二十六章 思いがけない幸運
二十六章 思いがけない幸運
ヴィオレッタは赤貧亭の一室で目を覚ました。ここの寝具は固いせんべい布団だったので、思いのほかよく眠れた。
するとちょうど、扉を叩く音がした。
「ヴィオレッタちゃん、極楽亭のヘクターが来てるよ。」
クララおばさんの声だった。
ヴィオレッタは身支度をして、すぐに一階に降りた。ヘクターと知らない少年がテーブルに座っていた。
「ヘクターさん、何かあったんですか?」
「いやな、この坊主がお前さんに手紙を渡したいんだとさ。最初はうちに来たんだ。俺が預かるって言ったんだが直接お前さんに渡したいって頑張ってな…だから連れて来た。」
「あなたがヴィオレッタさん?」
「はい…差し出し人は?」
「読めば分かりますよ。それじゃぁ、僕は失礼します。」
「ありがとう…あの、あなたのお名前は?」
「あー、勘弁してください。」
金髪に近い茶色の髪でグレーの瞳をした美少年は早々に赤貧亭を出て行った。
ヴィオレッタは手紙の封を切ってすぐに読んだ。「夕方五時、事務所」それだけだった。
「誰からだ?何て書いてあった?」
「今からホーキンズさんのところに行きます。」
夕方五時頃、ヴィオレッタは筆写士事務所に向かうために、路地裏を歩いていた。途中、二人の憲兵とすれ違った。
多分、待ち合わせの場所は筆写士事務所だろう。以前、オリヴィアと一緒に訪ねたことがある。あまたある事務所の中でヴィオレッタとオリヴィアが知っている事務所といったら、ここしかない。
筆写士事務所まであと数mというところで、どこからか、かすかに声が聞こえた。
「ヴィオレッタさん、止まって。」
建物と建物の間の狭い隙間、その暗闇から聞こえてきた気がする。きっとアンネリが潜んでいるに違いない。
「状況は判ってる?」
ヴィオレッタは立ったまま小声で喋った。
「判ってる…明日早朝、あなた達、城下町南門の外に来れる?」
「多分、行ける…。」
「ホーキンズさんが味方してくれてる。南門外でホーキンズさんがあなた達を馬車で拾う手筈になってるわ。」
「分かった。」
ヴィオレッタは暗闇の中に金貨を一枚差し込んだ。
「…ありがとう。」
しばらくそこに立っていたが、もうアンネリの声はしなかった。移動したのだろう。
さて、これからどうしよう。目と鼻の先に筆写士事務所がある。お別れの挨拶でもしていこうかしら。もう二度と訪れることはないかもしれない。憲兵の手が回ってなければ良いのだけれど…。
ヴィオレッタはなかなか中に入る決心がつかず、事務所の前を行ったり来たりしていた。すると、ヴィオレッタに気づいた主人のダントンが飛び出してきた。
「ヴィオレッタさん、お待ちしていましたよ。ささ、中へ!」
ダントンはヴィオレッタの手を掴んで半ば無理矢理、事務所の中に連れ込んだ。
(しまった!憲兵に引き渡される‼)
しかし、事務所の中に憲兵の姿はなかった。
「ヴィオレッタさん、望みが出てきましたよ!」
「え?」
「修復士からの手紙が届いたんです。昨日、こいつ、王立図書館の仕事をするって言いましたよね?いやね、事前に本の表題と、押収された発禁本だってことを手紙に書いてやっておいたんですよ!」
「…?」
「彼も今朝、評議会の文務尚書から初めて詳しい仕事の内容を聞かされたようです…作業は禁書庫でやるそうですよ!どういうことかわかりますか?」
「…?」
「復元どころじゃなくて、本物を書き写してくれるんですよ‼︎」
「あっ…‼︎」
「もし、禁書庫に『神の祝福』があれば…ですがね。」
「そ、それは嬉しい…是非、お願いしたいです‼︎」
「もちろん、これは違法行為です。見つかったら打ち首です。」
「うう、それは…お願いしちゃって良いのかしら…??」
「そこで、彼はこう書いてよこしてます。一か月以内に終わらせるので、金貨25枚…と。」
「金貨25枚…相場より高くなりましたね。」
「いやいや、あっちも相当危ない橋を渡るのですから、相応の値段だと思いますよ!」
「そうですか、じゃあそれで!よろしくお願いします。」
ヴィオレッタとダントンは固い握手を交わした。
それから…ダントンはヴィオレッタの耳元で囁いた。
「貴族のやり口は心得てます。あの金髪のご婦人はお元気ですか?よろしくお伝えください。」
ダントンさん、いい人だ!
余談ではあるが、修復士はどうやって発禁本を写し書きするのか?
禁書庫の出入りの際は必ず厳重な持ち物検査をされる。そこで、どうしても必要ということで二、三人の弟子を同伴させ、弟子の背中に油性インクで書き写すのである。数年の長期の仕事であれば、その中の一か月程度は誤魔化せる、という寸法だ。
監視役がいるだろうが、袖の下を金貨10枚ぐらい支払えばまず見逃してもらえる。
どうしても気になったという方…ベタですみません。
丸ごとぼやき その1
適当なことを書いていこうと思います。
もうお気づきの読者の方もいらっしゃるとおもいますが、この小説に出てくる国の名前、村の名前は有名オーディオメーカーやその製品をもじって命名しております。中には私が実際に使っている物も…。私、アニメオタクの上に、オーディオオタクなのです。
まず、「イェルマ」ですが、スウェーデンの高級オーディオケーブルメーカーをちょっともじってます。8N銅(99.999999%純銅)を極細のパイプ状の線材に加工して、絶縁体の芯にらせん状に巻きつけていくというのが基本的な構造の音声ケーブルを作るメーカーです。
あくまでも私見ですが、解像度が高くナチュラルでフラット、音場が広がって部屋いっぱいに音が満ちる感じがします。癖がなく音色を変えることなく音質の底上げに最適です。愛用してます。でも、めっちゃ高価です。最新のフラッグシップケーブルともなると、なんと9N銅!価格も四倍…!人生は博打だ‼負けたら…どうしよう⁉
※解像度が高い…微小な音声信号も拾います。音源にノイズがあると、それも拾ってしまうのがデメリット?
※ナチュラルでフラット…高音域から低音域まで、まんべんなく再生するという性質。高級オーディオには中音域や低音域をわざと強調する機器もあります。そういうことを全くしないのがナチュラルでフラット。
※音場が広がる…音が部屋の前方全面に配置されて、いろんな場所から音が聞こえてきます。スピーカーから音がでていないように感じます。逆に音場が狭い、は左右スピーカーの間にすべての音が集中するような状態です。
※癖がなく音色が変わらない…癖があって音色が変わる、を説明しましょう。元の音源の音が半音上がったり下がったり、楽器の音が別の楽器の音に聞こえたり、楽器の判別ができなかったり、暖かく聞こえたり冷たく聞こえたりです。その逆です。「暖かく聞こえたり冷たく聞こえたり」はまた別の機会に。
※フラッグシップ…旗艦。ここで使用される意味は「メーカーを代表する高性能最上位製品」。




