二百五十一章 ダフネ出撃
二百五十一章 ダフネ出撃
ダフネは戦士房に戻っていた。
ダフネはユニテ村での戦利品「鬼殺し」を使いこなすために、槍手房と武闘家房を訪ね、特訓を重ねて遂にはその技術を自分のものとした。
その日の朝、ひとりの魔道士が戦士房にやって来た。それから房主のライヤが房主堂から出てきて、訓練をしているイェルメイドたちに命令を発した。
「みなよく聞け、我が戦士房にトロル討伐の命が下った。中堅の者はすぐに装備を整え、東のヤギの放牧場へ向かえ!」
「おうっ!」
トロルか、珍しいな…ダフネはそう思った。そして、自分の「鬼殺し」はトロルに通用するだろうか?…できれば、試してみたいな…とも思った。
すると、最後にライヤが付け加えた。
「ダフネも行け。」
「はっ?」
「ボタン様の直々のご指名だ。ランサーのベレッタとルカが懲罰房に入っている今、トロルを一撃で葬れるのはお前の『鬼殺し』だけだろう…との仰せだ。」
「は…はいっ!」
戦士房の中堅たちは装備を整え、マーゴットの命でやって来た魔道士を連絡係として引き連れ一度イェルマの「中央通り」まで降り、三台の馬車をしつらえてすぐに出発した。
東の放牧場はイェルマの東の城門の近くにあって非常に遠い…馬車に食糧を積み、戦士百五十人で早駆けしても丸一日掛かってしまう。
ダフネは「鬼殺し」を背中に担いで仲の良い先輩のケイトと肩を並べて行軍した。
「ダフネ、参加できて良かったね、頑張りな。」
「うん…『鬼殺し』は強力すぎてね。稽古相手を本気で殴れないし、稽古の丸太も何本も焚き木にしちゃったよ…。相手がトロルなら思いっきりいける!」
「ダフネの誕生日はいつだっけ?」
「三月二十一日だよ…なんで?」
「今回、手柄を立てたら…誕生日を待たずして『中堅』昇格もあり得るよ。」
「おわっ…そ、そう?…考えたこともなかったなぁ…。」
ダフネは少し恥ずかしそうにして、背中の相棒…「鬼殺し」を撫でていた。
「…そういえば、聞いた?」
「何を?」
「槍手房が西の放牧地に向かったそうよ。ボタン様が『ドウタヌキ』を携えて同行していったらしいわ。」
「わざわざボタン様が…?」
「西か東か…どっちかにトロルが出るらしいって、ユグリウシア様が予言したんだってさ。」
「予言…?何だ、そりゃ!エルフって、そんなことができるんだ⁉︎」
「よくわからんけど…冬支度で気忙しい時期だからねぇ、ボタン様はトロルをさっさと片付けて、早く終わらせたいんでしょうね。」
「それで…御玉体自らご出陣って訳ね。ああ、ボタン様の『本気』…見てみたいなぁ…。」
一行は「中央通り」の途中から「北の一段目」に入り、傾斜の緩い坂道を使ってどんどん登っていった。「北の三段目」辺りの空き地でひと晩野宿し、早朝出発して、昼前には東のヤギの放牧地に到着した。
その日は朝からどんよりと黒い雲が立ち込めていて、今にも雨が降りそうだった。
馬車をヤギ小屋の横につけると、十数匹の白黒の犬が吠えながら集まってきた。それに気づいた四十代ぐらいのヤギ飼いが小屋から出てきた。
「おや、練兵部の兵隊さんたちだね。こんなに大勢で、どうしたの?」
ケイトが言った。
「トロルが出るよ、早く放牧してるヤギを集めて!」
「ひぇっ…トロルだって⁉︎」
ヤギ飼いはすぐに口笛を吹いて、犬たちにヤギを集めるよう命令した。そして、ヤギ飼い自身も馬を出してきて、放牧地の見回りに出た。
その間に、ダフネたちは塹壕掘りに取り掛かった。どんどん穴を掘ってその土を前方に盛る…そうして、戦士百五十人が隠れるだけの壁を作った。
そうしているうちに、遠距離支援のアーチャー隊も到着した。アーチャー隊は十五歳班と十八歳班で組織されていて、ジェニとサリーがいた。
「おおっ…ジェニさん、サリー、久しぶりだねぇ〜〜っ!」
「あっ、ダフネがいる、久しぶりぃ〜〜っ!」
ダフネ、ジェニ、サリーの三人はユニテ村のアンデッド討伐以来の再会に喜んだ。
「…ジェニさん、ホントにイェルメイドになっちゃったんだねぇ。ちゃんと訓練についていけてる?」
「ううう、もうね…ギリギリです…。」
サリーは笑っていた。
「ジェニさんはねぇ、出世しましたよ。今は十五歳班の隊長さんですよ!」
「そうなんだっ!…ん、待って…十五歳班の…?あれれ?…ジェニさんって、二十歳過ぎてたんじゃ?」
サリーはさらに大笑いした。
しばらくすると、「メェメェ」というヤギの鳴き声と「ワンワン」という犬の鳴き声が錯綜してこちらに向かって来た。そして、自分の足で走ってきたヤギ飼いが慌てた様子で叫んだ。
「や…やられたっ!ゴ、ゴ、ゴブリンと出くわして馬をやられた、犬も一匹やられた…い、い、いっぱいいる、それと凄くでっかいのが…‼︎」
それを聞いた戦士隊はすぐに塹壕の中に飛び込んで身を隠した。塹壕に潜んだ戦士隊の頭の上を多くのヤギと犬が飛び越していって、争うようにヤギ小屋に逃げ込んでいった。
