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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百七十五章 魔道士房とセイラム

二百七十五章 魔道士房とセイラム


 夜、食事を済ませて集団寮に戻ったセシルは、すぐに魔道士の仲間に取り囲まれた。

「セシル〜〜、妖精を連れてきたってぇ〜〜?」

「ねね、妖精見せてぇ〜〜!」

 見知らぬ人間たちに驚いたセイラムは外套の中に頭を引っ込めた。

「ほらほらぁ、セイラムちゃんが驚いちゃったじゃない。みんな散って、散って。…セイラムちゃん、この人たちは私の友達なのよ、悪い事しないから安心して。」

 セシルは自分の寝台の上に座ると、外套を脱いで畳んだ。

「セイラムちゃん、前に来て。」

 するとセイラムはセシルの背中から膝の上に移動してきた。黒いモヤのような物が動くのを見て、遠巻きに見ていた仲間たちは「おお…」と唸った。魔道士たちは妖精を「有機物のガス」プラス「魔力の塊」として見えている。

 ひとりの魔道士が言った。

「おや、この子のお腹…なんか、光を反射する物が…」

 すると、セイラムはお腹を両手で隠して喋った。

「白のピカピカ、黄色のピカピカ…ギンカ、キンカ…セイラムとセシルのっ!」

 妖精が喋るのを聞いて、再びみんなは「おお…」と唸った。

 すると…誰が報告したのか…集団寮にマーゴットの使いとして、マリア副師範がやって来た。

「セシル、マーゴット様がお呼びよ。セイラムを連れて、房主堂に来なさい。」

「はぁ〜〜い。」

 魔道士の房主堂。他の練兵部の房主堂と異なり、魔道士の房主堂だけは西世界風で、板の間の上にいくつもの椅子が置いてあり、房主と接見する場合でも椅子に座ったままで行う。これはマーゴットの趣味だ。

 セシルはひとつの椅子にセイラムを膝の上に乗せて座っていた。すると、じきにマーゴットが奥から現れて対面の椅子に座った。

「セシル…どうして独断でエルフの村から戻ってきたんだい?」

「独断ではありません…ユグリウシア様に相談したところ、セイラムと一緒にイェルマに戻っても良いですよって言われたので…。」

「まぁ、確かに…お前とセイラムが一緒であれば、どこに居ようと構わないのだが…。ふぅっ…まぁ良いか。」

「はいっ!」

「…但しじゃ、セイラムを魔道士房以外の場所に連れて行ってはならぬ…。」

「どうしてですか?」

「セイラムは未来を予知する事ができる…これがどういうことか判るか?」

「…どういうことでしょう?」

「みんなが欲しがるということじゃ。魔道士房のみならず、他の房…ひいては同盟国もじゃ。もし、セイラムの事が同盟国に知られたなら、必ず…セイラムを奪い取ろうとするじゃろう…。」

「えええっ…それは大変っ!」

 イェルマにも同盟国のスパイはいる。マーゴットは生産部の駆け込み女に紛れて…常に数人のスパイが潜伏していると確信していた。「未来を予知する妖精」の存在は、味方であればこの上なく心強いが、敵であればこれほど厄介なものはない。その存在を同盟国が知れば、間違いなくより多くのスパイを送り込んできて…まずは奪取を試みる、それが無理なら…始末してしまうだろう。

 セイラムという「秘密」を守り抜くためにも、マーゴットは自分の制御下にある魔道士房にセイラムを隔離してしまう必要があると考えていた。セシルとセイラムがエルフの村に居てくれれば、これほど頭を悩ませる必要もなかったのだが…セイラムがセシルに懐いてしまったのが運の尽き…か。

「セシル、これからお前は房主堂の師範の部屋で寝起きしなさい…ベロニカが使っていた部屋が空いているから、そこを使いなさい…。」

「えっ、良いんですか⁉︎…やったぁっ‼︎」

「ごほん…部屋を出る時は、私か副師範の誰かにひと言断るように。」

「分かりましたぁ〜〜っ!…セイラムちゃん、良かったわねぇ。師範の部屋は広いし、暖かいし、かわやは近いし…居心地が良いところよぉ〜〜っ!」

 セイラムはセイラが喜んでいるのを感じ取って、自分も嬉しくなってセイラの膝の上でピョンピョンと跳ねた。セイラムにはほとんど体重がないので痛くはなかった。

 マーゴットは思った。魔道士の特質としての直感や想像力…これらに関してはセシルはからっきしだ。しかし、セシルには並以上の魔力が備わっており…さらに、並以上の計算能力と「客観視」の能力がある。「客観視」とは、どんな状況でも感情に捉われず、常に自分を見失わないで周りの情報分析ができる能力だ。ただ単に…ぼぉ〜〜っとしているだけなのかも知れないが…セイラムという妖精を見ても、さほど驚かず、嫌悪せず、むしろ好意を持つなど常人では考えられないのだ。

 これは一体「何」の才能だろうか?セシルのような者がもしや将来…「賢者」になるのだろうか?


 次の早朝、目が覚めたセシルはお腹にセイラムをくっつけたまま、房主堂の厠で用を足した。

(…「ウナギの寝床」に行かなくて済むなんて、なんて楽チンなんだろぉ〜〜!)

