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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百八十九章 出城

二百八十九章 出城


 ヴィオレッタたちは港湾総督のホセから馬車一杯の魚の塩漬けをお土産にもらってドルイン港に別れを告げた。

 それから三日かけてマットガイストとバーグを視察した。そして、四日目にはベルデンの首都ベルダに到着した。首都といっても、ベルデンは放牧の国…街の中央に大きな井戸があって、街並みには木造の家屋と幕屋が並ぶだけだった。

 馬車が停止すると、馬車旅に飽きていたクロエとシーラは飛び降りて、すぐにベルダの町の探検に繰り出した。それを慌ててティモシーとエビータが追いかけていった。

 ヴィオレッタは族長のジャクリーヌがいる屋敷を訪れた。

「やあっ、ヴィオレッタ、正月以来だな。お忍びだって?…ってことは、耐火煉瓦についてもきっちり説明してくれるんだろうな。お前のことだから、ちゃんとした理由があるんだろうが…」

 遡ること二週間前、ジャクリーヌは「念話ネットワーク」を介してヴィオレッタから耐火煉瓦を可能な限り集めるように指示を受けた。最低でも一万個…ジャクリーヌは何のための資材なのか皆目見当もつかなかった。

「うん…途中立ち寄ったマットガイストやバーグでも同じ事を訊かれたよ。今回の視察の目的は…まさにこれに尽きます。…時と場所を違えず、綿密な打ち合わせの上、精緻な設計図を基に…ベルデン国境に『出城』を建設します。」

「…出城だと⁉︎つまり…要塞だな。確かにそんなものがあれば大変ありがたい。国境でのラクスマンとの戦いが楽になる。でもさ…それは今までにもやってみたんだよ…でも無理だった。要塞を造ろうとすると、ラクスマンの軍隊にことごとく邪魔された…」

「今回は大丈夫です。私が指定した『時』に、三つの自治区の指定した『場所』に造ればうまくいきます。」

「いやいやぁ〜〜…要塞を造り始めたら、ラクスマンにはすぐに判ってしまう…奴らが指を咥えてただぼぉ〜〜っと見てるはずがない!」

「ふふふ…すでに布石は打ってあります。あっ、それと…」

「…何だ?」

「ドルイン港でたくさんお土産をもらったんだけど…マットガイストとバーグに全部あげてきちゃったので、ジャクリーヌさんの分が無くなっちゃいました、ごめんなさい。」


 次の日の早朝、ラクスマンの国境付近の緩衝地帯。ここはベルデン族長区の国境に面していて、北側はバーグ族長区の国境と接している。この緩衝地帯ではいつも通りラクスマンの兵士たちが、無数の騎馬返しの柵の後方の南北に長く掘った塹壕の中でベルデンとバーグの様子を見ていた。

 ひとりの兵士がベルデンの不穏な動きに気づいた。

「おや?あいつら…荷馬車で何かを運び込んでるぞ…。」

 兵士は小隊長に連絡を入れ、小隊長は中隊長に連絡をした。中隊から斥候隊が組織されすぐに偵察に出た。

 偵察隊は帰還するとすぐに報告した。

「中隊長、大変です!奴ら、大量の煉瓦を運び込んで…穴を掘ってます。何かの基礎工事を始めるつもりです…」

「何だと…すぐに出陣して、工事を止めるんだ!」

「それが…もの凄い数の騎兵が集結していて…」

「…どのくらいだ?」

「ざっと…千…!」

「千だと…⁉︎ベルデン軍のほぼ全部じゃないかっ!むむむ…ちょっと待て、大隊長にお伺いを立ててくる…」

 中隊長は大隊長にお伺いを立て、大隊長は師団長に報告した。だが…

 中隊長が戻ってきた。小隊長は尋ねた。

「…どうでしたか?この場合、北はバーグですので…軍を二つに分け、一方を南に大きく迂回させてそれから挟み討ちにするのが常套手段ですが…」

「…待機だ。」

「ええっ…事は急を要します!こちら側に強固な壁だけでも建設されてしまったら、我が軍は圧倒的に不利になりますよ!」

「…待機だ、静観せよ。二度も言わせるなっ!」

「…。」

 全軍を二つに分けて挟撃する…師団レベルの軍を動かすこのような作戦行動は司令官クラスの命令や許可が必要だ。しかし、一年じゅう睨み合っているこのような緩衝地帯では司令官はその場に常駐する事はなく、王都で執務している事が多い。それでも、軍鳩や魔道士の「念話」で連絡が取れるようにはなっている。…報告は司令官のところまで上がっているのだろうか?

 ラクスマン軍が指を咥えてただぼぉ〜〜っと見ている中、ベルデンの兵士は時々交代しながら突貫工事で地面を掘削し、耐火煉瓦を積み上げていった。


 同じ頃、ティアーク城下町の冒険者ギルド。

 ギルドマスターのホーキンズに呼ばれて、ユーレンベルグ男爵はギルド会館を訪れた。

 ユーレンベルグ男爵が中に入ると、一階のホールのテーブルに座っていたヒラリーが声を掛けてきた。

「男爵が冒険者ギルドに来るなんて珍しいですね。」

「ホーキンズに呼ばれてね…」

 すると、ヒラリーと一緒に座っていたベロニカが口を挟んだ。

「ええ〜〜…ギルマス、男爵様にどんな御用なのかしらぁ〜〜?興味があるわぁ〜〜…教えて教えてぇ〜〜っ!」

 男爵はベロニカをちょっと睨んで、ギルドマスターの部屋がある二階へと上がっていった。

 ギルドマスターの部屋でホーキンズと男爵は話をした。

「お呼びだてして申し訳ない…実はラクスマンの冒険者ギルドから重要な情報が舞い込んで来まして…」

「…『念話』というヤツだな。」

「はい。それが、貴族社会での出来事なので…ユーレンベルグ男爵の利害に関わる事であれば、早くお知らせせねばと…」

「ご配慮、痛みいる。…して?」

「ラクスマン軍の王国騎士兵団のヒンメル将軍が…暗殺されました。」

「…ほう。ヒンメルと言うと、伯爵位だったかな。」

「昨日の深夜、賊によって屋敷が襲われまして…護衛の八人もろとも皆殺しだったそうです。」

「一体、誰が…?」

「貴族専門の暗殺集団…『スケアクロウ』の仕業ではないかとのもっぱらの噂です…。」

「そうですか…。多分、うちのワインの販路には影響はないと思われる。だが、念の為…そのヒンメル将軍の素性…詳細が知りたいな…」

「ヒンメル将軍は長年に亘ってリーン族長区連邦制圧軍の司令官を務めておりました。なかなか抜け目のない老将だったようですな…まぁ、それゆえに命を狙う輩も多かったという事でしょうか…」

「…と言うと?」

「ラクスマン王国は軍事力の国です。武門で出世栄達を目指している貴族は多い。ヒンメル将軍はかなりの高齢で、その将軍のポストを狙っていた軍閥貴族はあまたおりました。それでも、なかなかくたばらなかったので…業を煮やした貴族の誰かが殺し屋を差し向けたのでしょう。今頃…空いた将軍のポストを巡ってラクスマンは修羅場でしょうなぁ…。」


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