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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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三章 オリゴ村にて

三章 オリゴ村にて


 馬車は河川敷からもと来た山道に戻った。

 日が傾き辺りが暗くなりはじめると馬車を止め、火を起こして飯盒で飯を炊いた。米は西側諸国ではまだあまり普及していない。西と東世界の接点であるイェルマならではの食文化と言えよう。

 炊けたご飯の上に肉味噌を乗せて食べた。食事が終わるとオリヴィアは馬車の荷台で、アンネリは馬車の下で寝た。ダフネは焚き火に虫除けの除虫菊を焚べながら夜番をした。三時間交代であるが、オリヴィアさんは起きてくれるだろうかと少し不安だった。

 目指すオリゴ村までは二週間の道程だ。何も起こらない日々が幾日も続いた。オリヴィアは荷台でひたすらチーズをかじっていた。

「あ、キジの鳴き声だ。ちょっと行ってくる。」

 アンネリは馬車から飛び降りると森の中に姿を消した。そしていつの間にか首を飛ばしたキジを持って荷台に戻ってきて血抜きのために馬車のながえに吊るした。その夜はキジを串焼きにして食べた。

 次の日は雨が降った。外で炊事をすることができず、馬車の幌の中で堅パンと干し肉を食べた。夜になっても雨が続いたので三人川の字になって狭い馬車の荷台の中で寝た。夏もたけなわ、蒸し暑かった。とても蒸し暑かった。夜中の1時頃、オリヴィアが突然雄叫びを上げ、全裸になって雨の中を走り回った。

 一行は十二日目の夕方にオリゴ村に到着した。

 三人は宿屋に入った。一階にはいくつもテーブルが置いてあってビールを飲む客で溢れていた。多分二階が宿泊施設になっているのだろう。いたって普通の宿屋だ。

 三人はワクワクしていた。

「お嬢さん方、お泊まりかね?」

「そのつもりだ。とりあえず食事がしたいな。なんか出してくれ、三人分ね。」

「あいよ。ひとり銅貨5枚ね。」

 旅の醍醐味といえばなんと言っても美味しい食べ物だ。特にイェルマを出たことのないダフネとアンネリは旅先の食事に相当な期待をしていた。それにずっと野宿で簡素な食事だったのだから、否が応にも期待が増すのである。

(やっとまともな食事にありつける。宿屋の飯って美味しいのだろうか⁉︎)

 パンとスープが出てきた。

 三人はどきどきしながらスープをひと匙すくって口に運んだ。

「むぐっ⁉︎」

 オリヴィアが椅子から立ち上がり、スープを運んできた店主らしき男性に怒号を浴びせた。

「この宿はお客にこんなものを食べさせるの⁉これで銅貨5枚も取るの⁉︎︎お客を馬鹿にしてる?ええ?それとも詐欺なの⁉︎この宿は詐欺でお客からお金を巻き上げてるの⁇あなた詐欺師ですか‼︎」

 スープはほとんど塩気がなく味を感じられなかった。強いていえばとろみを出すためにごっそり加えられた小麦粉の味か。具は細かく刻まれた野菜の何かしら?唯一確認できるのは小さなジャガイモの欠片ぐらいで肉らしきものは認められなかった。

「この小娘、何を言いやがる!嫌なら食うんじゃねぇ‼︎」

 店主の言葉にむかついたオリヴィアはづかづかと歩み寄ると、カウンター越しに店主の胸ぐらを掴んで顔の側まで引き寄せた。店主の足が床から浮き上がった。

 店主は驚いた。三人の中で一番美人で一番物腰が柔らかそうな女に怪力で胸ぐらを掴まれたからだ。

「お…お前ら、この辺のやつじゃないな。な、なんだ、冒険者か⁉︎」

「いま私が質問してるのぉ〜〜!お前が質問するなぁ〜〜!」

 腰が引けてしまった店主はおどおどとした様子で答えた。

「この辺りじゃ塩やら砂糖やらなんやらかんやら色んな物に税金がかかってよぉ…なんもかんも値上がりしてんだよ…こちとらつましくやってんだよぉ、好きでこんなまずい料理作ってるんじゃねぇ!」

