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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百七十二章 サムの仕事斡旋所

二百七十二章 サムの仕事斡旋所


 新年のお祝い気分も抜けて、コッペリ村は雪に閉ざされて大通りも人の往来は皆無だった。

 しかし、そんなコッペリ村でも、午後十一時になるとキャシィズカフェの周辺はざわめき始める。肉屋がニワトリの串焼きを焼き始めた。粉屋の女房が焼き菓子を並べ始めた。古着屋は若い女性向けの衣服を飾って、客が入ってくるのを待っていた。

 すると、イェルマの方角から五人のイェルメイドがやって来て、肉屋の串焼きを買った。

「おっさん、ニワトリばかりじゃなくて、たまにはブタも焼きなよ!」

「ああ…分かったよ。」

 そして、甘党のイェルメイドは焼き菓子をしこたま買い込んだ。彼女たちは、気に入った物があれば多少値段が高くても文句を言わずに買っていく。

 そして、行き着く先はキャシィズカフェだ。五人のイェルメイドはすぐにキャシィズカフェの壁の掲示板に駆け寄り、掲示板に貼り付けてある羊皮紙を眺めた。

「屋根の雪下ろしかぁ…この時期はこればっかりだなぁ。三時間で銅貨六十枚かぁ…イェルマに半分取られるから、こっちの取り分は銅貨三十枚…」

 すると、店先にいたキャシィが口を挟んだ。

「ちゃう、ちゃう!サムが5%の仲介料を取るから、そっちの取り分は銅貨二十八枚だよ。…それより、ハーブティーセットは注文するの、しないの?」

「そう、急かすなよぉ〜〜…むっ、鍛冶屋も人手を募集してるな…つっても、私は鍛治職のテク持ってないからなぁ…。」

 イェルメイドのひとりがキャシィに言った。

「サムは中なの?髪のカットをお願いしたいんだけど…お茶はカットしながらでも良い?」

「サムさぁ〜〜ん、ご指名ですよぉ〜〜!」

 サムは返事をして、床屋用の椅子を準備し始めた。冬は外での散髪はさすがに寒いのでキャシィズカフェのワイン倉庫でやっている。

 二人のイェルメイドが店先で叫んだ。

「ハインツゥ〜〜ッ、ハーブティーセット二つ持って来てぇ〜〜っ!」

「は…は〜〜い。」

 ハインツ目当てのイェルメイドがめっきり増えたので、キャシィはハインツを店先に立たせていた。客寄せハインツだ。

 ハインツが外のテーブルにハーブティーセットを持っていくと、イェルメイドたちは何かしらハインツに話しかけて…相手にしてもらえるとキャッキャと喜んだ。

 その時、鍔広帽子に白い羽根飾りを刺した紳士がキャシィズカフェを訪れた。

「こんにちわ、サムさんはいらっしゃいますか?」

 キャシィは驚いた。

「おおっ、これは『鳩屋』のクラインさん、おひさです!サムさんに何か?」

「うちの鳩もだいぶ集まってまいりまして…そろそろ営業を始めたいと思います。つきましては、その宣伝と鳩舎を新築しようと思いまして…。」

「なるほどっ!サムさぁ〜〜ん、お客さんですよぉ〜〜っ‼︎」

 サムはイェルメイドの長い髪にハサミを入れながら、鳩屋のクラインと話をした。要するに、鳩屋コッペリ村出張所が営業を始めたことを周囲に告知すべく、そのためにサムの掲示板に広告を出したいというのがひとつ、もうひとつはコッペリ村で育った鳩が増えてきたので、大きな鳩舎を新築するための大工を雇いたいということだった。

 サムは了承した。鳩屋の広告については、キャシィと相談して、掲示板を多くの人に活用してもらうために当面の間は無料とした。鳩舎に関しては…イェルマの大工職人に発注しようと考えた。もちろん、「オリヴィア愚連隊」のリューズたちを指名して…。

