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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百五十三章 トロルの呪い?

二百五十三章 トロルの呪い?


 激しい雨はひと晩じゅう降った。

 百八十人近いイェルメイドたちはヤギ小屋と母屋、そして幌をつけた三台の馬車に分かれて雨の夜を凌いでいた。鮨詰め状態ではあったが、雨に濡れて凍えて夜を過ごすよりはだいぶましである。

 母屋では山羊飼いの家族と戦士房の中堅の中軸、ケイト、ルビィ、シンシアと連絡係の魔導士が暖炉で暖をとっていた。

 すると、もうひとりの中軸のローズがずぶ濡れで母屋の中に入ってきた。

「ひゃあぁ〜〜…寒い寒い寒い寒い…!」

 頭を乾いた手拭いで拭って暖炉に両手をかざすローズにケイトが尋ねた。

「どうだった?何か判った?」

「報告は二つあるわ…ひとつは、トロルの腕や足なんだけど、ゴブリンの死体と混ざっちゃって区別がつかなかったわ。もうひとつは…これ見てちょうだい…」

 ローズは腰のベルトに挟んでいたいくつもの紐を通した木片をテーブルの上に並べた。

「何だ、これは?」

「ゴブリンたちが持ってた物よ。ほとんどのゴブリンが首からぶら下げていたわ。」

 ケイトが調べてみると、どの木片にも共通した黒い図柄が描かれていた。

「むむ…この絵は雨で流れないってことはタールで描かれてるのね。この絵は…トロル?…解らないことだらけだね。まぁ、とりあえず…魔導士殿、ありのままをエルフの村の本部と蒼龍将軍に『念話』で送ってちょうだい。」

「かしこまりました。」

 ダフネ、ジェニ、サリーはヤギ小屋の隅っこで膝を抱えて三人で固まって毛布にくるまっていた。他にもたくさんのイェルメイドがヤギ小屋の薄い羽目板を背にして毛布を被って仮眠をとっていた。

 ヤギの色々な臭いが鼻を突いたが、今のジェニにはそういうものがあまりストレスにならなくなっていた。

 ほぼ真っ暗なヤギ小屋の中、干し草を反芻する雌ヤギの顔が目の前にあって、時折どこかで小水を放出する音を聞きながら…ジェニが言った。

「ううう…雨が降ると寒いわねぇ…。」

 ヤギ小屋の中は燃えやすい物が満載なので火気厳禁だ。焚き火などもっての他だ。

 ダフネが応えた。

「雪でなくて良かったよ。雪が積もったら、今度は帰るのにひと苦労だ。」

 サリーが言った。

「ダフネさん、今日は大活躍でしたねぇ。あともうちょっとのところでトロルにとどめを刺せたのに…残念でしたねぇ。あれで生きてるなんて…トロルの体って、どうなってるんでしょう…ねぇ?」

 ダフネは謙遜した。

「あたしの実力じゃないよ、全部『鬼殺し』の力だよ。」

「ダフネ、謙遜しなくてもいいんじゃない?その『鬼殺し』を使いこなせるように努力したのはダフネなんだから!…うう、それにしても寒い…」

「ジェニさん、そんなに寒いですかぁ?じゃぁ、とっておきの方法がありますよ…。」

「とっておきの方法?…暖かくなるのぉ…?」

「ふふふ…お教えしますよぉ〜〜。」

 サリーは口笛を吹いた。すると、ヤギ小屋で寝ていた白黒の犬が一匹、サリーのそばにやって来た。サリーが頭を撫でてやると、じゃれついてきてサリーの顔を舐めた。そこですかさず、サリーはその犬を捕まえて毛布の中に引きずり込んで抱いた。

「あったかあぁ〜〜い…!」

「あ、あたしもやろう!」

「私もっ!」

 ダフネとジェニ…それから、それを見ていたヤギ小屋のイェルメイドはみんなピューピューと口笛を吹き始めた。


 蒼龍将軍のマーゴットがエルフの村を訪れて、村の代表のユグリウシアと意見交換をしていた。二人は平時の時でも時々魔法についての意見交換や情報交換をしているが、今回は「トロル」が議題だ。

