二百四十九章 妖精の棲む森
二百四十九章 妖精の棲む森
ジェニたちがエルフの村に駐留して二日経ったが、ゴブリン発見の報告はなかった。
その間にユグリウシアと仲良くなったジェニはサリーと一緒に切り株のテーブルに座って、ユグリウシアと話をしていた。
ユグリウシアは数匹のフェアリーを指差しながら喋っていた。
「この辺りは太古の原生林なので、妖精がたくさん棲んでいます。中には、このエルフの村を気に入って、こうして集まってくるフェアリーもいますねぇ。…この子はチャム、そしてララ、レン、クロム、フラゥ…」
ジェニは自分に寄ってくるフェアリーを指であやしながら言った。
「フェアリーって、人間にも寄ってくるんですねぇ。でも、何でだろう…私には近づいてくるのに、サリーには全く近づいていきませんねぇ…。」
フェアリーが見えないサリーは会話に参加せずに、ユグリウシアが用意してくれたハーブティーをポットからひたすらおかわりして飲んでいた。
「ジェニさんはフェアリーが見えてるから、フェアリーたちの動きに反応しているでしょう?フェアリーは遊んでくれる人、構ってくれる人、気遣ってくれる人に寄っていくんですよ。フェアリーにもちゃんと知能があって、自分に反応してくれない人は、『ああ、自分のこと無視してるな』って思っちゃうんですよね。だから、構ってくれないサリーはフェアリーたちに無視されてるんですよ。」
「あははは、サリー、あなた無視されてるらしいわよ。」
「だって、見えないものは見えないんだから、仕方ないでしょ!」
すると、ユグリウシアは何かの気配を感じたのか…後ろを振り向いて言った。
「おや、セイラム…あなたも来たのね?こちらにいらっしゃい。」
「…?」
ジェニはユグリウシアの視線の方向を追った。そこには…木の陰から顔だけを覗かせている小さな…とても小さな女の子がいた。身長は人間の膝の高さぐらいか?
セイラムははにかみながら、こちらの様子を伺っているようだ。
「突然人が増えたから、少し怖がってますね。」
「あの子も…フェアリー?フェアリーにしては…大きいですね。」
「セイラムぐらいになると…『ブラウニー』もしくは『ニンフ』でしょうか?セイラムはとても人懐っこくて、よく蜂蜜をあげていました…そのせいか、初めは他のフェアリーと同じくらいだったのですが…変質を繰り返して、大きく育ってしまいましたねぇ。それでもここまで育つのに、数十年かかってますよ。」
ユグリウシアが手招きすると、セイラムはジェニをチラチラ見ながらユグリウシアに近づいていき…握っていたドングリをユグリウシアに手渡した。
「あらあら、綺麗なドングリ…この時期に見つけるのは大変だったでしょう?セイラム、ありがとね…」
そう言って、ユグリウシアはテーブルの上の焼き菓子をひとつ取って、セイラムに渡すと…セイラムはニコッと笑って、森に中に消えていった。
サリーが叫んだ。
「あ…今の、ギリ見えましたっ!何か…ぼやぁ〜〜っとした物が歩いてきましたよねっ⁉︎」
ユグリウシアが言った。
「ふふふ…体の中に取り込んだ蜂蜜やらお菓子やらが、外から見えるのでしょうね。」
要するに、体内の有機物の密度が高くなると、妖精とはいえ、さすがに人間にも見えるようになるのだ。これがトロルクラスになると、分類は「妖精」であってもその構成はほとんどが肉の塊なので…容易に視認することができる。
定点観測部隊は一日交代で、二十四時間ゴブリンの動静を見張っていた。
アンネリたちは昨日一日休んで、再び同じ場所でゴブリンの定点観測を続けていた。
アンネリは眠そうな顔をしているセシルに声を掛けた。
「あんた、眠そうだね。…寝てないのか?」
「うう〜ん…昨日、エルフの村でちゃんとお床に入ったんだけど…ホタルがいっぱいやって来て、顔のまわりを突っつくのよ。それで…」
「まぁ、どうでもいいけど…いざという時はちゃんと動いてよ。」
「了解です!」
すると…アンネリの頭上から鳥の囀り声が聞こえてきた。
アンネリが木の上に潜んでいるモリーンに目をやると、モリーンは手信号を送ってきた。