 現時点での鳩屋の業務は、コッペリ村からエステリック城下町、ティアーク城下町、ラクスマン城下町への伝書鳩による書簡の配達だ。基本料金は銀貨一枚と高額だが、馬を走らせれば早くても七日掛かるところを一両日中には手紙が届いてしまうという実用性を考えれば妥当な金額であろう。また、近日中には上記三箇所からの手紙もコッペリ村で受け取ることもできるという。

 サムは言った。

「イェルマに連絡しておきますよ。明日あたり、大工職人がやって来るので、図面を見せて見積もりを出してもらってください。その後で料金を決めましょう。」

「分かりました。」


 その日の夜、夕食を食べたハインツはユーレンベルグ男爵占有の部屋でのんびりしていた。

 すると、扉をノックする音がした。

「…どうぞ。」

「お晩でぇ〜〜っす!」

 キャシィが皮袋と帳簿を持って入ってきた。

「ハインツさん、ワインの決算をしに来ましたよぉ〜〜!」

「…えっ⁉︎」

 キャシィは皮袋と帳簿を机の上にドンッと置いて、得意げに喋り始めた。

「五等級のワイン八十五樽のうち、五十樽と…三等級のワイン五樽のうち、一樽を売り切ったので、区切りが良いので代金を支払いますよ〜〜。いやぁ〜〜、三等級はなかなか捌けなくって焦りましたねぇ、結婚式の引き出物にしたのは我ながら良いアイディアでしたぁ〜〜っ!両方合わせて、金貨三十八枚と銀貨六十五枚ですっ!確認してくださいっ‼︎」

「ああ…父上がやってた仕事だね…分かった。」

 ハインツは皮袋の中のお金を確認した。

「…金貨三十八枚と銀貨六十五枚、確かに受領しました。」

「…。」

 キャシィは動かなかった。

「…ん、受領書か、領収書か…要るのかな…?」

「ん…じゃないでしょうがぁ〜〜っ!私の儲けをちょうだいよっ‼︎」

「…ええっ⁉︎」

「ええっ…じゃないわよっ!引き継ぎをしてないのぉっ⁉︎ワインの純利益の10%は私の取り分だって…あなたのお父さんと契約してるんですぅっ‼︎ほらっ、帳簿見て、ちゃんと精査して…私の取り分を確認してちょうだいなっ‼︎」

 キャシィの剣幕に恐れをなして…ハインツは帳簿をめくってみせた。が、しかし…

「ご…ごめんよ。帳簿の見方が…判らない…。」

「どひぇぇ〜〜っ⁉︎…マジッ?…あなた、ラクスマンのワインを担当してたんじゃなかったっけ?」

「うん…でも、部下が全部やってくれてたから…書類もハンコ押して、右から左…みたいな…」

 キャシィは絶句して…両手を掲げて天を仰いだ。…と言っても、天井が見えただけだったが…。

「…ハインツさん、それじゃ困るんですよぉ…。商人同士の取引は厳正にやらないとダメなんです…銅貨一枚たりとも帳簿とピッタリ合わせないと…!」

 普段、ちゃらんぽらんに見えていたキャシィが真剣な顔で正論を吐いたので、ハインツは驚き、そして恐縮した。

「ごめん…僕は…どうしたら…?」

 ハインツの落ち込んだ顔を見て、キャシィは大きく息をひとつ吐いた。そして…帳簿を開いてハインツに示した。

「…ひとつひとつやっていきましょうか。いいですか、これが入荷表です…まずは、これと在庫管理表を突き合わせます。で、これが貸借対照表で…これが損益計算書で…」

 キャシィはひと晩潰して、ハインツに帳簿の見方を教えた。

 誰にでも初めはある…キャシィでさえも、オーレリィにくっついて一生懸命商売の勉強をした時期があった。きっと…ハインツにとっては、それが「今」なのだ。


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