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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百五十章 妖精の能力

二百五十章 妖精の能力


 行方不明になったセシルの一報を、斥候のモリーンが本部になっているエルフの村にもたらした。

 魔道士の師範で、情報を統括しているコーネリアは、行方不明になった当の本人のセシルから「念話」が来ないのを大変危惧していた。

 今回の総指揮を執っている剣士房の師範フレデリカは、すぐにセシルの捜索隊を組織しようとしたが、それを制止したのはエルフの村の代表、ユグリウシアだった。

「フレデリカさん、お待ちください。」

「ユグリウシア様、どうかないさいましたか?」

「この森は普通の森ではありません。焦って捜索隊を出しますと…二次遭難の危険性があります。」

「…え?」

「この森は妖精の森です。妖精に馴染みのない者が無闇に入り込むと、妖精たちが騒ぎます。そうなると、無用な騒動を引き起こす怖れがあるのです。」

「それは…どういうことですか?」

「妖精が森に入り込んだ人間に『好意』を持ってくれれば問題はないのですが、『不快』を感じたら…色々な悪戯いたずらを仕掛けられることがあります。妖精は『命』に関して無頓着です。妖精にとってはちょっとした悪ふざけが、人間にとっては致命的な場合もあります。」

 小さな妖精でもできることはたくさんある。例えば、森で迷っている人間を誘って…危険な場所に連れていくとか…。

「じゃぁ…どうしたら…?」

「まずは、いま現在捜索している人たちを撤収させてください。この森に精通している私の仲間…エルフを捜索に出しましょう。」

「それは助かります!」

 フレデリカは、セシルを捜索しているであろう剣士二十人、アーチャー十一人と観測班のアンネリの撤収を決め、魔道士のコーネリアを通じて指示した。

 ユグリウシアはテーブルでお茶を飲んでいたペーテルギュントに声を掛けた。

「…聞いてましたか?」

「…聞いてましたよ、了解です。このお茶を飲んだら捜索に向かいますよ。」

 エルフの村で、実際に人間と関わっているのはユグリウシアとペーテルギュントだけだった。他にも十数人のエルフが住んでいるものの、人間を嫌って人前には出てこない。ユグリウシアが自分のことを「村のおさ」ではなく「村の代表」と言っているのは、自分よりも高齢のエルフが他にもいるからである。

 ペーテルギュントがお茶を飲み干し腰を上げようとした時、樹の陰に小さな少女の姿を見つけた。

「あ、ユグリウシアさん…俺よりも適任者がいましたよ!」

 ユグリウシアはセイラムを見とめると、満面の笑みでセイラムに駆け寄った。

「ああ、セイラム!ちょうど良かった…頼み事があるんだけど、いいかしら?」

 セイラムが…なんと喋った。

「…頼み事…何かして欲しいの?…いいよ。セイラム…やるよ。」

 突然、宙から声が聞こえてきたので、フレデリカはびっくり仰天した。

「な…何だ、今の声は…どこからっ⁉︎」

「フレデリカさん、ご安心を…妖精の声ですよ。」

「…妖精?それって、ここも危ないってことですか⁉︎」

「いえいえ、セイラムは友好的な妖精ですよ。妖精は『物探し』がとても上手なのです。なので…セイラムに行方不明者を探してもらいましょう。」

 ユグリウシアは「セシル」という人間を探してくれるように言って、テーブルの上の焼き菓子を二個渡した。セイラムは大はしゃぎして、スキップしながら森の中に消えていった。


 セシルは心地の良いシダの布団の上で目を覚ました。

 あの時、セシルは混戦状態となった戦場から脱出しようとして、森の斜面を登った。実戦経験がなく、半ばパニック状態になっていたセシルはひたすら斜面を登って…それから、どこかで足を踏み外しゴロゴロと転がって転落した。それは大きな窪地だったが、セシルは「ああ、死んだかも」と思って、窪地の底で仰向けになったままじっとして動かず、睡眠不足もあって…そのまま寝入ってしまった。

 セシルが目覚めた時にはだいぶ日が低くなっていて、森の中は薄暗がりに包まれていた。

 セシルは魔法の「ライト」を点けようと思ったが、戦闘中の「ライト」は格好の標的になると教わったことを思い出してやめた。

 セシルはすぐにコーネリアに「念話」を送ろうとも思ったが、周りは同じような木ばかりで目立った目印になるような物はなく、自分が今いる場所が皆目見当がつかなかったので、「念話」で助けを求めたとしても無駄になるのではないかと思い、再びパニックに陥った。

(も…もしかしたら、私…助からないかも…ここで死ぬかも…!)

