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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百六十五章 新年

二百六十五章 新年


 リーン族長区では年末に大雪が降り、白銀の世界で新年を迎えた。山脈の麓から中腹にかけて領土を構えるリーン族長区は、他の族長区と比べて降雪量が桁外れに多い。

 「セコイアの懐」では、新たな年に向けて御神木であるセコイアの巨樹に住民の一年の無病息災を願う新年祭が、大僧正代行のエヴェレットによって執り行われた。ヴィオレッタもリーンの族長として新年祭に参加したが、宗教にあまり興味のないヴィオレッタはエヴェレットが唱える祝詞のりとにもうわの空で、とにかく…退屈で退屈で仕方がなかった。

 新年祭を終えたヴィオレッタたちは村のリーン会堂に入り、新年の挨拶にやってくる参拝者に備えた。

 客賓たちはまず御神木のセコイアに詣で、その後リーン会堂に立ち寄り族長であり盟主であるヴィオレッタに挨拶をする。

 ヴィオレッタの身内のリーン一族…三つの族長区でそれぞれ教会堂を預かっていたグラウス、テスレア、ダーナ、そしてドルインの港湾業務に携わっていたルドとエドナが久しぶりにリーンに帰ってきて、リーン会堂でヴィオレッタに新年の挨拶をした。

「セレスティシア様、新年を無事迎えることが出来ました事喜ばしく思います。今年もみなに幸在らんことを…。」

「今年も皆さんに幸在らんことを…。ささ、堅苦しい挨拶は抜きにして、どうぞ上座へ!久しぶりに一族が揃ったのですから…‼︎」

 ずらりと上座に並んでお酒を酌み交わしているリーン一族に、わざわざ雪の中をはるばる各族長区からやって来た参拝者が次々と挨拶をしていった。

 参拝者の中にはドルイン教会堂主のハックの姿もあった。

「セレスティシア様とリーンに、今年も幸在らん事を…。」

「ハックさんにも幸在らんことを…雪の中、大変だったでしょう。どうぞ、こちらでお酒でも召し上がって体を暖めてください。…教会堂はいかがですか、僧侶の育成は順調ですか?」

 ヴィオレッタの側付きのグラントがハックの盃に地酒を注いだ。

「こればっかりは月日の掛かることなので、結果が出るまでに後四、五年は必要ですね…。」

 ヴィオレッタたちは、ハックを加えて様々な事を語り合った。年末の刺客の襲撃の事、ドルイン港での大型船建造の進捗、生け簀の運用など…。

 ヴィオレッタは六十五歳だがエルフではまだ未成年なので、お酒ではなく蜂蜜がたっぷり入ったハーブティーを飲みながら…一族や気の置けない仲間内で歓談することに安らぎを覚えていていた。

 するとそこに、シーラとクロエが飛び込んで来た。

「セレチチアさまぁ〜〜、ことチも幸ありますよぉ〜〜に!」

 少し遅れて、ティモシーたちホイットニーの一族とクロエの両親もやって来た。

「やぁやぁ、シーラはいつも元気だねぇ…こっちにおいで、新年のご祝儀をあげましょう!」

「ほわっ、ほわっ!やたっ‼︎」

「セレスティシア様、ありがとうございます!」

 ヴィオレッタは羊皮紙に包んだ銅貨五枚をシーラとクロエにそれぞれ手渡した。

 エビータがホイットニー一族を代表して挨拶をした。

「セレスティシア様、前年はお世話になりました。今年も皆様に幸在らん事を…。」

「皆さんにも幸在らん事を…今年は良い年になるといいですねぇ。…グラントさん、エビータさんたちにもお酒を…」

「いえ…去年、夫を亡くしましたので…祝い酒は控えたいと思います。」

 エビータは去年、刺客に夫のホイットニーを殺されて喪に服していた。ヴィオレッタもまた、祖父のログレシアスを亡くしているが、公的な喪の三か月は過ぎていたのでこうして新年の祝宴を設けている。だが、個人的な喪は一年なので、リーン一族は黒い喪章代わりの何かしらをいまだに身につけているのだ。

