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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百九十章 クレアの昇格

二百九十章 クレアの昇格


 四月になって、イェルマ渓谷は一気に春めいた。北の五段目の畑では春蒔き小麦の種蒔きが始まり、イェルマ城門でも開門待ちをしている貿易商人の荷馬車がちらほらと見られるようになった。

 早朝、クレアは集団寮の一階で十二歳班のみんなに別れの挨拶をしていた。

「そろそろ、あたしは行く…みんなも頑張ってね!」

 ターニャが言った。

「六月になったらあたしも行くからね。」

「うん、待ってるよ!」

 クレアは麻のワンピースを脱ぎ、準備していた麻のシャツとズボンに着替え、皮のベルトをきちっと締めた。すると、ジェニがやって来て声を掛けた。

「クレア、行きましょう。」

「はいっ!」

 四月四日はクレアの誕生日で、十三歳になったクレアは今日から射手房の「十五歳班」に編入となる。つまり、ジェニと同じ班となり一緒にアーチャーの訓練をすることとなった。

 クレアが一番胸を躍らせているのは、ついに…ついに…憧れの弓を持つことを許されたことだ。十二歳班までは基本的な体力作りで弓の練習はしない。弓の訓練は十五歳班からだ。

 集団寮の外に出ると、十五歳班のメンバーとそのリーダーのシモーヌがいた。

「ランニング行くよぉ〜〜っ!」

 魔導士房以外の練兵部の訓練は、体力を養うため…とりあえず走る。まず走る。何はともあれ走る。みんなは早朝のまだ冷ややかな春の空気の中を、イェルマ中央通りまで走って降りた。

 朝のランニングが終わって食堂でみんなが朝食を摂っている間に、ジェニ、シモーヌ、クレアの三人は早めに北の二段目の射手房に戻った。

 三人は射手房から少し離れて急な傾斜地を登っていった。すると、小さな小屋が見えてきた。スージーの弓工房だ。小屋の中ではスージーがトネリコの板を削っていた。

 ジェニが声を掛けた。

「こ…こんにちわ、スージーさん。お久しぶりです…。」

「ん…誰だっけ?」

「えっと…半年前ぐらいに弓を頂いた…ジェニです。」

「え…あ、ああっ!思い出した。あんた、イェルメイドになったのかい⁉︎…へえぇ、見違えたねぇ。筋肉がついたじゃないか、頑張ったんだねぇ。…で、何の用?」

「この子が新しく十五歳班に入ったので…短弓を一本お願いします。」

 クレアは初老のスージーを見て…すぐに退役したアーチャーだと察し、緊張して自己紹介をした。

「ク、ク、ク…クレアです、十三歳になりました…。それで十五歳班に入りました…ス、ス、スージーさんはアーチャーの大先輩ですね…?これから…ご指導ご鞭撻のほど…よろしくお願いします、です!」

「うひゃひゃひゃひゃ、初々しいねぇ!ふむふむ…クレアは骨はしっかりしてそうだね、頑張りな。そうだね…そこに五本並んでるトネリコの弓の真ん中のヤツを持っていきな。」

「あ…ありがとうございます!」

 三人はスージーに礼を言って弓工房を後にした。

 クレアはもう有頂天で、射手房に戻る道すがら真新しいトネリコの弓を撫でたり擦ったりつるを引っ張ったりしていた。

 そんなクレアにジェニは言った。

「羊皮紙を使ってもう少し全体を磨いて、ささくれを落とした方がいいわね。」

「ですよね、ですよね⁉︎」

 するとシモーヌも…

「弦に薬煉くすねを引かなきゃだね…房主堂にあったはずだよ。」

「ですよね、ですよね⁉︎」

 とにかく、アーチャーにとって弓の話というのは…何時間かけても、語り尽くせない熱い話題なのだ。

「ジェニ姉さんの弓はちょっと黒みがかってますよね?」

「ああ、これね、漆を塗ってあるのよ。ほんの僅かだけど強度が上がって矢の飛行距離が延びるのよ。」

「おぉ〜〜…!」

「房主堂に…漆はあったかなぁ…私の弓にも塗りたいなぁ…ああっ‼︎」

 弓の話に夢中で足元がおろそかになっていた三人は…何かにつまずいて、三人とも急な傾斜地を転げ落ちた。

「痛たたた…腰打ったぁ…。」

 射手房に戻ると、練習場でクレアは初めて弓に矢をつがえた。ドキドキしながら弦を引いてみると…十二歳班でみっちり鍛えたクレアの筋肉は柔らかめのトネリコの弓の弦を十分引くことができ、放たれた矢はものの見事に…的を外れた。

「わっ…大外れ…。」

 しょんぼりしているクレアに、ジェニは笑いながら言った。

「人生初なんだから…。さ、次、次。どんどん行きましょう!」


 訓練を終えて十五歳班が集団寮に戻ると…

「クレア、おかえりぃ〜〜!十五歳班、どうだったぁ〜〜?」

 先に帰っていた十二歳班の歓迎を受けた。くどいようだが…十二歳班と十五歳班は集団寮の同じ一階で暮らしている。

 ターニャが言った。

「クレア、お待ちかねの物が届いてるよ〜〜。」

「おおっ…!」

 すぐにクレアは自分の寝台に向かった。寝台の上には…あつらえたばかりの新品の皮鎧が置いてあった。

「うひゃひゃっ!これであたしも一人前のイェルメイドだぁ〜〜っ‼︎」

 クレアがターニャの手を借りて皮鎧をつけてみると…ダブダブだった。

「…そんなぁ〜〜っ…ちゃんと寸法を測ってもらったのにぃ〜〜…!」

 クレアの十五歳班編入の三日前、ジェニがクレアの寸法を羊皮紙に書いて練兵部管理事務所に届けてくれた…はずだ。

 クレアは同じ階のジェニの寝台まで走って行って、ひと回りも大きな皮鎧を装備した自分の姿をジェニに見せて…無言で睨みつけた。

「ああ、十三歳は伸び盛りだから、一回り大きめに作るって…管理事務所の人が言ってたよ…?」

「あうううぅ〜〜ん…。」

 悔しい気持ちと僅かな希望はどこかにすっ飛んでいって…クレアはガックリと両膝をついた。


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