三十章 打ち上げ宴会
三十章 打ち上げ宴会
夕方、ステメント村の宿屋にいくつものテーブルが運び込まれた。そして、夜になると一階ホールは貸切りとなり、冒険者で埋め尽くされた。
冒険者ギルドの主催で、オーク討伐三日間とりまお疲れ様宴会が催された。費用はギルド持ちだ。
事務員のビルがジョッキを高く掲げて音頭をとった。
「皆さん、三日間お疲れ様でした。人死にもなく無事終わったことを神ウラネリスに感謝しましょう。これから三日間、英気を養って次の三日間に備えましょう。なお、今回のオーク討伐クエストには、ユーレンベルグ男爵様から多大な援助をいただいております。神ウラネリスとユーレンベルク男爵、そしてわが冒険者ギルドに乾杯!」
「かんぱぁ〜〜いっ‼︎」
ジェニは第1パーティーのテーブルで乾杯をしながら渋い顔をしていた。
各々のテーブルにあばら骨のついた巨大なローストビーフが運ばれてきた。さすがは牧畜の村だ。みんな用意されていたナイフを奪い合い、肉を切り分けて自分の皿に盛った。中には自分の補助武器のナイフで切り分ける者もいた。貴族ならぬ平民の身、冒険者が肉を腹一杯食べられる機会など滅多にない。
ダフネも真っ先にナイフを奪い、大きく切り取った牛肉の塊を自分の皿に乗せた。イェルマの習慣だ。美味しいものは早く食べないとすぐに無くなってしまうのだ。
ヒラリーが長身のダフネを皮肉った。
「ダフネ、育ち盛りかぁ?まだ育ってんのかぁ〜?肉より酒を飲めぇ〜〜!」
「いや、あたし、あまりお酒は飲んだことないんですよぉ…。」
ダフネはまだアルコールの類を本格的に飲んだことがない。
「バァ〜〜カ!飲んで鍛えるんだよ…酒も経験だよ、経験!」
ダフネはヒラリーに促されるままビールを飲んだ。こんな苦いものをなぜみんな欲しがるのだろう?
「アナ、飲んでるかぁ〜〜?」
「飲んでますよぉ〜〜。」
アナはマイペースで飲んでいた。
男性陣では、デイブが先頭に立ってネイサンとサムに地酒を注いで回っていた。ネイサンはそこそこ飲めるようだが、サムは悲鳴をあげていた。
ダフネはとにかく肉だった。肉を食べる、口の中が脂まみれになる、それをビールで胃に流し込む…そんな感じだった。
(ビールはお肉に合うな。いくらでもいけそうだな。)
ダフネはまだ、自分の酒の限界が分からない。
夜七時頃はじまった宴会は十時になっても続いていた。酔い潰れて半分以上の男達が各々の宿泊所に帰っていた。
アナは自分の腕を枕にしてダフネの横で寝息をたてていた。サムは肉だけを堪能して早々に退席していた。デイブとネイサンは肩を組んで、先ほど陽気に宿を出て行った。
牛の骨にしゃぶりついているダフネにヒラリーが地酒をすすめた。すすめられるままに、ダフネは飲んでいた。
「ダフネ、強いねぇ!酒も強いし、腕っぷしも強い…ウラネリスは二物を与えたかっ!」
「ふふん…あたしは全然強くないですよぉ〜〜…。」
「いやいや、その若さでふたつスキルを持ってる女冒険者なんて、そうそういないよ。」
「ヒラリーさんなんかぁ…もしかして…初期スキル、カンストしてるんじゃないんですかぁ〜〜?」
「キミにだけ教えてあげようっ!…実はカンストしてる。『護刃』…持ってる。」
剣士スキルの『護刃』は剣が折れたり刃こぼれしたりするのを防ぐスキルである。攻撃、防御には直接関与しないが剣士職にとっては意外に重要なスキルだ。
「ああぁ…やっぱりぃ〜〜…。じゃ、上位職の『剣客』なんですねぇ…」
「内緒で頼むよ、手の内はあんまり晒したくないからねぇ…」
「ああぁ〜〜、アンネリとおんなじこと言ってるぅ〜〜。お、オリヴィアさんなんかもう、スキル深度2をカンストしてる…らしいんですよ…」
「まじかっ!」
「アンネリだって…スキル三つだし…あたしだけまだふたつ…うう…パワークラッシュ欲しい…」
ダフネは突然、しくしくと泣き出した。
(げっ!こいつ、泣き上戸だったかっ‼︎)
「大丈夫だって、すぐに覚えるって!」
ヒラリーはダフネの背中をさすって慰めた。
「ぐすっ…すぐって…いつ?いつですかぁ〜〜?…ぐすん…」
ダフネは目に涙をいっぱい浮かべてヒラリーの左腕を掴み、もの凄い力で自分の方に引き寄せた。
「あたたたたっ…」
(泣き上戸のうえに絡み上戸かっ!)
