三百章 獣人族
三百章 獣人族
ジェニたち射手房のイェルメイドは、馬車に積んできた食糧で簡単な朝食を摂っていた。
タマラとペトラがやって来て、武闘家房の予備役の面々に挨拶をした。
「御大…どうも、お久しぶりです。息災でしたでしょうか?」
「何だい、そんな改まった挨拶なんかいらないよ。あんたたちがオシメをしてた時から知ってるんだから〜〜。」
「あははは…。」
タマラとペトラは柄にもなく赤面してうつむいた。自分たちの恥も失敗も全て知り尽くしている武闘家OGたち…頭が上がらない。
オリヴィアは…遊んでいた。おばさんイェルメイドたちのひとりの背後に忍び寄って、両胸を鷲掴みにしてダッシュして逃げたはいいけれど、おばさんの振り向きざまの棍棒の手練の投擲をもろに背中に受けて身悶えしたり…また、おばさんのお尻を蹴り飛ばして逆にアキレス腱固めに絡め取られて悶絶して地面をタップしたり…。
オリヴィアはみんなにちょっかいを出しては、追いかけ回されて反撃を食らっていたが…これはじゃれているのである。武闘家OGもそれをよく分かっていた。子供の頃からオリヴィアやタマラ姉妹を知っており、みな母親にも似た愛情を持っていた。
「オリヴィアはいつ会っても、五歳の時のまんまじゃな。」
「ええぇ〜〜、そんなバカなぁ…お乳もこんなに大きくなったのにぃ〜〜っ!最近、結婚だってしたんだよぉ〜〜っ‼︎」
「うはははは、面白い…その話、とっくり聞こうじゃないか。」
ジェニたち射手房のイェルメイドは、テレーズたちに東城門での警備のやり方を教わり、彼女たちと交代して城門警備の任務に就いた。
ジェニ、サリー、クレアの三人は城門の上に登って、改めて東世界を見た。
見渡す限りの砂漠…と思ったが、実はそうでもない。イェルマ渓谷やそれに連なる山々の近くは草原地帯…サバンナだ。
クレアが何かを見つけた。
「右側に幕屋みたいなものがある。何だろう…?」
サリーが答えた。
「あれは砂漠の民のバザーだね。」
「バザー?」
「自由市場だよ。色んな人が色んな物を持ち寄って、物々交換とかしてるんだよ。イェルマの城門は貿易商人の出入りがあって都合が良いから近くで商売してるの。ここの仕事は暇そうだから…後で市場を覗いてみようか。」
「えええ、良いのかしら…?」
クレアは、今度は左側で何かを見つけた。
「何か、来る…。荷馬車が三台と…人が十五人ぐらい。…んんっ!…わっ、凄い…アレ、人間じゃないっ‼︎」
サリーは深度2のイーグルアイを発動させて、左の方角を凝視した。ジェニもすぐにイーグルアイを発動させた。同じイーグルアイでも…元々弱視のジェニのそれはサリーよりも格段に落ちる。
「間違いなく…あれはお客さんね。」
客がだいぶ近づいてきて、ジェニはようやく「お客」の正体を確認できた。
「うわっ…ホントに犬、猫、トカゲだっ!…犬、猫、トカゲが二本足で歩いて来るっ‼︎…え、ちゃんと服着てるよっ⁉︎」
それは…ウェアウルフ族、ケットシー族、リザードマン族と呼ばれる「獣人族」だった。彼らはイェルマ渓谷から数百km北東にある隣接したそれぞれの国からやって来た。
サリーの叫び声で来客を知った武闘家OGたちはすぐに城門を開けた。
猫の人が大きな声で挨拶をした。
「おぉ〜〜い、今年も来たよん、みんな元気にしちょったぁ?」
猫の人は出迎えた武闘家房のイェルメイドを見て…
「おおおっ、オリヴィアがおるやん!あんた、師範にでもなったそ?」
「…あんた誰?」
「ああ、そやね…ちょっと待っちょって。」
すると、猫の人は…全身の獣毛が抜け落ち、さらに頭部から黒い頭髪が伸びてきて、みるみる人間の女性の姿に変身した。
「ああっ、タビサちゃんだったかぁ〜〜っ!一年ぶりぃ〜〜…なんかね、猫のまんまだとみんな同じに見えちゃってねぇ…ごみん。」
「ええっちゃ、ええっちゃぁ〜〜。」
二人は抱き合って…タビサはオリヴィアをブンブン振り回した。獣人族は人間よりも力が強いようだ。
オリヴィアと猫の人のやり取りを聞いて、「ちょっと訛りがあるけれど人語を喋った!」と驚いたジェニとクレアは…さらにその猫が人間に変身したのを見て二度驚いた。
ポカーンと口を開けている二人にサリーが説明をした。
「あれはですね…獣人族の上位種『ライカンスロープ』ですね。ライカンスロープは人間に変身できるんですよ。」
上位種のライカンスロープは希少種で、獣人族では族長クラスである。
すると、ウェアウルフ族のひとり、ネビライも…人間に変身した。
「ほんなこて…忘れちょったばい。イェルマじゃ、出来るだけ人間の姿になるんが礼儀たいね。」
こちらも訛りがあった。
すると、リザードマン族のジャンダルが言った。
「拙者も変化できるのでござりまするが、何せ爬虫類の身…変化は不得手でござりまする。ひらに、ひらにご容赦を賜りたい…。」
こっちのは…訛りなのか⁉どこで人語を覚えたのだろうか?︎
タマラとペトラが現役の武闘家房を代表して正式な挨拶をした。
「ようこそいらっしゃいました。しばし休憩していただいて、お昼になったら武闘家房へご案内いたしますね…おい…オリヴィア、お前もこっちに来て…」
オリヴィアとタビサは社交辞令を完全無視して…試合をやっていた。
オリヴィアの秘宗拳に対してタビサは猫爪蛇形拳(蛇形刁手)を駆使して対抗していた。
「オリヴィア、あんま上達してないやん。修行をサボっちょったん?」
「そんなことないよぉ〜〜…ほら…!」
オリヴィアは「軽身功」を発動させてハイジャンプからの蹴りを敢行した。それを迎撃すべく、タビサもケットシー持ち前の瞬発力で飛び上がり…ひとりと一匹の壮絶な蹴りが空中で交差した。
タマラがオリヴィアに怒号を浴びせた。
「こら、オリヴィア、親善試合は後日予定しているから…大人しくしとけっ!」
「だってぇ…タビサちゃんが誘ってくるんだもぉ〜〜ん。」
「おまっ、ウチのせいにしてからに…後でちゃんと落とし前つけちゃるけんね!」
イェルマの食客にして武闘家房を創設した周直は、イェルマ渓谷に辿り着く以前、獣人族の国を放浪していた。
抗争の絶えなかったウェアウルフ族、ケットシー族、リザードマン族それぞれにその特性を活かした拳法を伝授し、その後抗争を終結させた。
周直の死後、彼を恩師と仰ぐ獣人族はその命日に、彼の冥福を願って毎年必ずイェルマを訪れるのだ。
休憩を終わらせた武闘家房と獣人族は東城門を出発した。獣人族の荷馬車はヤクに引かせていたので、武闘家の馬車もヤクに歩調に合わせ…「牛歩」よろしく、その歩みは遅かった。
「あれは…祭事館に到着するのに丸一日はかかるわねぇ。」
サリーは城門の上から笑いながらその様子を見ていた。




