない…そんな場所をヴィオレッタは考えていたのだ。

 新しい将軍は檄を飛ばした。

「こんなもの…各個撃破に決まっておろう!…まずはベルデンの壁を破壊するのだっ‼︎」

 ラクスマン軍はベルデンの壁を破壊すべく、静観から攻勢に転じた。

 セオリー通り、四千の兵のうち二千をその場に置いて、残り二千をがら空きであろうベルデンの南側に進軍させ、大きく迂回して「壁」に集結しているベルデンの騎馬兵団を挟撃する作戦をとった。

 二千のラクスマン軍は一度自陣内を西に移動してそれからベルデンの国境を越えて北上し、広大な草原を長い列を作って行進した。リーンとドルインの連合軍が伏兵として待ち構えているとも知らずに…。

 

 ホーキンズに呼ばれて、ヒラリーはギルドマスターの部屋がある二階へ向かった。

「えええぇ〜〜っ、ヒラリーだけ⁉︎…私は、私はぁ〜〜?」

 不平を言うベロニカを手でなだめながら、ヒラリーは階段を登っていった。

 ヒラリーがギルドマスターの部屋に入ると、そこにはホーキンズとユーレンベルグ男爵が座っていた。

「話は済んだのかい?…で、何で私は呼ばれたのかな?」

「うむ、次の議題に入った。ユーレンベルグ男爵がある者に対して強い疑念を持っていてな…ちょっと、ヒラリーの意見も参考にしようということになった。」

「…誰だろう、私の意見が聞きたいってことは…私のパーティーの誰か?」

 ユーレンベルグ男爵が言った。

「ベロニカだよ。」

「おっ…⁉︎」

「ここに来た時も、私に探りを入れてきたじゃないか。」

「いやいや…ベロニカは色んな事を詮索したがる性分なんだよ。誰かれ構わずにツッコミ入れてるよぉ〜〜…失礼があるのは分かるけど、男爵、大目に見てやってよぉ〜〜。」

 ユーレンベルグ男爵はヒラリーの弁明を聞きながら、ホーキンズに指で合図をした。ホーキンズは書類を取り出し、それに目を通しながら言った。

「ベロニカがこのギルドにやって来て約五ヶ月が経ったわけだが…いまだにそれ以前のベロニカの動向が不明のままなのだ。私も、同盟国内の冒険者ギルド、傭兵ギルド、義勇兵団…色々手を尽くして調べたんだが一向にベロニカの身元が割れない。シビルの一件もあったしな…ベロニカの素性に関して、男爵が憂慮されているのだよ…。」 

「いやいやいやぁ〜〜、ベロニカは良い奴だし、凄く役に立ってるよ。なんかおかしな所があれば、私だって気づくと思う。だけど、今のところそんな素振りはないよ。もしかしたら…どっかでちょっとした問題を起こして偽名を使って冒険者として活動しているのかもしれない。」

「どっかで問題を起こして偽名って…それじゃあ、まるでシビルと同じではないか。」

「ああ…ホントだ。」

「それに、その問題とやらが犯罪ならば、冒険者ギルドはベロニカを捕縛拘束する立場だ…ヒラリーがベロニカの肩を持ちたい心情は分かるがなぁ…。」

 ヒラリーにしてみれば、パーティーから主要メンバーのアナ、サムという後衛が抜けて酷い痛手だった。これ以上使えるメンバーがいなくなるなんて、あまり考えたくなかった。

 ホーキンズが言った。

「ヒラリーよ…どう考えたっておかしいだろう⁉︎あれだけの魔道士が今までどこにも属さず一匹狼で活動していたとは考えにくいだろう。お前のくち振りからして、ベロニカはしっかりパーティーの後衛として機能しているようだが…それも変だと思わないか?どこで集団訓練を受けて、連携を身につけた?」