 ウナギの寝床はイェルマの共用トイレだ。朝はいつも長い行列を作る。

 セシルはいつも通り、朝食前の鍛錬のため、房主堂に隣接している「魔道士修練棟」と呼ばれる大きな建物に移動した。

 魔道士修練棟は三階の建物で、一階は瞑想や魔法を試す鍛錬場、二階は講義室、三階は書庫となっていた。

 鍛練場備え付けのヤドリギの杖を持ったセシルは、荒縄で編んだ座布団の上に座り、寒さに堪えつつ瞑想に入った。

 魔道士が「瞑想」すると、精神を鍛えるのと同時に魔力回復が加速され、なおかつ大気中や地中の魔力をわずかながら自分の体に取り込む事ができる。魔力が十分な状態で行うと、元来決まっている魔力量を増加させる事ができるので、魔道士たちは長年にわたって瞑想をする。魔道士にとっては欠かせない修行のひとつだ。

 これとは別に「メディテーション」という魔法も存在するが、「瞑想」と違い魔力回復を加速するだけである。

 じっとしている事は苦ではなかったので、セシルは瞑想が好きだったし得意でもあった。だが…この日は違っていた。

 セシルが瞑想している間、セイラムは機嫌が良かったのか…セシルの膝の上で歌っていた。

「セイラムぴょ〜〜ん、セシルがぴょ〜〜ん…ぴょんぴょん…ぴょ〜〜ん…」

 その歌声を聞きつけて、修行をしていた魔道士たちが集まってきて、物珍しそうにセイラムを眺めていた。

 セシルは顔を歪めた…なぜだろう、精神を統一することができず、瞑想を続ければ続けるほど…疲れるような気がした。普段なら三十分、一時間でもお茶の子さいさいなんだけど…。

 セシルはカッと目を開いて、少し息を荒げた。

(はぁっ…はぁっ…何でだろう⁉︎…野次馬のせい…かしら?)

 仕方がないので、セシルはセイラムを連れて魔道士道場の外にある「実験場」と呼ばれる施設に移動した。「実験場」は強烈な攻撃魔法に耐えられるように三方を厚い煉瓦の壁で仕切った10m四方の場所だ。

 セシルがセイラムの手を引っ張ってやって来ると、数人の中堅たちが攻撃魔法を試していた。

 副師範のルイーズがセシルに気づいた。

「あら、セシル…あなた、師範室で謹慎じゃなかったの?」

「違いますよぉ〜〜。魔道士房の中なら自由だって、マーゴット様は仰いましたよぉ〜〜。」

「…そうだったかしら…?」

 そう言って、風と地の魔法を得意とするルイーズは呪文を唱え、「ロックバレット」を煉瓦の壁に撃ち込んだ。空中に浮かんだ石礫が高速で飛んでいって、煉瓦の壁にぶち当たって粉々になった。

 セシルも魔法に磨きをかけるべく、呪文を唱えた。風と水の魔道士のセシルは「アイシクルスピア」を…

「あれれ…?」

 アイシクルスピアは不発だった。セシルの横で…裾を握りしめたセイラムがキャッキャと声を上げた。

「…何やってんの。」

 ルイーズの言葉に…セシルはもう一度、「アイシクルスピア」を試してみたが、やはり発動しなかった。

 すると…セシルの後ろから声がした。

「セシル…もう一度、やってごらん。」

 声の主は…マーゴットだった。いつの間にか、後ろにマーゴットがいた。セシルは驚いたが…頑張ってみた。

「は、はいっ…行きまぁ〜〜すっ!」

 マーゴットは長年磨き上げてきた魔力感知の能力でセシルとセイラムを注視した。セシルが呪文を唱えた瞬間…なんと、セシルの魔力が裾を握ったセイラムの手に移動していくではないか!そして、魔力が移動する度に…セイラムはわずかながら大きくなっていくではないか…‼︎マーゴットは沈黙して…何も言わなかった。

 セシルは頭を掻きながら言った。

「今まで…こんなに失敗することなんてなかったのに…どうしてかなぁ…?」

「まぁ、何じゃ…育つところまで、育ててみるのも面白いかもな…。」

「え…育てるって…何を?」

「いや、何でもない。」

(セシルには何も教えない方が良いじゃろう…。)

 朝の鍛錬を終えたセシルはみんなと一緒に「北の三段目」の食堂へと向かおうとした。すると、マーゴットが言った。

「セシル、お前は師範室で食べなさい。ルイーズや…セシルの分の朝食を持ってきておやり。」

「分かりました。」

(おお〜〜っ、私って師範待遇⁉︎…楽チンだぁ〜〜!)

 セシルはニヤニヤしながら師範室に戻っていった。何のことはない…食堂は他の練兵部のイェルメイドも通ってくるので、マーゴットは彼女たちとセイラムとの接触を避けたかっただけだ。

 セシルは師範室で、冷めたスープとパンを食べた。

(むむっ…冬時期は食堂にいった方が暖かい食事ができたわね…)

 そう思いながらセシルがパンを齧っていると、セイラムの小さな手が伸びてきて…パンをむしっていった。セシルは気にしなかったが、何度も何度もむしっていくのでちょっと気になった。

「セイラムちゃん、今日は食欲旺盛ね。スープも飲んでみる?」

 セイラムはスープ皿に手を突っ込んで、それを自分の口に持っていった。手から直接吸収することもできそうなものだが、人間を模倣するという妖精の習性で、セイラムは「口から食べる」ことに固執していた。

 少なからず魔力を吸収したセイラムは、それに見合った分の有機物を補充しているのである。セシルは気づいていなかったが…こうして、セイラムは少しずつ少しずつ成長し、セイラムの姿は誰の目にも…輪郭と形がはっきり見えていくのである。


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