二百五十六章 西の放牧場とエルフの村
二百五十六章 西の放牧場とエルフの村
西のヤギの放牧場のヤギ飼いの母屋。
ここのトロル討伐隊の総指揮官のボタンは、連絡係の魔導士からマーゴットの情報を知らされた。
「…そうか、こっちはハズレだったか。ふむ…思った通り、ダフネが活躍したようだね…。」
ボタンは母屋から出て、討伐隊に命令した。
「トロルは東の牧場に現れた。しかし、我が同胞たちが撃退した。我々はこれより一週間の警戒警備の後、撤収する。」
ボタンは少しがっかりして、ヤギ飼いの母屋に戻ろうとすると、目の前に大きな黒いオス犬がお座りして尻尾を振っていた。
「おや…何だ、このブサイクな犬は…それにしてもデカいな。」
それを聞いていたヤギ飼いは言った。
「はぁ、ボタン様…この犬はいつの間にかやって来て、いつの間にか居座ったのでございます。食っちゃ寝、食っちゃ寝の穀潰しでございます…。」
「…処分すれば良いじゃないか。」
「それがですね…首輪を付けておりまして誰かの飼い犬らしく、ちゃんと躾けもされているのです。そんな訳で、処分するのもはばかられまして…それに、決してバカ犬というわけでもなく…」
「なるほど…。」
ボタンは腰の「ドウタヌキ」を抜いて見せた。すると、黒い犬は立ち上がって、尻尾を振るのをやめた。
(こいつ、剣を認識しているな…対人訓練を受けているのか?…確かに、賢いな。)
ボタンが「ドウタヌキ」を鞘に戻すと、黒い犬は再び尻尾を振りながら、ヤギ小屋に入っていった。ボタンがその後に着いていくと、中には二匹の白黒のメス犬がいて、黒いオス犬と一緒にヤギの藁床にうずくまっていた。
メス犬の一匹がボタンを見とめて、体を起こし尻尾を振りながらボタンに近づいて来た。ボタンはメス犬の頭を撫でながら、注意深くそのメス犬の様子を調べた。ボタンがメス犬の腹に触ってみると、少し腹が張っていて乳房が膨らみ始めていた。
(…多分、妊娠しているな。黒い犬が父親かな…?)
エルフの村ではゴブリンを警戒した定点観測が引き続き行われていた。
しかし、ゴブリン約三百とトロルが東のヤギの放牧場を襲撃して、ゴブリン約二百が討伐されトロルにも大打撃を与えたことで、次の襲撃までには時間が空くだろうとの憶測がなされていた。
セシルはエルフの村の隅っこで、妖精のセイラムと遊んでいた。セシルがセイラムに銀貨を与えて以来、セイラムはセシルに非常に懐いて、ずっとくっついて離れなかった。普通の人間なら、怖いやら面倒くさくやらで妖精を放置するところだが…そこはネジの緩いセシルであった。
ピカピカの銀貨を両手でこねくり回しているセイラムにセシルは優しく言った。
「セイラムちゃん、世の中にはねぇ…銀貨のほかに金貨ってのもあるんだよぉ。銀貨は白のピカピカだけど…金貨はねぇ、黄色のピカピカなんだよぉ。」
「キンカ…キンカ…黄色のピカピカ。欲しいな、欲しいな…セシル、ちょうだいな。」
「うぅ〜〜ん、その銀貨一枚きりが私の全財産なのよねぇ…。」
セイラムは手に持った銀貨を口に持っていってそのまま飲み込んだ。セシルは「わっ!」と思った。銀貨はセイラムの透けた体の外側からもわずかに見えていて、ゆっくり回転してキラキラ輝きながらセイラムの喉から下へと落ちていった。すると、今度はその銀貨は再び喉へと登っていき…セイラムは自分の手の上にペッと吐き出した。驚いたセシルはその不思議なイリュージョンに拍手した。
パチパチパチパチパチ…。
「セイラムちゃん、凄いねぇ。お姉ちゃんがそれをやったら、下からは出るけど、上からは絶対に出せないわぁ、セイラムちゃん、天才ねぇ!」
セイラムはニコニコして、その場でくるくる回っていた。
そこにマーゴットがやって来た。魔導士房の房主たるマーゴットにも朧げながらセイラムの姿は見えていた。
「セシルや、セイラムは何か…予知のような言葉は言ったかい?」
「いえ…何も…。ただ…金貨が欲しいそうです。」
「む…それは…予知の報酬を要求してるってことかい?」
「さあ…?」
ユグリウシアもやって来た。
「セイラムの予知は機嫌が良い時に起こります…この前の予知も、セシルさんが銀貨を与えた時でしたねぇ…。」
それを聞いたマーゴットは腰紐から金貨を一枚取り出し、それをセシルに渡した。
「おおっ、セイラムちゃん、マーゴットおばあちゃんが金貨をくれたわ。良かったわねぇ!」
セイラムはセシルから金貨を受け取ると、一生懸命自分の手で擦り、表面の垢を落とした。金貨がピカピカになると狂喜乱舞して叫んだ。
「黄色のピカピカ、黄色のピカピカ…キンカ来た、キンカ来た、キンカ来たぁ〜〜っ!」
そして、意味不明な言葉も…
「空の上からワンちゃんが来るけど…でも、キンカとギンカはセイラムのところに来た!キンカとギンカはセイラムのもの…絶対に誰にもあげな〜〜い‼︎」
それを聞いたユグリウシアとマーゴットははっとした。
「…今のは⁉︎」
「予知かもしれません…。」




