二百九十四章 キャシィVSチェルシー その2
二百九十四章 キャシィVSチェルシー その2
二人はお茶を啜った。
「キャシィ、お前を対等の商談相手と認めよう…そうなったからには、忌憚のない意見交換をしようじゃないか。私は駆け引きは嫌いだ…。」
「あうぅ〜〜…そう言っていただけるととっても助かりますぅ〜〜っ!」
「まず、こちらの要望を伝えよう…。コッペリ村の粉屋を手に入れたかったのは事実だ。目的はお前が察した通り…貨幣の獲得だ。だけどね、実はもうひとつある…」
「なんと…⁉︎」
「兵站の確保だ。お前も分かっているだろうが、有事の際は食糧が必要になる。私は常に一定量以上の食糧をイェルマに確保しておきたいのだ。イェルマで確保できなかった分は、他から調達して来ねばならない…そのためのコッペリ村の粉屋でもあったのだ。」
「なるほどぉ…じゃぁ、こうしませんか?実はうちの穀物倉庫は冬に潰れたんですけど…新しい倉庫は作らないことにしますっ!」
「…どういうことだ?」
「うちの穀物はイェルマに全部預けるので、イェルマの穀物倉庫を無料で貸してください。イェルマの穀物とうちの穀物を…同じ倉庫で一括管理するんです。いざという時は、うちの穀物をそのまま全部イェルマで買い上げてくれたらいいですっ!」
「そりゃぁ、手間要らずでいいな!…ただし、その時は売掛けで頼むよ。」
「もちろん!」
「では、そちらの要望を聞こうじゃないか。」
「ええと…チェルシーさんは、こちらの事情をどこまで知ってるんですかねぇ…?」
「全部だ。」
「げっ!…それって、サムさんが…流してる?」
「違う。サムが情報をくれるのは、イェルマやコッペリ村が戦争に巻き込まれそうな時とコッペリ村でイェルメイド向けの仕事が発生した時だけとマーゴットから聞いている。私はイェルマ橋駐屯地のイェルメイドから情報を集めている。」
「そっかぁ…。じゃぁ、ぶっちゃけます。これからうちは養蚕を始めます…」
「知ってる。」
「養蚕を経て、紡績、織機…シルク工場を作って、シルクを生産するつもりです。これから多くの人手が必要になってきます。イェルマの生産部の服飾部門の織工を…お借りすることはできませんか?」
「ああ…それは無理だな。練兵部ならともかく、生産部は無理だ。駆け込み女はイェルマに忠誠心がないから、一旦イェルマの外に出すと…大半は戻ってこないだろうねぇ。」
「じゃぁ…紡績や織機の業務をイェルマに委託することは可能ですか?可能なら…うちはシルク工場を建設する必要がなくなります。」
「むむ…それは考えた事がなかったなぁ…。だけど、品質管理の観点からお薦めしないね。シルクのような繊細な物はそれに特化した織工が必要じゃないかなぁ…。空に向けて唾を吐くようだが…情熱を持っていない駆け込み女に任せてもいいものなのか?麻の生地と違って…できたは良いがあっちもこっちも絹糸が切れてて商品になりませんでしたなんてことがあるかもだぞ…織工は自前でしっかり教育、訓練した方が良いよ。」
「そっかぁ…ご指導、ありがとうございますぅ…。それとですねぇ…ティアークから来るワインを積んだ馬車の護衛を練兵部でお安く請け負ってもらうことはできません?」
「…その意図は?」
「現在はティアークの冒険者が請け負ってるんですが…護衛料をもっと低く抑えることができればワインの原価も下がります。そうなれば、私の利益が増えます。計算したんですけどぉ…グラス単価のワインの原価が銅貨十枚で、そのうちの半分が輸送料ですね。輸送料の銅貨五枚を三枚にできたら…私の利益がグラス一杯につき銅貨七枚になるんですよ。どうでしょうか…?」
「ふむふむ…なるほど、考えておこう。」
キャシィとチェルシーは約二時間ほど意見交換をし、その後いくつかの業務提携の約束をした。
この商談で…キャシィのチェルシーを見る目が180度変わった。堅物なのは変わらないが、商売については絶対にぶれない信念のようなものがあり、それでいて相手に歩み寄る柔軟性も持っている。…まるでユーレンベルグ男爵の女性版という印象を持った。
イェルマとの業務提携の結果、金貨一枚分の穀物を持って帰る必要がなくなったキャシィはその半分の穀物を荷馬車に載せてイェルマ城門を出た。これからは、必要な時にイェルマの穀物倉庫に取りに来れば良いのだ。
すると、どこからか女のむせび泣く声が聞こえてきた。何だろうとキャシィが近づいていくと、ひとりの老婆の周りに四人の女が群がっていた。イェルマに入城できなかった駆け込み女たちだ。
ひと目で分かった…老婆はすでに事切れている。老婆にすがりついて泣いているのは娘だろう。
キャシィが声を掛けた。
「…死んじゃったのか。残念だったねぇ…。」
娘は泣きじゃくりながら言った。
「…こんな事なら…イェルマに来るんじゃなかった…」
男の子を抱いた女は言った。
「不幸な女たちを受け入れてくれるって聞いて、はるばるやって来たのに…。私なんか男の子がいるってだけで…愛する息子を里子に出してまで、私ひとり生き残ろうとは思わないわ!」
キャシィは言った。
「気持ちは分かるけど…あんたたちに都合の良い場所なんかこの世の中にありゃしないよ。イェルマに入れた女たちもギリギリの生活をしてるんだよ…。」
それでも、女たちは泣くのをやめずイェルマへの恨み言をたらたらと漏らすので…キャシィは耐えられなくなって言った。
「そのお婆さんを荷台の麻袋に入れて、馬車に乗せなよ…簡単な葬式ぐらいは出してあげるよ。」
キャシィの馬車は四人の女を引き連れて…ゆっくりとコッペリ村へと戻っていった。