「いい方法があるよ、オークを殺しまくるんだよっ!経験値いいぞぉっ!」
ダフネは、今度は両腕を掴んで、ヒラリーを揺すりはじめた。
「ホントにっ⁉︎じゃ、明日行きましょっ…あしたっ‼︎」
「うん…明日行こう。オークをいっぱい殺そうっ…」
「いっぱいって…どのくらい殺したら…」
(面倒くさっ…!)
「いっぱいは…いっぱいだ…オークのコロニーを全滅させるぐらい…?」
ダフネは涙目ながら、にこっと笑った。
「うん、わかったぁ…明日、オークどもを全殺しにするぞぉ〜〜〜っ‼︎」
(…言った‼︎)
「…サムとアナも連れて行こうっ!ヒーラー二枚なら無敵だぞっ⁉︎」
「…サム…。」
ダフネは黙り込んだ。しばらく黙り込んで、再び喋り始めた。
「サムって…本名はサミュエルって言うんですよぉ…。」
「…知ってるけど…?」
妙な雰囲気を感じて、ヒラリーはダフネの顔を覗き込んだ。両耳が真っ赤だった。これは…アルコールのせいか?
「サムって背が高いですよねぇ…あたしより背の高い男って、なかなかいないんですぅ…。魔法も強力だし…バリバリバリッて…うふっ。」
「サムは水と風の魔道士だからな。雷撃系を得意としてるねぇ…。」
クレリックの神聖魔法とネクロマンサー、サマナーの闇魔法は別として、魔法現象はすべて、エレメンタル…四精霊が引き起こすとされている。魔道士になるためには、王立か民間か、どちらかのソーサリースクールに通わねばならない。イェルマのように、優秀な先達が師匠となって後輩に伝授するという形態は例外中の例外だ。
ソーサリースクールの初級コースでは、「イグニション」「ウォーター」「ビルドベース」「ブロウ」の初歩の火、水、地、風の精霊魔法を覚える。単純に火や水などを具現化するだけの魔法である。地属性の「マジックシールド」、水属性の「ヒール」、火属性の「アディショナルストレングス」、風属性の「念話」なども初級コースに含まれる。
中級コースに進むと、四精霊の中のニ精霊を選択する。精霊にも相性があって、相性が悪いと魔法の習熟が困難になるからだ。火と水の抱き合わせが最悪だ。ソーサリースクールでは無難なカップリングとして、「水と風」「火と地」「風と地」「火と風」を推奨している。「水と風」のカップリングを選択すると、風で水の分子を激しく摩擦させる「チェインライトニング」などの雷撃系、風で空気を膨張させ水を凍らせて飛ばす「アイシクルランス」などの氷系が習得できるようになる。
上級コースではさらに専門性が強くなり、魔道士は上位職の「ウィザード」「ネクロマンサー」「サマナー」「テイマー」のいずれかに進む。ウィザードともなると、天文学、気象学、数学、力学などを修め、伝説級魔法「メテオ」を行使することすら可能となる。ただ、ほとんどの魔道士は中級コースを修了すると卒業してしまう。上級コースは魔法研究と言っても過言ではないからだ。特定の師匠につき、弟子となって研究室で一生を終えるのである。「ネクロマンサー」といった禁忌の職種ともなると…師匠すらいない。
「サムははじめから冒険者になるつもりだったから、水と風を選んだそうだよ。野営の時に大量の水を使えれば何かと便利だからな!あははは…。」
「サミュエルって…頭がいいんだぁ…ヒラリーさんはサミュエルのこと、どう思いますぅ???」
執拗に絡んでくるダフネの顔は…乙女の顔だった。
「う…うぅ〜〜ん…」
(やばいっ!この調子でずっと絡まれるのか⁉︎朝まで恋バナが続くのかぁっ⁉︎)
ヒラリーは恋バナが大の苦手だった。話題を変えねばっ!
