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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百八十四章 あいさつ回り

ユニークが一万を超えました。

この拙い小説を定期的に読んでくださっている方々、御礼申し上げます。

まだまだ当分の間続きますので、これからもよろしくお願いします。

二百八十四章 あいさつ回り


 冬来りなば、春遠からじ…雪が降る日が減って、山々も白い外套の間から勿体ぶるかのように暖色系の衣をチラリチラリと見せつけている。

 この数日の良い天気でコッペリ村の大通りを薄く覆っていた雪は消えて、わだちにできたぬかるみを見て村長はやがて来る春に備えて盛り土をせねばと思った。

 もう一週間もすれば、粉屋はエステリック城下町に行ってしまうので、その前にキャシィは粉屋の引き継ぎをしてしまおうと思った。

 午前九時過ぎ、キャシィとハインツは粉屋のおじさんの馬車にワインの入った小さな壺をたくさん乗せてコッペリ村を出発した。粉屋と付き合いのある農家を回って顔つなぎをするためである。

 キャシィズカフェの開店の準備で忙しくしているグレイスが叫んだ。

「早く帰っておいでよぉ〜〜っ!」

 キャシィは答えた。

「…いや、無理だって。でも、夕方には帰って来るからぁ〜〜。」

 馬車が出発してすぐに、ひとりの女がキャシィズカフェに現れた。店先で床屋の開店準備をしていたサムは、その女の「異様」な姿に息を呑んだ。目が覚めるような青色のジャケットと短めのスカート、白のモスリンのシャツ、そして極め付けは首に巻かれた極彩色のスカーフ…こいつは何者だ⁉︎と、サムは思った。

 田舎村に突然現れたシティガールは、キャシィズカフェの前を行ったり来たりして、時々中を覗き込むような仕草をした。

 サムは…勇気を出して、その女に声を掛けた。

「…あの、誰かに御用ですか、呼んできましょうか?」

「…あ、いや、いいっす…。あ、でも…ハインツさんは…あ、いや…。」

「ハインツさん?…ああ〜〜、今さっき出かけちゃいましたよ。」

「…えっ⁉︎…そっかぁ〜〜、こりゃぁ…しくった…まぁ、また来るっす…。」

 言葉遣いを聞いて…サムはこの女がイェルメイドだと確信した。

「ちょっと待って。」

 サムは立ち去ろうとする女を呼び止めて、手招きをした。サムが一生懸命手招きをするものだから、女は恐る恐るサムの方に近寄っていった。

「その衣装は…ハインツさんに見せるために?」

「あ、いや…特に深い意味はないっす…まぁ、ハインツさんは都会の人だから…合わせようかなって…そんな感じで…。」

「だったらさ、髪にも手を入れた方がいいんじゃない?」

「…ん!」

「今日はもう仕方ないけど…髪も綺麗にして、明日に勝負を賭けたら?」

「んんん…非番は今日だけなんだけど…そっか、そだな…髪も切っとくか…じゃ、お願いするっす。できれば…十一時になる前に終わらして。」

「ああ〜〜…他の人が来る前に終わらせるよ。」

「…よろしくっす!」

 ジャネットはサムの用意した椅子に座って、次の非番の日をいつにしようかと夢想した。


 キャシィたちの馬車はコッペリ村の近くのとある農家の前で停まった。母屋の前にはまだ雪をかぶった約一反ほどの耕作地が広がっていて、いかにも農家という風情だ。

「ここがハンスさんの畑だよ。うちは主に小麦を取り引きしてるね。」

「ふむふむ。」

 キャシィと粉屋が話をしていると、母屋から主人のハンスが出てきた。

「やぁ、フランクさん。今日はまた、一体何の用かな?まさか、秋蒔き小麦の買い付けって訳じゃないだろうね。」

(うぉっ…粉屋のおっさん、フランクって言うんだ。…初めて知った!)

 粉屋のおじさんのフランクは事情を説明した。キャシィは荷台からワインの入った壺をひとつ取って、ハンスに手渡した。

「今度、粉屋を引き継ぐことになったキャシィです。どうぞ、お見知りおきを〜〜!これはワインと言って、この辺りじゃ珍しいお酒ですよ。つまらないものですが、どうぞぉ〜〜!」

 ハンスは御者台に座っているハインツをチラリと見て言った。

「これはこれはご丁寧に…こちらこそよろしく。こんなにしっかりした若い夫婦がお店を引き継いでくれて…フランクさんも満足でしょうな。」

「ええ〜〜っ、夫婦じゃないですよぉ〜〜。共同経営者です、あははははっ!」

「ほぇ…そなの?」

 キャシィはあっけらかんとして大笑いした。が、ハインツは目を丸くしていた。

 ハインツは最愛の妻に先立たれ、失意のうちにコッペリ村にやって来た。コッペリ村で最初に出会ったのは十七歳のキャシィで、どう見ても…どこかおかしな「子供」にしか見えなかった。しかし、長く接するにつれて、キャシィの商売に対するひたむきさと卓越したその才能はハインツに感銘を与えた。そして今や、キャシィはハインツの商売上の師匠だ。

 ハインツは口を右手で覆って、しばし考えた。

(キャシィが僕のお嫁さん?…考えたこともなかったな。でも、貴族社会じゃ十六歳、十七歳で女の子が嫁ぐのはいたって普通だ。もしそうなったら…)

 ハインツは初めてキャシィを意識した。大笑いしているキャシィの顔に…なぜか愛おしさを感じた。そして、ちょっと顔を赤らめて視線を地面に落とした。

「…さん、ハインツさん!」

「えっ…⁉︎」

「何、ぼぉ〜〜っとしてんですか、次行きますよ。それから、今度はちゃんと馬車から降りて、挨拶してくださいよ。」

「あ…うん、分かった。」

 もし、二人が結婚したら…ハインツはキャシィの尻に敷かれるのは絶対間違いない。


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