 ヴィオレッタが言った。

「エビータさん、今は一族がみんな揃って…十人ですよね。家は狭くはないですか?」

「大丈夫ですよ。今の時期、ぎゅうぎゅう詰めで雑魚寝をしている方が暖かくて都合が良いですよ。」

「何かあったら言ってくださいね。」

「ありがとうございます。」

 ヴィオレッタの今後の方針では…ホイットニー一族がこうして勢揃いすることはしばらくないだろう。

 次々とリーン会堂に訪問者が来る中、シーラとクロエは同世代の女の子の友達を見つけて、キャアキャア叫んで外で雪合戦を始めた。


 次の日にはベルデンの族長ジャクリーヌとドルイン港の総督ホセが新年の挨拶に訪れた。

「おおうっ、ヴィオレッタ!新年、幸あれぇ〜〜っ‼︎」

「ジャクリーヌさん、どうぞどうぞ、こちらへ!ホセさんもどうぞ‼︎」

 ホセは戸惑った。なぜなら、彼が知っているセレスティシアはエヴェレットが扮した長身で仮面を被った恐ろしげな女性だったからだ。

「ぶははははっ…ホセ、このチビっこいのが本物のセレスティシアだよ。あんたも会ってるだろ?」

「あ…ああ、裾を持ってた側付きの女の子…。」

 ヴィオレッタの付き人のグラントが賓客にお酒を注いで回った。

 ヴィオレッタはジャクリーヌに話し掛けた。

「ベルデンはどうですか?」

「いやぁ〜〜、寒い寒い。ここほどじゃないけどな、わははははっ!」

 ホセが言った。

「ドルインも寒いですね。しかしながら、生け簀のおかげで冬でも市場に魚が出回っているので、例年に比べると食べるには事欠きません。これもひとえにセレスティシア様が考案された生け簀のおかげです。」

「春には大型船を就航させますよ。そうなれば、ドルイン港の重要度はもっと増して…ホセさんの総督という地位も盤石になるでしょう。」

「そ…そうなると、ありがたいですなぁ。できましたら、ワイバーンやマーマンも駆逐していただければ、なおありがたいです。」

「ああ…そんなものも、ありましたねぇ…。」

 ワイバーンが襲撃してきたら船内に避難することができ、マーマンに転覆されないための大型船なのだが…総督の願いは「駆逐」か、ちょっと考えてみよう…ヴィオレッタはそう思った。

 続けて、ヴィオレッタはジャクリーヌに尋ねた。

「ジャクリーヌさんの方は?」

「ん…何が?」

 ジャクリーヌは地酒を飲みながら…ヴィオレッタの質問にキョトンとしていた。

「何がって…『水渡り』に決まってるじゃないですか。」

「ああ、そかそか。…ちゃんと訓練してるよ〜〜っ!『水渡り』ができる奴を二十人ぐらい集めてさ、高機動のランサー突撃部隊を作ってるんだ。その名も『風神軽騎兵』だぁ〜〜っ!」

「わっ、かっこいい!」


 イェルマ渓谷でも雪が降った。膝ほどに積もった雪の中を、各房の房主を従えた「四獣」が「北の五段目」のベネトネリス廟に向かっていた。

 みんながベネトネリス廟に入ると、そこにはアナとマックス、そして十人の神官見習いが待っていた。

「ようこそ、皆様。新年、明けましておめでとうございます。それでは…美徳と祝福の神ベネトネリス様に…新年最初の祈祷を捧げたいと思います。」

 みんなは冷たい床に伏せ、アナを司祭として神ベネトネリスに昨年の感謝と新年の抱負を祈った。

 その後、みんなは「南の一段目」にある「祭事館」に移り、新年の祝宴を開いた。この祝宴への参加が許されているのは中堅以上のイェルメイドのみである。冬のイェルマを寂しくひとりで過ごしているオリヴィアは、この時とばかりにお祭り気分に浸っていた。