 店主に同情してか宿中の客が三人を取り囲むように集まってきた。

 やばいと思ったダフネが割って入った。

「す…すまない、私たちの勘違いだ。長旅をしていたもので事情に疎いのだ。店主、悪く思わないでくれ。少ないけどこれ…」

 ダフネは店主に銀貨を一枚握らせた。

 収まりきれないオリヴィアをアンネリが必死になだめていた。

 なんとかその場を切り抜けた三人は無言でまずいスープをすすった。オリヴィアは何やらぶつぶつ言っていた。

 そんな三人のテーブルに一人の男がやって来た。いかにも胡散臭い格好をした男だった。

「お嬢さんたち、旅人かい?どこまで行くんだい?」

 ダフネは無視するつもりだったが、先程の事もあって無碍にできないと思った。

「エステリック王国まで。」

「女の三人旅なんて危ないなぁ。ここの街道付近は山賊がよく出るって知ってるかい?お前さんたち運が良かったよ。この俺が何とかしてやるよ。」

「あんたが⁉︎」

「ひとり銀貨10枚で免災符を売ってやるよ。これさえ持ってりゃ山賊は襲ってこないよ。どうするね?」

「んん?どういうことだ?」

 頭が回るアンネリが答えた。

「その人が当の山賊の一味って事だろう。そのお札を見せればお仲間さんは見逃してくれるよって事を言ってるんじゃない?」

 男はにたっと笑った。

「あ、そういうことか。じゃぁ、間に合ってるよ。他を当たって。」

「そうか…後悔しても知らないぞ。」

 男は捨て台詞を残して去っていった。

 すると隣のテーブルの客が耳打ちをしてきた。

「おいあんたら、大丈夫なのかい。エステリック王国に行くならお札を買っておいた方がいいよ。あの男はアザル盗賊団の残党だ。アザル盗賊団、知ってるかい?」

「いやぁ、ごめん。初耳。」

「二年前まではティアーク王国を根城にしてた結構悪名高い大盗賊団だよ。王国でやりすぎちゃってよ、憲兵やら騎士団やらの連合軍に粛清されて、生き残りがこの辺りに居ついちまったってわけだ。冒険者ギルドで護衛を雇ったって銀貨数十枚必要だ。とんとんなら荒事を起こさない方がいいと思うがね。」

 サクラか?こいつも山賊の一味か?と、ダフネは思った。

 ティアーク王国はエステリック王国領の南に位置する国で規模でいうとかなり小さい。血脈を辿ると王族同士が親戚で同盟関係にある。

 どっちにしても三人の判断は最初から決まっていた。

「山賊だってさ…全殺しだろ。」

「全殺しだね。」

「全殺しね。」

 イェルメイドにとって不当や理不尽は悪だ。脅しには絶対屈しないし、理不尽な扱いを受けたら倍にして返す。礼節は決して曲げない。イェルメイドにはそんな気風があったし、そうでなくてはイェルメイドではないという矜持と自尊心があった。

 八百年前、建国の女英雄イェルマは当時の封建社会で不当に虐げられていた女性を解放するために蜂起した。夢破れはしたが女だけの国家イェルマを作った。その気概が今も脈々と受け継がれているのだ。

 山賊、盗賊のように物品を強奪した上、人の命を奪うような輩など言語道断だった。この度はイェルメイドである三人に直接降りかかってきた火の粉、見過ごす理由はなかった。

「どうする?やるならあたしがいることだし、夜の方がいいと思う。」

「そうだな。ここの飯はまずいし、今から出発するか。出てくるかな、山賊。」

「行きましょう、行きましょう。」

 三人は席を立った。

「ここには泊まらない。今から出発する。」

 ダフネは店主にむかって言った、誰もが聞こえるようにわざと大きな声で。


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