サリーがアーチャー隊に指示した。
「ヤギ小屋の屋根に登ろう!」
二十人超のアーチャー隊は梯子を使って屋根に登るとみんなうつ伏せになって棟木の陰に隠れた。
放牧地には静けさが訪れ、草原を渡る冷たい風の音だけが耳の中をくすぐっていった。
はるか草原の地平線から小さな黒い頭が見えて、それは次第に大きくなり、併せて無数の小さな粒のような頭が現れた。
サリーは深度2の「イーグルアイ」を発動させ、敵の群れを確認した。
「トロルを確認…大きさはおよそ3m!うわっ…他、ゴブリン多数…およそ三百⁉︎これってコロニー丸ごとでしょ…あ、ゴブリンアーチャーが後方にいるっ‼︎」
3m…かなりでかい!その上ゴブリンが三百って…ケイトが呼応した。
「ゴブリンアーチャーはサリーたちに任せた!私たちはできるだけ引きつけて…まずはゴブリンを殲滅する‼︎魔道士、『念話』でとりま、応援を要請‼︎」
ここは練兵部の拠点からはるか遠い。応援は間に合わないだろう…そもそも、応援要請をしない事を前提に百五十人という規模で来ているのだから。
ゴブリンたちは、片手で馬を引きずっている巨大なトロルを真ん中に置いてゆっくり進んできていた。
ゴブリンたちはまだイェルメイドの存在に気づいてないようで、疑うことなく近づいてきて、ゴブリンアーチャーがサリーたちの射程距離に入った。
「十八歳班、射ち方始めっ!十五歳班は待機して、矢を温存せよっ‼︎」
ジェニは、ケイトとサリーの判断の早さに舌を巻いた。
ケイトは状況を見てすぐに、飛び道具を持つゴブリンアーチャーをこちらに一任した。サリーは敵の数を見てすぐに、矢を温存するために命中率の悪い十五歳班に弓を射たせる事を諦めた。実戦経験を積ませるのも大事だが、そうも言っていられない状況なのだ。
サリーの号令で、アーチャーたちは屋根の上に立ち上がり、ゴブリンアーチャーを狙って矢を放った。
ジェニにとっては久しぶりの遠距離射撃だった。だが、矢は面白いようにゴブリンアーチャーに命中した。
(あれ…?なんか、矢が思ったところへ飛んでいくわ…!)
ジェニはこの一か月、十二歳班で毎日ランニング、田畑の耕作、薪運びなど…ひたすら肉体を酷使してきた。その甲斐あって、体に筋肉がつき足腰はぶれなくなり、腕は弦を引いても震えなくなった。そのおかげで飛躍的に命中精度が上がったのだ。
ジェニとサリーたちがゴブリンアーチャーの大方を片付けた頃、下ではトロルと戦士隊との戦闘も始まった。
塹壕に隠れていた戦士たちは一斉に穴から飛び出し、目の前のゴブリンたちに「ウォークライ」をお見舞いし強烈な斧の一撃を食らわせていった。トロルとは一定の距離を保ち、ひたすらゴブリンを追いかけて打ち殺した。トロルは力はあるが素早くは動けないのでこの方法が使える。逃げ惑うゴブリンたちをジェニとサリーたちも次々と射殺していった。
ダフネも仲間と共にゴブリンたちを処理していた。
ダフネが「鬼殺し」を水平に振り抜くと、ゴブリンの頭が面白いように飛んでいった。仲間の戦士たちも、それぞれ手に持った斧でゴブリンの頭や腹部をかち割っていった。
ゴブリンたちは逃げ出し、ダフネたちが追撃しようとすると雨のような矢が飛んできてゴブリンたちを葬っていった。ダフネがヤギ小屋の屋根を見上げると、ジェニとサリーが親指を立てていた。
百匹程度のゴブリンが討伐された頃、分が悪いと思ったのか残りのゴブリンたちはトロルを残してアーチャーの射程圏外へと逃げていった。
ゴブリンたちが撤退したのを見てとって、盾持ちの「防御型」と「バランス型」はすぐにトロルを包囲し、残りの「攻撃型」はその後ろに待機した。
「バランス型」のケイト自身もトロル包囲に参加しつつ、みんなの指揮を執った。
「対トロル想定訓練を思い出せ!『防御型』前へ‼︎」
厚めのタワーシールドを持った戦士が数枚の盾を隙間なく前に並べ、さらにその背中を数人の戦士が盾で押さえつけて強力に支持した。盾で敵の攻撃をがっちり受け止めて、その反動で敵がのけぞる隙に盾に隠れていた「攻撃型」がスウィッチして攻撃するというのが「対トロル想定訓練」の基本だ。トロルは妖精なので自我が脆弱なため恐怖を感じない。なので、「ウォークライ」は通じない。
トロルが巨大な腕を振りかぶり、大きな拳で「防御型」の盾を真正面から殴った。
ズドォ〜〜ンッ!
そのあまりに重くて強烈な一撃で「防御型」の盾は何人ものイェルメイドを巻き添いにして後ろに吹っ飛んだ。「攻撃型」たちは驚きつつも、すぐにトロルのそばに駆け寄って、その太い腕や腹、足に片手斧を打ち込んだ。しかし、斧の刃は年季の入ったトロルの分厚い皮を断つことはできず、傷をつけるどころか全て弾き返された。
「うはぁっ…なんて硬さだっ!」