 コップを片手に宴会場を彷徨っていたオリヴィアはベレッタとルカを見つけた。

「あらぁ〜〜、ベレッタ、ルカ…あんたたち、東の放牧地に行ってたって聞いたけど、戻ってきてたのね?」

「おうよっ…二十日ぐらい滞在したけどな。面目躍如と思って、懲罰房から威勢よく出たはいいが、何も出て来ないし、酒もないし…踏んだり蹴ったりだったよ。」

「あひゃひゃひゃひゃっ…わたしもねぇ、せっかく結婚式挙げたのにさぁ…ひとりで新年を迎えたのよぉ〜〜。まぁ、寂しい者同士、飲みましょう…ルカもそんなむっつりした顔してないで飲め飲めぇ〜〜っ!」

 ルカはコップを置いて…ため息をつきながら言った。

「うぅ〜〜ん、最近、酒が美味くないんだ。胸につかえるというか…匂いが堪らんというか…」

「ルカらしくないわねぇ…病気ぃ?アナのところに行ってみればぁ〜〜?」

「神官房か…後で行ってみるかぁ…。」


 正月三が日はイェルマ全体が休日となるが、それでも城門やイェルマ橋の衛兵たちと食堂だけは交代制で年中無休だ。特に、食堂は三が日の間だけ、朝から晩まで開いていて、イェルメイドは飲み放題、食べ放題だ。

 ジェニとサリーは十歳のナフタリ以外の十二歳班と十五歳班を引き連れて、暖かくて居心地の良い食堂の長テーブルひとつを占拠して管を巻いていた。ナフタリはこの三日間は母親のいる「生産部」で過ごすようだ。

 考えることは皆同じで、この期間、食堂はいつも超満員だ。就寝時間ギリギリまで粘って暖かい食堂に居座るのである。

 みんなは、正月の振る舞いで鶏肉などの具材がたっぷり入った焼き飯と取り放題の甘い焼き菓子を頬張っていた。話題と言えば…もちろん、ジェニとサリーが二十日前に撃退したというトロルの話だ。

「サリー先輩、ジェニ姉さん、トロルは強敵でしたか⁉︎」

 クレアは焼き菓子をひたすら食べながら熱心に尋ねてきた。サリーも焼き菓子を食べながら答えた。

「いやぁ〜〜…あのトロルは硬かったよ、矢が通らなかった。ゴブリンなら、私たちと十八歳班で五十は射殺したかなぁ…ねぇ、ジェニさん?」

「そうそう。なんかね、久しぶりの遠距離射撃だったんだけど…以前よりもよく命中した気がする…。」

「ほほほ…ジェニさん、体ができてきましたよねぇ。」

「…体?」

「何をするにも、まずは微動だにしない土台作りですよ。まだひと月ですけど、ジェニさんも筋肉がついてきてますよ。もっともっと筋肉がついてくれば、命中精度も上がるし、持久力も上がって…本物の『百発百中』も夢じゃないですよ。…百発射つ前に息が上がっちゃったらダメですからねぇ。」

「…あぁっ!」

 言われてみれば、ジェニが初めて射手房を訪れた時にサリーと一緒に矢を百本射った…あの時は五十本を超えた時点でへばってしまって散々だった。

 ジェニは言った。

「そうかぁ、よし、矢を百本射って全命中…これを今年の目標にしよう!」

「頑張って、ジェニさん。」

「ジェニ姉さん、頑張れっ!」

 すると、食堂に射手房のタチアナ師範が入ってきた。すぐにサリーが挨拶をした。

「あけおめです!新年の祝賀会は終わったんですか?」

「ああ、あけおめ!終わったよ。食堂に来れば、お前たちに会えると思ってな…。」

「何か御用ですか?」

「いや…祝賀会でジェシカ房主やアルテミスと話をしたんだ。エルフ村や東の放牧地での事を勘案してだなぁ…ジェニ、今年からお前を十五歳班に編入させることにした。…そのつもりでなっ!」

「…えっ!」

 クレアたちはジェニの思わぬ進級?に喜んだ。

「おめでとうございます、ジェニ姉さん!」

「あ…ありがとう…?」

 サリーが隣でクスクスと笑っていた。

「ジェニさん、良かったですね…これで今年もバッチリ体の鍛錬ができますよ。」

「…鍛錬?」

 当然ではあるが…十五歳班の訓練は十二歳班よりもはるかに厳しい。


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