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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百八十一章 調理部門

二百八十一章 調理部門


 あれから一週間が経った朝の四時、調理部門に配置転換されたロミナは食堂の厨房で山のように積まれたジャガイモの前に座って、小型ナイフでひたすらジャガイモの皮剥きをやっていた。ロミナの横には、教育係として三十代半ばの女が座っていて一緒にジャガイモを剥いていた。

 二人が無言で一時間ほど作業を続けていると、食堂部門の初老のリーダーがやって来てお小言を言った。

「ロミナ、ここに来てもう一週間も経つのにまだ慣れないのかい。一時間も掛けて、これっぽっちしか皮剥きが終わらないとは…それに何だい、この剥いた皮の分厚いこと。これを餌にする家畜の豚は大喜びだろうが、人間様は大事おおごとだ。おい、ナタリー、ちゃんと教えてるんだろうね⁉︎」

「教えてるよ。でも、ロミナは料理はおろか…ナイフや包丁を握ったこともないってんだから仕方ないだろうよ。」

 食堂部門のリーダーは舌打ちをして去っていった。

「ロミナ、気にするな…。マイペースでちょっとずつ上達したら良いよ。ふんっ、あのクソババア…ジャガイモの皮剥きをどう教えろってんだい。こんなものにコツなんかありゃしないだろ!」

 そう言いながら、ナタリーは剥いたジャガイモ一個をロミナの籠に放り込んだ。

「あ…ナタリーさん…本当にすみません…ゴホッ…。」

「ジャガイモは…青い芽だけはしっかり取っておくれね。」

 二人は二時間かけて、やっと全てのジャガイモの皮を剥き終わった。やれやれと大きな背伸びをしたロミナは厨房の隅に袋に半分残ったジャガイモを見つけた。

「ナタリーさん…このジャガイモは剥かなくて…ゴホッ…良いんですか?」

「ああ〜〜、それはそのままで。そのジャガイモはフライドポテトにして…売る。」

「…売る⁉︎」

 調理部門にも服飾部門と同じように、「内職」が存在していてお金を稼いでいる人々がいる。例えば、ポテトサラダを献立に入れて資材調達部にジャガイモ20袋…600kgを申請したとする。600kgのジャガイモをうまく調理して580kgで済ませれば、20kgのジャガイモが浮く。このジャガイモは資材調達部に返す必要はなく…調理部門で勝手に処理して良いのである。

 そこで、調理部門の余裕のある人間が皮を剥き、短冊切りにし、その日使い終わった油で揚げる。そして、節約して貯めてある塩をまぶしてフライドポテトにし、非番の人間が練兵部やイェルマを通過する商人に売るのである。他にも、ニンジンでニンジンケーキを作ったり、木苺のジャムを乗せた焼き菓子を作って隠れて売っている。

 生産部の「内職」については、イェルマの上層部は…実は黙認している。

 練兵部のイェルメイドなら、その武芸の技術を活かして護衛の仕事や非番の日に山に入って狩りをしてお金を稼ぐことができる。しかし、生産部のイェルメイドはそれができない。

 生産部のイェルメイド…駆け込み女は「飼い殺し」状態にある。この状態で、生産部の物資の使用状況を厳しく取り締まると…暴動やボイコットが起こるのである。それはイェルマの歴史が証明していた。その苦い経験から、生産部のイェルメイドにも「内職」という抜け道をわざと設けているのである。

 ロミナは言った。

「わ…私もその『内職』に参加…できないかな。」

「ん…ロミナもお金を稼ぎたいんだ。一体何を買うつもりなんだい?」

 ロミナは口ごもって、ある方向をチラリと見た。その視線の先には地酒、ビールそしてワインの酒樽が置かれていた。

「酒かい…まぁ、人それぞれだから良いんだけどさぁ…。でも、役立たずが酒にありつけるほど…この生産部は甘くないよ。」

「…。」

 調理部門のリーダーが声を張り上げて叫んだ。

「剥いたジャガイモを全部持っといで、今から茹でるよぉ〜〜っ!」

 みんながジャガイモを集めて、お湯を張った大釜に放り込んだ。今日の朝食はポテトサラダとライ麦パンとタマネギスープだった。

 時間は午前六時半。焼き上がったライ麦パンがうず高く積み上げられ、大釜のタマネギスープの香ばしい匂いが食堂を満たした。あとはポテトサラダ…みんなは太いすりこぎで大釜の中の茹で上がったジャガイモとニンジンをすり潰していった。

 午前七時になると、まだ空も暗いのに生産部のイェルメイドたちが食券を持ってどんどんやって来てカウンター前に行列を作った。カウンターで食券を受け取ると、手際よく迅速に料理を器によそおって相手のお盆に乗せていく…生産部のイェルメイドは何百人もいるので、これがお昼前まで続く。

 さらに、食べ終わった後の器を洗う作業も大変だ。これをさぼると百人から先が回っていかず、大渋滞が起こる。

 調理部門のリーダーが叫んだ。

「手が空いてる者、食べ終わった器を回収しておいでっ!」

 それを聞いて、調理部門の数人が食堂の長テーブルの間を走り回り、食べ終わったお椀や皿を半ば無理やり回収して回った。

 ロミナは食堂の裏の岩清水で山と積まれた食器をナタリーと一緒に洗った。お湯の入った木桶に岩清水を流し込み、それに食器を漬け込んで麻縄で必死に擦って洗った。厳冬の三月、お湯はすぐに冷たくなってロミナとアンナの手をさいなんだ。

「ううう…手が冷たい…!」

 ナタリーは大声で叫んだ。

「お〜〜い、早く代わりのお湯を持って来いっ!それと、もう二人手伝いに来いっ‼︎」

 すぐにもう二人が麻縄の束を持ってやって来た。

 朝食の仕込み、調理も凄く忙しいが…調理部門はその後も凄く忙しいのだ。


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