「ユグリウシア殿、どう思われますか?」

「…ゴブリンの首に吊るした表札ですか…これはもしかして、ゴブリンがトロルを神として崇めているのかもしれません…」

「やはり、ユグリウシア殿もそう思われますか…。」

「単なる仲間識別のためのものであれば問題はないのですが…トロルを崇拝している証となると話は別ですね…『妖精』は『想い』が強ければ強いほど、想像を超えるような『変質』をします。ゴブリンの崇拝の対象になったトロルは我々人間にとって、大変な脅威になり得ます…」

 ペーテルギュントが言った。

「俺が見た時…ゴブリンは仕留めたイノシシを真っ先にトロルに持っていったな。このゴブリンのコロニーの中で、このトロルは最上位の立場にいることは間違いないと思う。」

 マーゴットが続けた。

「仮にトロルがゴブリンどもの『神』だったとして…ユグリウシア殿、これからどのような事が起こると予想されますか?」

「普通のトロルであれば、ある程度分割すれば小さいものは魔力を失い精霊が離れていって、ただの肉塊となります。大きいものは、時を経て『ピクシィ』や『インプ』に変質して再び活動を始める場合もあります。しかし、今回のトロルは非常に強い『想い』を持っています。…持ち去られたトロルの体…もう一度やって来そうですね。トロルの切り落とした四肢も…そのまま放置しておいたのは…懸念材料と言わざるを得ません。」

 ユグリウシアとマーゴットはハーブティーをひと口飲んで、ため息をついた。


 朝になった。

 ヤギ飼いの指笛で懐から飛び出した犬たちでヤギ小屋のイェルメイドたちは目を覚ました。用意された餌に群がる犬たちを横目に、イェルメイドたちは戦時非常食のチーズを切り分けて、それをひと切れ食べて朝食の代わりとした。

 雨は小降りになっていた。母屋の外では一台の馬車の荷物を下ろし、昨日のトロルとの戦闘で負傷したイェルメイドたちを練兵部の拠点に送る準備を整えていた。骨折や捻挫…とりあえず応急処置はしたものの、やはり神官房で治療してもらうのが最善だろう。

 ダフネ、ジェニ、サリーは配給されたチーズをヤギ小屋の中で頬張っていた。ダフネはチーズをひと口かじると…食べるのを止めた。

「う…なんか、胸がムカムカする…」

「えっ!ダフネ、どうしたの、大丈夫?」

 ジェニはすぐにダフネの額に手を当てた。熱はないようだ。

「…風邪のひき始めですかねぇ…?」

 サリーの言葉に答えようとしたダフネは…

「いや、風邪じゃないと思う…うぷっ…!」

「ああっ‼︎」

 ダフネは胃の内容物を少し戻した。ただ事ではないと思った二人は慌ててダフネを肩に担いで母屋に運んでいった。

 驚いたケイトはダフネに尋ねた。

「おい、ダフネ…昨日まであんなにピンピンしてたのに…気分が悪いのか?」

「うぅ〜〜ん…胸がムカついて、少し頭がぼぉ〜〜っとしてる…」

「昨日、何か無理をしたんだろうか…それとも何かの病気?しかし、他の者には異常はないし…。」

 サリーがおかしな事を言った。

「…トロルって…呪いとか持ってます?」

 その場にいた者みんなが青ざめた。

「えっ…そんなことが…だが、あのトロルに致命傷を与えたのはダフネだし…トロルとの接触が一番多かったのは事実だ…。」

 ケイトはしばらく考えて…ダフネに命令した。

「…とにかくだ。ダフネ、お前も負傷者の馬車に乗って帰れ!それで、神官房で診てもらえ‼︎」

「半日ぐらい寝てたら治るよ…ケイトさんたちはもうしばらくここにいるんだろ?あたしだけ…」

「バカッ!こんな寒い場所にいたら、治る病気も治らないだろう⁉︎それに、もしこれが『呪い』の類だったらどうするんだっ⁉︎指揮官として命令する…戻れっ‼︎」

「…」

 こうして、ダフネは戦線離脱することとなった。


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