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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百八十六章 農産部門へ

二百八十六章 農産部門へ


 神官房一階の病室。

 アナはナタリーの胸を触診して言った。

「うぅ〜〜ん…悪いところはありませんねぇ…。ですが、健全という訳でもないです…。」

 ナタリーはアナの端切れの悪い言葉に突っ込んだ。

「それはどういうことだ?分かるように説明してくれ。」

「私たちクレリックが行う触診というのは…生まれた時の状態とその後の状態を比較して、『異状』を見つけ出す魔法なんです。ですけど、異状は見当たらない…けれど…あなたの心臓は雑音が酷いんですよ…。」

「…雑音?」

「多分、心臓の血がスムーズに流れてないためです…。その原因が何なのか…今の私では力不足で判りません…ごめんなさい。」

 すると、それを聞いていた経験豊かな薬師のクラウディアがアナの診断に補足をつけた。

「…生まれながらに心臓に欠陥があるんじゃないかねぇ…。先天的なものだから、アナの触診には引っかからないのかもね。」

 アナはポンと手のひらを打った。

「なるほど!生まれた時にすでに体に欠陥があるということなら…触診しても、その状態が正常と判断されるわけですね⁉︎…ということは…神聖魔法『神の回帰の息吹き』ではナタリーさんの体を治すことは…できませんね。申し訳ありません…。」

「…そ、そうか。アヤメ師範イチオシのアナさんがダメと言うなら…諦めるしかないか…。」

 クラウディアが言った。

「激しい運動をすると昏倒してしまう…症状を聞いた限りでは、脳に酸素が行き届かなくなると言うことだね…。できるだけ平穏な生活を心掛けてちょうだい。何なら、滋養強壮の薬草を処方するよ。」

「いや…薬はいい。今の生活は十分平穏だからね…。」

 ナタリーの病名は先天性心臓弁膜症だ。心臓は四つの部屋に分かれていて、それぞれが弁によって血液が一方通行で流れるようになっている。これは酸素を含んだ血液とそうでない血液を完全に分離してしまう仕組みなのだが、ナタリーのように生まれながらに弁に異状があると、心臓の部屋をうまく一方通行にすることができず、逆流して酸素をふんだんに含んだ血液とそうでない血液が混ざってしまう。すると酸素供給の効率が悪くなり…脳は心臓に「もっと働け」という指令を出して心臓に多大な負担をかけるのである。

 その時、アナたちのそばの寝台で寝ていたロミナが目を覚ました。

「う…うぅ〜〜ん…ここは…?」

「あっ、ロミナが気付いた…ロミナ、大丈夫?」

 ナタリーはロミナに寄り添って、背中を優しくさすった。

「私は…どうしたのかしら…?」

「お前…危なかったんだぞぉ〜〜っ!三分も息が止まってて…急いで神官房に担ぎ込んだんだ‼︎」

 ロミナは昨夜の事を思い出し…落ち込んだ。

 アナは言った。

「ええと、ロミナさん…。あなたは酷く気管支を痛めていましたよ。でも、安心してください、喉の炎症は治りました。」

「…治った?」

「治りました、完治です。」

「えええっ⁉︎」

 ロミナは試しに何度か大声で発声してみた。

「アア…アアアァ〜〜…本当だ!」

 以前のような小汚い咳は出ず、しゃがれ声は普通の綺麗な声になっていた。先天的な病気や生活習慣病、感染症以外の後天的な病気が相手なら…アナの「神の回帰の息吹き」は無敵なのだ。

 アナは続けた。

「ロミナさんは貴族のサロンで歌姫をやっていたそうですね。以前…私の屋敷でロミナさんの歌を聴かせていただいたことがあります…」

「ええっ⁉︎…あなたは…?それはいつ頃…?」

 私の栄光の日々を知っている人がイェルマにいるなんて…!

「六年前ですかねぇ。私の社交界デビューのパーティー…フリードランド子爵は私の父親です、今は破産して爵位を剥奪されてますけど…。とても綺麗で透き通るような歌声だったのを覚えていますよ。高音はまるで天井を知らないかのように、どこまでも高く伸びて…」

「そ…そうなんですね。あなたは貴族だったんですね、あ…ありがとうございます!」

 ロミナは昔日の栄光が戻ってきたかのように思えて嬉しかった。が…

「当時、人気だった歌姫のあなたがどうしてイェルマにいるかは…まぁ、お聞きしませんけど…歌姫にとってとても大切な喉をここまで痛めてしまうなんて、ちょっと不思議でなりません…。」

 ロミナはアナの言葉で、突然奈落の底に突き落とされた気がして…沈黙した。

 ロミナは天性の歌姫だった。十二歳の時に父親に連れられて行った酒場で披露した美しい歌声が評判となり、それから父と一緒に酒場を回って投げ銭で生計を立てるようになった。

 評判が評判を呼び、ロミナが十六歳の時に貴族のサロンに招待された。そこでも大ヒットを飛ばし、頻繁に貴族たちのパーティーに呼ばれるようになった。両親が病死した後は、父親の代わりに兄がマネージャーとなって、兄妹ともども貴族まがいの生活を送った。有頂天になっていた。傲慢になっていた。貴族のパトロンに豪華な家を提供され、贅沢なご馳走を食べ、煙草を吸い、酒に溺れ…生活は荒んでいった。

 毎日のようにサロンで歌い、酒を浴びるように飲んで…ある日、ロミナは喉に違和感を覚えたが、それでも喉を酷使することをやめず美声に翳りが見え始めても気にも留めなかった。その後、美形であったことが災いして…ガルディン公爵がパトロンを申し出たのである。

 ロミナとナタリーを食堂に帰した後、アナとクラウディアは相談した。

「あれは…アルコール依存症だねぇ。」

「…そうですねぇ。私がどんなに気管支炎を根治させても…お酒を飲んだら、また喉を悪くしてしまいますね。」

「アル中も生活習慣病と言えなくもない…。あの手の輩は扱いが難しいねぇ…私たちがやまいを治そうと必死になっても、当の本人にはそのつもりがないんだもの…。」

「クラウディアさん、どうしたらいいと思いますか?」

「一番良いのは…お酒のない環境に放り込むことかねぇ…。」

 後日、ロミナの農産部門への配置転換が決まった。


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