「まぁ…言われてみれば…確かに…うう〜〜ん…。」

 ユーレンベルグ男爵が言った。

「これはあくまでも商人としての勘なんだが…どうも、あの女はダブるんだよ…色んな意味で、オリヴィアと…。」

「お…!」

「む…!」

 ヒラリーがしょうもないツッコミを入れた。

「まさか、巨乳だから…じゃないよね⁉︎」

「色んな意味で…だ!」

 男爵は続けた。

「オリヴィアをはじめとして、アンネリ、ダフネ、そしてキャシィ…みんなどこか似ている。性格が真っ直ぐで、同盟国の中で生まれ育った女とは違うような気がする。言葉にするのは難しいが…陰がないというか…な。」

 ホーキンズが付け加えた。

「なるほど…。貴族社会の同盟国で育てば、人生において少なからず圧迫や束縛というものを受けて、将来を悲観しがちな性格を形成してしまう。税金しかり、賦役しかり、悪辣な貴族しかり…おっと、失礼。だが、あの女たちは…同盟国とは全く違う文化圏で育っているから、あらゆる事に楽観的で…未来は自分の力で何とでもなると本気で思っている…そんな感じですかな。一般人ではなく兵士であると言うのも大きな要因でしょうが…。だが、男爵…それを言うと…言ってしまうと、ベロニカの正体は…」

「あれは多分、イェルメイドだぞ。コッペリ村にしばらく滞在したが…今思うと、午前十一時になるとオリヴィアっぽいのがたくさん大手を振って闊歩していたな。…ベロニカもオリヴィアっぽい。」

 ヒラリーもハッとした。

「…何で今まで気がつかなかったんだろう!あの何者をも恐れないノリとツッコミはイェルメイドしか考えられない‼︎」

 ホーキンズは核心に迫って、ヒラリーに尋ねた。

「…で、ヒラリー。お前…知ってたよな?…判別方法を。」

「うひょっ!」

 三人はしばし打ち合わせをした後、ギルドマスターの部屋にベロニカを呼んだ。

「なになになに、何ですかぁ〜〜…いまさらぁ〜〜!」

 ホーキンズが言った。

「いやなに…男爵と話をしたところ、特に内密にするような情報ではなかった事が判明したんだよ。ヒラリーにな…お前さんが凄く興味を持っているから、教えてやってくれって頼まれてな…」

「わあっ、嬉しいぃ〜〜、ヒラリーありがとおぉ〜〜!知りたいわぁ〜〜っ‼︎」

(む…不自然だわね。私がスパイだって気づかれた?…用心しなきゃだわ。)

「ベロニカは…ラクスマン王国の話は興味あるかね?」

「あるあるある、あるぅ〜〜っ!」

「昨晩、そこの将軍が暗殺されたんだ…」

「まぁっ、なんて事…可哀想に…!」

「犯人は凄腕の殺し屋らしくてな、護衛八人が…『全殺し』にされたってさ。」

「まぁっ…全殺しですってぇ…酷い話ねぇ〜〜。それでそれで?」

 ユーレンベルグ男爵、ホーキンズ、ヒラリーは表情を変えないように…笑い転げないように頑張った。

 まぁ、相手がイェルメイドなら…そんなに気張ることはない。今のところ、ホーキンズたちはイェルマとは敵対関係ではないからだ。

 ベロニカは思った。

(んんん…この話に何の意味があるのかしら、ラクスマンの貴族社会の勢力図が変わるってこと?イェルマにはあまり関係はなさそうね…正体はバレてないようね、私の思い過ごしだったみたい…とにかく、『ど天然』を演じつつ情報を引き出さなきゃっ!)

 頑張りが足らなかったヒラリーが笑いを漏らしながら言った。

「ぷぷっ…その殺し屋ってのがだなぁ、以前にも貴族の一族を『全殺し』したって噂のあるスケアクロウらしいんだ。スケアクロウって、知ってる?」

「初めて聞いたわ…ラクスマン王国の殺し屋なのね?単独犯なの、複数犯なの?」

 ヒラリーたちは笑いを堪えながらベロニカの探究心を満足させるべく、この無意味な話題をしばらく続けたのだった。ベロニカは魔道士だから、この情報を「念話」でマーゴットに届けるのだろうと想像しながら…。

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