「オリヴィアがギルドホールの床をぶち抜いたことがあったよねぇ。あれは深度2のスキルだったのかぁ…。凄まじかった!」
「あぁ…『大震脚』ですねぇ。ふふ…内緒ですけどぉ、アレ、四足歩行の生き物には効かないんですよぉ〜〜…。」
「え…ホントに⁉︎なんで?」
「縦揺れの地震を起こすスキルだから…二足歩行の人間はよろめいたり…背骨の上に頭があるから脳震盪を起こしたりするけど…四足は安定してるし、頭は背骨からぶら下がってるじゃぁないですかぁ…。」
「なるほど、そうかっ!じゃ、『大震脚』を打ってくる気配を感じたら…四つん這いになればいい訳かっ!」
「ぎゃはははは〜〜〜っ…!」
二人は大笑いした。
(こりゃもう…笑い上戸も来たっ!)
「…オリヴィアさんと言ったら…イェ…イェル…故郷の仲間内で、『オリヴィア武勇伝』ってのがあるんですよぉ…。」
(…踏みとどまったぁぁっ!)
「オリヴィア武勇伝?」
「オリヴィアさんの二つ名って知ってますぅ?」
「知らない。」
「黄金のオリヴィアって言うんです…。」
「ふむ…綺麗な金髪だからねぇ。」
「そーじゃない、そーじゃないんですっ…!」
「?」
「…オリヴィアさんは幼い頃、イェ…故郷に来て間もない時に、大人用の厠があって、下に川が流れてて…黄金川って言うんですけどね…」
「あ…大小流すから…黄金かっ!」
この時点で、すでにヒラリーは笑い声が口から漏れ出ていた。
「…落ちたらしいです…厠から。」
「ぎゃははははははははぁぁ〜〜〜っ‼︎」
二人は肩を抱き合って笑った。
「そいでそいで…ず〜〜〜〜っと流されてって、転落防止の鉄格子に引っ掛かって…そこが…いろいろ詰まってて…肥溜め状態で…ついた二つ名が『黄金まみれのオリヴィア』…」
ヒラリーはツボに入ったのかテーブルを叩いて笑った。ダフネも隣のアナの背中を叩きながら笑った。アナは、「はうっ!」と一言もらして再び寝落ちした。
「ぜ…絶対…絶対、内緒ですよぉ〜〜っ⁉︎…ばれたら…あたし殺されるから…人に喋ったらだめですよぉ〜〜っ⁉︎」
「わ…分かった、…相手を選ぶことにする…。」
「だめだってばぁ〜〜…!」
「分かったっ!…勿体ないけど…」
「ダァ〜〜〜メッ‼︎…半年前か…一番新しい『武勇伝』…知ってるぅ?オリヴィアさん、今回の旅行のために、よそ行きの外套が欲しいって言って…冬の山に入って行って、ユキヒョウを…ひとりで殴り殺したんですよぉっ!毛皮に傷をつけたくないから、とか言って…」
「ま…まじやばいな、それ…私も殺されちゃうな…」
「…旅行が大幅にずれて夏になったから…その外套…売っちゃいましたけどぉぉ〜〜っ!」
「ぎゃはははははぁ〜〜〜っ!」




