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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百七十六章 駆け込み女

「雑話 その3」において、ハインツとジェニのやり取りを加筆いたしました。

二百七十六章 駆け込み女


 冬が来て、雪が降ると…同盟国では多くの凍死者と餓死者が出る。そのほとんどは社会構造の底辺にいる貧しい人々だ。

 この時期は多くの駆け込み女たちがイェルマ渓谷を目指す。噂を頼りになけなしの食料を抱えて、都市や村を出発する。

 イェルマ渓谷に辿り着いた者は運が良い。同盟国がイェルマ渓谷の情報統制をしているので、「イェルマがどこにあるのか」すら分からないまま、多くの者がイェルマ渓谷に辿り着けず…途中で野たれ死にするのである。

 早朝、イェルマの西城門前では駆け込み女のために炊き出しが行われていた。普段なら、夕方に一回だけの炊き出しだが、冬場のみ朝夕二回の炊き出しをする。そうしないと、冬の長旅をしてきた女たちの命を繋げることができないからである。

 焚き火に掛かったいくつもの大釜にたくさんの女たちが群がって、ウシガエルと米の水っぽいお粥を我先にと食べていた。

 午前十時、西城門が開いた。どっと押し寄せる駆け込み女を皮鎧と武器を装備したイェルメイドたちが押しとどめ、整理していった。

「おい、お前。駆け込みだな…名前は?」

「ローザです…ここに来ればご飯が食べられると聞いて…」

「食った分はしっかり働いてもらうよ。…今まで、お前はどんな仕事をしていた?何ができる?」

「…織工をしておりました。一日じゅう布を織っても…賃金が少なくて、その日をギリギリ…」

「読み書きはできるか?」

「…いえ。」

 イェルメイドは聞き出した情報を羊皮紙に手早く書き込んで、それから言った。

「よし、この羊皮紙を持って、あそこにいる茶髪の女のところに行ってくれ…次。」

 イェルメイドたちは、駆け込み女の名前、職能、識字能力を聞いて…それぞれのグループに振り分けていった。

 噂だけでやって来る駆け込み女の中には…致命的な問題を抱えている者もいる。そういう者を見つけて…引導を渡すイェルメイドもいる。

「おい、そこの女…その老婆は?」

「母です…どうしても、この冬は越せそうになくて一緒に連れてきました。」

「あんたの母さんは…何ができる?」

「もう歳をとって…目も耳も悪くて…」

「ああ…悪いが引き取ってくれないか。イェルマは慈善事業をやってる訳じゃない…炊き出しの飯を腹一杯食った後でいいからさ…。」

 また…

「この子は…男の子か?」

「はい…四歳になります。」

「イェルマはね…大人でも子供でも、男はダメだ…。あんただけなら受け入れてもいい。」

「そ…そんなっ!四歳の幼子を…どうしろと…」

「コッペリ村で里親を探しな…でなけりゃ、悪いが別を当たってくれ…。」

 イェルマの門をくぐれなかった女たちは死ぬだろう。だが、イェルマはいち国家として…国家を存続させるための厳とした規範を持っているのだ。

 イェルメイドが頭巾を被った二十代前半の金髪の女に声を掛けた。

「お前、名前は?」

「…ロ…ロミナです。ゴホッ、ゴホッ…。」

「職業は…何をやってた?」

「ゴホッ…歌姫…です…。」

「ウタヒメ…何だ、そりゃ⁉︎」

「…えと…酒場で歌を歌っていました…ゴホッ…。」

 歌を歌ってカネを稼ぐ…そんな職業があるのか?イェルメイドには理解できなかった。

「う〜〜ん…で、読み書きはできるか?」

「…できます。」

「…そうか。じゃぁ、この羊皮紙を持って…あそこのローブを着たブルーネットの女のところに行ってくれ。」

 ブルーネットの女は魔道士だった。ちょっと問題のある駆け込み女たちを担当している。織工なら生産部の紡績、機織り、裁断、縫製を担う服飾部門へ、女給なら料理を担当する食堂部門へ配属するのだが…たまに、どこに配属して良いか分からない者もいる。そこで魔道士がその者の適性を詳しく調べるのである。

 ブルーネットの魔道士は、駆け込み女三人と少女三人を連れて「北の四段目」へと登っていき、みんなを魔道士房の「魔道士修練棟」へと招き入れた。

 魔道士修練棟の二階に登っていくと、そこにはマーゴットが待っていた。

 マーゴットは三人の少女たちに魔道士の杖を一本づつ持たせ、それから言った。

「今から教える呪文を唱えて、私に魔法を掛けてみなさい…。」

 少女たちはマーゴットに言われた通りに呪文を唱え、マーゴットに魔法を掛けた。

「はい、いいよ…少女たちを練兵部へ連れて行ってちょうだい。」

 魔道士の杖はエンチャントウェポンで…「ヒール」の魔法が埋め込まれていた。魔法の才能がある者が持てば、「ヒール」の魔法を覚えていなくても「ヒール」の魔法を使うことができるのだ。ここを通過した少女たちは、次は練兵部で兵士としての才能を試されることになる。

 マーゴットは少女たちの適性検査を終わらせると、ロミナの羊皮紙を受け取って声を掛けた。

「どれどれ…名前はロミナ。…歌姫…なるほど、それでこっちに回されてきたのか。察するに…貴族のサロンで歌ってたんだね?」

「そ…その通りです!…なぜ、それを…?…ゴホッ。」

「貴族お抱えの歌姫なら、読み書きができて当たり前だね…。で、そんな歌姫がどうしてイェルマへ?…貴族と付き合いがあるのに、ここに駆け込むほどに落ちぶれたのはなぜだい?」