 セシルは顔を両手で覆い、その場にうずくまった。

 すると…どこからか、声が聞こえてきた。

「…こっち…こっちこっち。こっちよ…」

 セシルが顔を上げてみると、小さなホタルのような光が二つ、三つ、セシルの目の前で漂っていた。

「い…今の声は…ホタルさん?」

「…こっち…こっちこっち。こっちよ…」

「エルフの村に連れていってくれるの?」

「…こっち…こっちこっち。こっちよ…」

 セシルは妖精の持つ魔力を光として感知しているだけなので、実際には妖精は光を放っている訳ではない。セシルは薄暗がりの中、よく見えない足下を手探りするようにしてホタルの後を追いかけた。

 しばらく歩いていると、足下のシダや枯葉は次第に減っていき、靴の裏が瓦礫や土くれを感じるようになってきて、セシルがそろそろエルフの村かな?…と、思ったその瞬間…何かが足にしがみついてきて、セシルは心臓が止まりそうになるほど驚いた。

「うぎゃ…ゴブリン…⁉︎」

 …よく見ると、それは小さな小さな少女…の姿をしたモヤッとした物体だった。

「そっちだめ。そっち、崖…断崖絶壁…落ちる…死ぬ。」

「えええぇ〜〜…⁉︎」

 セシルの顔に身を切るような冷たい風が吹きつけた。険しい渓谷から駆け登ってくる「吹き上げの風」だ。

 小さなモヤッとした少女はなおも喋りかけてきた。

「…セシル…かな?…かな?」

「う…うん。私はセシルよ…」

「…ユグリウシア、探してる。セイラム、見つける。…こっち…村。」

 自分の名前とユグリウシアという名前が出たからには、こっちが正解だと確信したセシルは、回れ右をしてその少女に着いて行った。

 セシルはエルフの村に帰ってきた。

「おおお、セシルが戻って来た…戻ってきたぞっ!」

 みんなが駆けつけてきて、セシルの無事を喜んでくれた。だが、コーネリアだけは違った。

「…あんたって人はぁ…魔法と計算は一流なのに、どこか抜けてるっていうか、頭のネジが一本緩いっていうかぁ〜〜…。」

「あうっ…すみません。」

 セシルはコーネリアからみっちり叱られた。

 ユグリウシアはセイラムの頭を撫でて、焼き菓子をさらに二個与えた。

「ありがとう、セイラム。あなたは本当に良い子ねぇ…。」

 セイラムはニコニコして、その場でくるくると回った。

 それを見ていたセシルは、セイラムに近づいていき腰帯から銀貨を一枚出して…こう言った。

「あなた、セイラムちゃんて言うのね。助けてくれてありがとう、セイラムちゃんは私の命の恩人だわ…今、これしかないけど、お礼にあげる!」

 セシルはピカピカの銀貨をセイラムに手渡した。するとセイラムは狂喜して、キャッキャと叫んで小躍りした。ちょっと驚いたセシルはユグリウシアを見た。

「妖精も…ゴブリンやオークと同じように、キラキラ光る物が大好きなんですよ。」

 なるほど…セイラムは銀貨を持って斜めに傾けたりひっくり返したりして、光の反射にうっとりしていた。

 すると、余程嬉しかったのか…気を良くしたセイラムがポツリと言った。

「あのね…トロル…お馬さん…ヤギさん…ワンちゃん、食べちゃうよ。」

 それを聞いたフレデリカは見えないセシルを探しながら叫んだ。

「馬?ヤギ?犬?…見たのか…それはどこ⁉︎」

 ユグリウシアはフレデリカに落ち着くように諭した。

「これは…多分、今現在の事を言っているのではありません…。」

「む…どういうこと?」

「セイラムは漠然と…近い将来に起こるであろう事を言っているのです。」

「それって…?」

「妖精は稀に…未来を予知する事があります。」

「…予知能力⁉︎」

「セイラムの場合は幅があって…六時間後の時もありますし、十日後の時もあります…。」

「十日後…うう〜〜ん、そうですか…で、その予知は当たる?」

「…当たります。」

 予知能力を持つ妖精としては「バンシー」が有名である。バンシーは自分が守護する家の者の死を予知すると、嘆き悲しんで大声で泣き叫び一族に知らしめると言う。また、火属性の妖精の中には、火災事故を予知して、火だるまの自分の姿を見せて町中を走り回ったり屋根の上で騒いだりする者もいる。

 フレデリカは考えた。馬はイェルマのどこでも飼育されている。しかし、ヤギや犬が飼育されている場所は二箇所だけで…「北の五段目」の西と東のヤギの放牧場だけだ。すぐに派兵せねば…と思った。


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