(…多数…こちらに来てる…200m)
ついに来たか!アンネリは「ウルフノーズ」を発動させ、クンクンと臭いを嗅いだ。
「…これがゴブリンの臭いか、よし、覚えたぞ!」
アンネリはセシルの肩をポンポンと叩いて、すぐに身の回りの物をまとめて背中に担いだ。
セシルはすぐに本隊がいるエルフの村に「念話」を送った。
モリーンは樹から降りてきて持参していた弓に矢をつがえた。そして三人は少しずつ少しずつ、エルフの村の方向に後退した。
アンネリたちの任務は、ゴブリンを発見したら交戦はできる限り避けつつ、本隊の到着を待って合流し、本隊により詳細な情報を伝えることだ。
モリーンが叫んだ。
「ヤバいわ…ゴブリンたち、速度を上げたわっ!」
「あう…あたしたちに気づいたか…臭いか⁉︎」
アンネリはぐずぐずしているセシルの袖を引っ張って走った。魔道士のセシルは二人ほど機敏に動くことができなかった。モリーンは殿でゴブリンの動きを観察していた。
「うわっ、思ったより多いわ…三十匹近くいるんじゃない⁉︎」
エルフの村では、セシルの「念話」を受けた魔道士房師範のコーネリアが本隊の出撃を命じた。剣士職のイェルメイドたちはすぐに二十名を編成し、出撃の準備をした。
射手房師範のアルテミスは叫んだ。
「十五歳班、集合っ!」
ジェニを含めた十五歳班が集まってきた。
「剣士の援護をせよっ!…ジェニ、お前はオークと戦ったことがあるな⁉︎」
ジェニは名指しされてドキリとした。
「は…はい。」
「よし、十五歳班の指揮を執れ。準備ができ次第、出発せよっ!」
(えええ…⁉︎)
突然の指揮官任命にジェニは驚いた…自分に指揮官ができるのだろうか⁉︎サリーが笑顔でジェニに声を掛けてきた。
「ジェニさん、ほらほら、肩の力を抜いて…今まで経験してきたことを思い出してっ!頑張ってっ‼︎」
「…うん。」
十五歳班は弓の訓練を始めたばかりの若いイェルメイドで構成されていて、もちろん実戦経験は皆無だ。実戦経験があるのはジェニだけだった。
今回はトロルがいないということもあって、アルテミスは十五歳班に実戦の経験を積ませようと思ったのだ。
アンネリ、セシル、モリーンが急いで後退していくと、その方向から本隊…剣士職のイェルメイド二十人とアーチャー十一人が駆けつけてきた。
ジェニは繰り返し繰り返し、自分に言い聞かせた。
(ヒラリーさんがやってた事を思い出せ…サリーがやってた事を思い出せ…全体のことを考えて、この状況でアーチャーはどう動くべきか…何を射つべきかを考えるのよ!)
そして…ジェニは叫んだ。
「十五歳班、速度を緩めてっ!…このまま突入したら私たちも近接戦闘に巻き込まれてしまうわ…」
アーチャー隊は移動速度を落として、先行する剣士隊と距離を取った。
アンネリたちと剣士たちがすれ違った瞬間、剣士たちはゴブリンと交戦状態に突入した。
イェルメイドたちはゴブリンの棍棒の攻撃を盾で受け、ショートソードで斬りつけた。混戦状態になった。
その様子を後方で見ていた十五歳班の若いイェルメイドたちは弓に矢をつがえたまま固まっていた。初めての実戦…みんなの弓の弦はプルプルと小刻みに震えていた。
「今は射っちゃダメよ…仲間を巻き添いにしちゃう。」
ジェニは誤射を警戒して、十五歳班の前に立ちはだかり両手を横に伸ばした。
時間はかかったが、剣士隊はゴブリンの半数以上を屠り…残ったゴブリンたちは逃げ出した。
「十五歳班、前進してゴブリンを追撃ぃ〜〜っ!」
ジェニの言葉に十五歳班は前進し、剣士たちを追い抜いてそれから一斉に定点射撃を行った。ジェニも逃げていくゴブリンに向けて「クィックショット」を連射した。その結果、五匹のゴブリンを仕留めることができた。
アンネリとモリーンはみんなと合流して健闘を讃え合った。
「…助かったぁ、ナイスタイミング!やぁ、ジェニ、ナイスアシスト!」
剣士たちは擦り傷だけで、死傷者はいなかった。が…
モリーンが…気がついて言った。
「あれ…セシルは?」




