二百九十三章 キャシィVSチェルシー その1
二百九十三章 キャシィVSチェルシー その1
三日後の朝、キャシィはキャシィズカフェの荷馬車を借りてイェルマへと向かった。
キャシィとハインツが運営する粉屋で売る穀物が底を尽きそうで、イェルマで穀物を買い付けようと考えたのだ。ユーレンベルグ男爵の教え…在庫を切らしてはいけない…を遵守するためだ。
(多分、チェルシーさんが出てくるだろうなぁ…きっと、粉屋を横取りしたと思ってるだろうなぁ…嫌だなぁ…。)
イェルマ城門に到着すると、城壁に沿ってボロボロで簡素な幕屋がいくつもあった。駆け込み女たちの幕屋だ。イェルマに入城できた女たちはいいが…入城できなかった女たちは炊き出し目当てでここで粘っている者もいる。
キャシィは彼女たちを横目で見ながら、門番に魚璽を高く示して少し開いた城門をくぐった。
キャシィは南の一段目にある生産部管理事務所に入っていった。
「おっはよござぁ〜〜っす。」
奥から女が出てきて応対した。
「はいはい、何のご用?」
「穀物…大麦、小麦、トウモロコシを少し買いたいんですけど。」
「貿易商人…には見えないわねぇ。どちらの方?」
「コッペリ村の粉屋です。」
「…って、どうやってイェルマに入って来たんですか⁉︎」
キャシィはニコッと笑って魚璽を見せた。それを見て、応対した女は事務所の奥に入って行き、中にいた灰色のローブの女とひそひそと話をした。まぁ、魚璽を持っているのはイェルメイドだけで、それが魚璽を使って穀物を買いに来たのだから…これほど不可解な話はない。
灰色のローブの女は多分…魔道士だ。魔道士は「念話」を使ってまずマーゴットにお伺いを立てる。そして…その情報はチェルシーへと伝わる…。
しばらくすると、魔道士の女が窓口にやって来て言った。
「キャシィさんですよね?チェルシーさんがお話があるそうで…ちょっとご足労願えますか?」
(やっぱり来たよぉ〜〜っ…!)
キャシィは事務所の奥の部屋に通された。その部屋は周りに戸棚がひしめいていて、真ん中にテーブルがひとつ、そして椅子が二つあるだけの部屋だった。事務員…駆け込み女と魔道士の執務室兼休憩室なのだろう。
キャシィはブルブル震えながら椅子に座っていた。
チェルシーは黒亀大臣…「四獣」のひとりで、イェルマのトップだ。ペーペーのイェルメイドであるキャシィにとっては「班長」「副師範」「師範」「房主」「四獣」…5クラス上の上司だ。畏れ多くて声も掛けられない存在だ。しかし…キャシィは思った。
(今日はイェルメイドとして来たんじゃない!…ひとりの商人として、商談をしにやって来たんだっ!相手が黒亀大臣でも…商売の話なら対等だっ‼︎)
チェルシーが部屋に入ってきて、魔道士の女に人払いを申し付けた。部屋にはキャシィとチェルシーの二人だけになった。キャシィは…「鷹爪」を発動させて、ガクガクと震えている両膝を三本指で押さえつけた。
「やぁ、キャシィ。今日はどうしてイェルマに?」
「は、は、は…はいぃ…穀物を…売ってもらおうと思いまして…。」
「穀物?…それは異なことを…。お前はグレイス一家の護衛だろ?護衛がなぜ穀物を買いに来るんだい?」
「うう…えっと…頼まれました!」
「誰に?」
(ううう…よく考えろ、よく考えろ…!)
「……ハ、ハインツさんにです!」
「ハインツ?…一体誰だい、それは?」
チェルシーはハインツの事を…もちろん知っている。
「…ハインツさんはユーレンベルグさんの次男で…ユーレンベルグさんはキャシィズ…ううう…キャシィズカフェにワインを卸している人で…グレイス一家の家族同然のような人です。その息子さんに頼まれて…です!」
「…そのハインツは、なんでお前さんに穀物の調達なんかを頼んだのかねぇ…?」
「えっと…事業拡大ということで…最近、ハインツさんが粉屋を買い取りまして…」
「おやぁ…?粉屋を買い取ったのは…キャシィ、お前だろう⁉︎」
「ち…違います、ハインツさんです!」
「私の持っている情報と違うな…。」
「えっとですねぇ…共同出資してましてぇ…現在、ハインツさんの方が出資の比率が多いので…ハインツさんが主人です!」
「くくくくっ…苦しい言い訳だねぇ…。」
「苦しくても何でも…商売上はそーゆーコトになります!」
実際、キャシィとハインツは金貨十枚づつを出し合って粉屋を買った。だが、粉屋の当座の運用資金として、キャシィはハインツからさらに金貨一枚を借りている。つまり…金貨一枚分ハインツの出資金額が多いという訳で、あながち嘘ではない。…な、何とか切り抜けられるかな?
チェルシーはニヤニヤしてキャシィの顔を見ていた。キャシィはチェルシーの顔を憎たらしく思い、そう思うと…だんだんムカムカしてきて、敵愾心がキャシィの緊張を和らげてくれた。…そうだ、反撃しなくては!
チェルシーは粉屋買収に興味を持っていた。なぜコッペリ村の粉屋が欲しかったのだろう…その真意を探り出さねば!
「それで…穀物は売っていただけますかぁ〜〜?」
「さぁ、どうしようかねぇ。」
「金貨一枚分を買って行きたいんですけどぉ…。」
「たった金貨一枚分かい…。うちはお前さんのところのワインを毎回二十樽…現金で金貨十五枚ほど買ってるよ…とんだ貿易赤字だっ!」
チェルシーは憤懣やる方ないといった様子だ。
(…んっ⁉︎)
チェルシーの感情のこもった言葉に…キャシィはピンと来た。
(判ったっ!…チェルシーさんの狙いは…貨幣だっ‼︎)
イェルマで全ての物資を作れるわけではない。例えば塩や砂糖など…必要な物資はイェルマ以外で購入しなくてはならない。そのためには、同盟国で流通している貨幣が必要だ。イェルマ渓谷を通過する貿易商人から色々な方法で貨幣を得てはいるが…それだけでは足りないので、コッペリ村の粉屋をイェルマのアンテナショップにして…幅広く貨幣を集めようという腹づもりなのだ。
チェルシーの魂胆が判ればこっちのものだ!
「今回は金貨一枚だけど、末長いお付き合いになれば…金貨十枚、二十枚の取り引きもあるかと…。」
「…例えば?」
「うちで貿易商人が穀物を買っていく時に…イェルマ産の穀物を売ります。私どもは手数料を雀の涙ほど頂ければ、それで結構です…」
「ふむふむ…」
「お互いに助け合うことができれば、利益はいかほどのものでしょう。私もイェルメイドの端くれ…イェルマに損をさせるつもりなんて、金輪際ありません。チェルシーさんにたくさんの貨幣を稼がせてあげますよぉ〜〜っ!」
「…むっ!」
(ああぁ〜〜っ…しまった、最後のひと言は余計だったぁ〜〜…!)
チェルシーはふと考え込んで、大声で叫んだ。
「おぉ〜〜い、誰か…お茶を二つ頼む!」
(…二つ…?)
チェルシーは不敵に微笑みながら言った。
「こっちの思惑を看破するとは…なかなかだねぇ、見くびってたよ。…長い商談になりそうだ…。」