「それが…ゴホッ…ガルディン公爵という男に見染められてしまい…自分専属の歌姫になれと…ゴホッ。ですが、あの男…色々と悪い噂の絶えない男で…」

「それで、イェルマに逃げて来たのかい。」

「…大変でした。あの男は王族なのです…。憲兵や騎士兵団に追い回され…ゴホッ…途中で、マネージャーだった兄は捕まって…うううっ…ゴホゴホッ!」

「そりゃ災難だったね。しかし…ここじゃぁ、どんなに歌がうまくても何の役にも立たない。まぁ、読み書きができるなら、とりあえず、生産部の資材調達部にでも行ってもらおうか…。」

 ロミナはブルーネットの魔道士に連れられて、別室へと案内された。

「ロミナさん、あなたは今日からイェルマの国民…イェルメイドです。この誓約書に署名をお願いします。」

 ブルーネットの魔道士はロミナに誓約書とインクのついたペンを渡した。

「え…と、これは何て書いて…」

「…んん?」

「ゴホッ…あ、いえ…ここに名前を書くんですね?」

 ロミナは空欄に自分の名前を書いた。

 誓約書には…「私は都市国家イェルマに忠誠を誓い、イェルマの地から出ずにここで生涯を終えることをここに誓約します。」…といったような内容が書かれていた。だが、ロミナには誓約書の文言を理解することができなかった。

 実はロミナは読み書きができるといっても…簡単な単語と、自分の生活や仕事に必要な言葉しか読めなかったのである。

 貴族相手の仕事では識字能力は必須であった。貴族からの招待状やパーティーのプログラムなどを読むために…正式に学校に行っていなかったロミナは独学で必死に文字を覚えた。なので、ロミナの知っている単語というのは非常に偏っているものばかりだった。


 資材調達部とは、各所の要望書を基に在庫管理表と照合して食料から鉄鉱石に至るまで、イェルマで生産するあらゆる物を集めてきて手配する部署であり、黒亀大臣チェルシーの直轄の部署でもあった。

 資材調達部にはたくさんの長机と書棚が置かれていて、女たちが山積みの書類に囲まれて、あくせくと事務処理をしていた。

 配属されてきたロミナにチェルシーが面会した。

「あんたがロミナかい。聞いているよ、貴族のサロンで歌を歌っていたらしいね。私も貴族のお屋敷のパーティーで、腕の良い楽師の演奏や歌い手の歌を聴いたことがある…。触りだけでいいから、ちょっと歌ってごらんよ。」

 ロミナは少し躊躇した。喉の調子が悪くて歌いたくなかったが…意を決して肺に空気を吸い込んだ。

「アアァ〜〜…ぐっ…ゴホゴホッ、ゴホッ…!」

「どうしたんだい?」

「うう…喉を痛めてまして…ゴホッ…その上に、ここまでの長旅で風邪をこじらせたらしくて…ゴホッ…。」

「それは良くないねぇ…神官房に行って、診てもらいな。」

「…はあぁ…。」

 ロミナはチェルシーに神官房に行くことを勧められたがその気はなかった。なぜなら、ロミナは所持金全てを路銀で使い果たしていたからだ。この時、チェルシーが「無料で診てもらえる」とひと言添えていれば、喜んで神官房に赴いたかもしれない。ロミナが今まで暮らしていた社会では、とにかく病気や怪我を治療するには莫大なお金がかかるというのが常識だったのだ。

「歌を聴かせてもらうのは、また今度にしよう…そうだね、まずは比較的楽な食堂の担当をしてもらおうか。お〜〜い、アガタ…!」

「は〜〜い。」

 アガタと呼ばれた三十代ぐらいの女性がチェルシーのところにやって来た。

「アガタ、しばらくロミナに付いて食堂での資材調達を教えてやって。」

「分かりました。」

 アガタはロミナをひとつの長机に連れて行き、自分の席の隣に座らせた。

「あぁ〜〜、やっと補充人員が来たわね…嬉しいわぁ。私は『食堂』と『兵站』を掛け持ちしててねぇ…大変なのよ、これが。ゆくゆくはどっちかをロミナにまかせるから、そのつもりでね。」

「は…はぁ…。」

「駆け込みで読み書きができる娘は少なくてねぇ…ちょっと気が利いてるのが入城してくると、『魔道士房』が持って行っちゃうしぃ〜〜…。」

「は…はぁ…?」

「知ってる?二ヶ月前にゴブリンとトロルが攻めてきてさ…練兵部の兵站局が大量の食糧を突然要求してきて、もう…てんてこ舞いしたわ。戦争でも起こった日には、私ひとりじゃ絶対無理…!」

「は…はぁ…??」

 アガタは何枚もの書類を取り出して、ロミナに示した。

「んじゃ、始めるわよ。これが北と南の食堂の一ヶ月間の献立表で、これが毎日で必要な食堂で使用する食料の要望書ね。で…献立表と要望書を突き合わせて…例えばジャガイモ、この日は夕食にポテトサラダを用意することになってるでしょう?この日食堂は麻袋20のジャガイモを要求してるよね。そこでこの在庫表を見て…前の分と秋に収穫した分のジャガイモが18トンあるから大丈夫と…あ、ジャガイモ1袋はだいたい15kgだからね。ジャガイモ20袋を食堂に回すように配送係に連絡する…もし足りないなと思ったら、発注係に連絡しつつ、食堂に献立を変更するように通達する…ここまで、良い?」

「…えっとぉ…?」

 ロミナには、何が何やらさっぱり分からなかった。


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