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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百七十七章 服飾部門

二百七十七章 服飾部門


 次の日、アガタは不本意ながら…チェルシーにクレイムを入れた。

「チェルシーさん、ロミナなんですけど…」

「どうした?」

「…使えません。」

「ぬっ⁉︎」

「…確かに識字能力はあるんですが…全部、うら覚えというか…正確な綴り字が判らないんですよ。ニンジン(carrot)を馬の早駆け(gallop)と間違えたり、タマネギ(onion)を星座(Orion )と間違えたり…ニンジン、タマネギが読めないんですよ、信じられますかぁ〜〜っ⁉︎」

「ギャロップとオリオン座…平民とは無縁の単語だね、貴族文化ならでは…か。」

「それにですよ…ロミナは計算ができません。」

「何っ⁉︎」

「ジャガイモ20袋を倉庫から出す書類を作るのに、えらく時間かけてるなって思ったら…ひと袋30kgを…20回足し算してたんですよっ!」

「…掛け算ができないのか、それはまずいな…。」

 チェルシーはガックリして…ロミナを呼びつけた。

 その日のうちに、ロミナは服飾部門に配置転換となった。


 服飾部門はイェルメイドに衣服を供給する部門である。肌着からシャツ、ズボン、皮の外套まで…イェルマの全ての衣服はここで作られる。

 服飾部門の仕事場は「被服廠ひふくしょう」と呼ばれ、イェルマでは「祭事館」の次に広い敷地面積を持つ二階建ての建物だ。

 被服廠に連れて来られたロミナは一階で、糸車を回して木綿の塊から指で器用に糸を紡いでいる女たちや、シャトルを往復させて機織り機で糸から布を織っている女たちが忙しく働いているのを見た。

 ロミナを連れて来たアガタは、服飾部門のリーダーにロミナを引き合わせると何も言わずにすぐに去っていった。

「えっ…あんた、資材調達部から来たの?あそこは生産部で一番体力を使わなくて、一番待遇が良いところなのに…もったいないわねぇ…」

 服飾部門のリーダーはロミナに尋ねた。

「あんた、何が出来るの、糸を紡いだことはあるかい?機織りは?」

「…ゴホッ、やったことありません…。」

「そうかぁ…じゃ、ハサミは扱えるかい?」

「ハサミなら、何とか…ゴホッ、ゴホッ…。」

「じゃぁ、とりあえず、裁断をやってもらおうか。」

 リーダーは幅の広い階段を登って、ロミナを二階へ連れて行った。

 二階にはあちこちに幅の広い大きなテーブルが置いてあって、その上で女たちが生地をハサミで裁断していた。また、縫製担当の女たちはテーブルの上の裁断された生地を針で縫って服に仕上げていた。    

「お〜〜い、ジーナ。新入りだよ、裁断を教えてやって。」

「うぃ〜〜っす!」

 陽気なジーナはすぐにロミナの袖を引っ張って、自分の持ち場に連れて行った。

「あんた、ロミナって言うんだ、歳はいくつ?」

「…二十四歳です。」

「あたしの二つ上かぁ…まぁ、あたしは先輩だしタメ口でいいよね⁉︎」

「…よろしくお願いします…ゴホッ。」

 ジーナは戸棚から麻布の生地一疋ひきを取り出すと、テーブルの上にスルスルと2mほど広げて、別の棚から引っ張り出した羊皮紙で作った型紙をその上に置いていった。

「いいこと?生地のひと巻きを『一疋』って言うの…だいたい生地22mね。あたしが型紙を乗せていくから、そこの待ち針を使ってピン留めしていって。」

「は…はい。」

 ロミナはたどたどしい手つきで、麻布と型紙を待ち針で留めていった。

「ああ…型紙をずらしちゃダメよ、生地を無駄なく使うように計算されてるんだから。…そんなふうに横に待ち針を刺したら、ハサミを入れるのに邪魔になっちゃうでしょ⁉︎」

「…すみません、ゴホッ…。」

「ちょっと見ててね。」

 ジーナは慣れた手つきでサクサクと布と型紙をピン留めすると、大きな裁ちバサミを手に取った。

「この型紙四枚で、Mサイズの長袖シャツ一枚分よ。今から裁断していくわ、型紙の5mm外側を切っていくのよ。」

 ジーナは生地にハサミを入れるとあっという間に生地から型紙通りに三枚のパーツを切り出し、それをポイっと縫製担当の女に投げ渡した。

「こんな感じ…残り一枚をやってみて!」

「は…はい。」

 ロミナは右手で大きな裁ちバサミを握った。すると…ロミナの右手は小刻みに震え出し、終いにはハサミをガチャガチャと言わせ始めた。

「ちょ…ストップ、スト〜〜ップ!…あなた、ハサミを握ったことあるの?」

「…こんな大きくて重たいハサミは初めてで…ゴホッ。」

「これが重たい…?ううぅ〜〜ん…。」

 とりあえず、ジーナはロミナにしばらく型紙のピン留めのみをやらせることにした。

 するとそこに皮鎧と槍を装備したイェルメイドが二階にやって来て、ジーナに気さくに話し掛けてきた。

「お〜〜い、ジーナ。出来てるぅ〜〜?」

「やあっ、ジャネットさん。仮縫いまで終わってるよ〜〜…合わせてみる?」

「うひひひ…よろしく頼んます!」

 ジーナは戸棚の引き出しから三着の衣装を引っ張り出した。

「見てみて、ジャネットさん。シャツはモスリン、ジャケットとスカートは綿よ。ジャケットには肩パットを入れて、少し膨らみ袖にしたわ。都会じゃワンピースは流行遅れみたいだから、上下別々に作ってみたわ。」

「ほうほう!」

 ジャネットは皮鎧や麻のシャツ、ズボンを脱ぎ捨てパンツ一丁になると、ジーナが作った衣装を身に着けてみた。

「どうかしら、キツくない?」

「サイズは良いけど…スカート、短すぎやしないか?」

「大丈夫でしょ!…あ、そうだ。ロミナ、あなたティアーク城下町出身だったわよね…どお、この服は城下町でもイケてるかしら?」

 ロミナはハッとして…待ち針の手を止め、ジャネットの服をじっと見た。

 ロミナは貴族社会への出入りをしていたので、服の流行り廃りには敏感だった。…というか、平民の彼女にとって貴族たちの間で生き残っていくためには識字能力同様、衣服のセンスも必要不可欠だった。

 ティアーク城下町から逃亡して、ロミナはいくつもの田舎町や村を転々とした。城下町の外ではほとんどの村女は上から下までストンと同じ幅の丈の長いワンピースを着ていて、それを腰紐で縛っているだけというのを見てきた。

 それが…西世界の最果ての国イェルマに来て、膨らみを持たせた肩部分と胸部分に見事な立体縫製が施されたジャケットを見て…ちょっと胸がときめいた。

「んん…スカート丈はいい感じかな。あと…ゴホッ…ジャケットのボタンは上の二つだけを留めて、極彩色のスカーフをネクタイ風に首に巻いたら…イケてると思う。」

「なるほど、それでいきましょう!ジャネットさん、スカーフを特注するから銀貨一枚追加だけど、いいかしら?」

「よろしくっす。」

「じゃ、これで本縫いやっちゃいま〜〜す。」

 ロミナは不思議に思った。

(銀貨一枚…?ここイェルマじゃ…確か、衣食住を保証してくれる代わりにお給金は出ないはずよね。この人たち、お金のやり取りをしてる?)

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