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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百四十七章 冬の準備

二百四十七章 冬の準備


 刺客の襲撃…レヴィストールの死…ポットピットとティモシーの決闘、あれから一週間が経過して、リーン族長区は元の静けさを取り戻しつつあった。

 リーンでも雪が降って、住民たちの越冬の支度を加速させた。

 朝、兵站担当のベクメルがリーン会堂にやって来て、執務をしているヴィオレッタに質問をした。

「北の放牧地のヤクですが、今年は九頭だそうです。…足りますかね?」

 ヴィオレッタはベクメルの言っている意味が全く判らなかった。

「…へ?」

 エヴェレットが補足してくれた。

「この時期になると、冬に備えて家畜のヤクを殺して干し肉や燻製肉を作ります。歳をとったものや、体が弱くて冬を越せそうにないものが九頭いるので、それを処分しますが、それでひと冬越せるでしょうか…?」

「ああ、そういうことですか…タンパク質の摂取という観点なら、秋に獲れた鮭の燻製肉と、ドルインの生簀もありますし…大丈夫じゃないですか?」

 ベクメルは続けた。

「それから、穀物ですが…例年と比べると足りない気がします…。」

「炭水化物かぁ…うぅ〜〜ん、それは困った…。」

 そんな最中、マットガイストの族長ザクレンが数台の荷車を引いてリーンの「セコイアの懐」の村を訪れた。

 わざわざ来るとは律儀な奴…と思いつつ、ヴィオレッタはザクレンたちを出迎えた。

「いやあぁ〜〜、セレスティシア。災難だったなぁ〜〜っ!話は聞いたぞ、無事で何よりだっ‼︎」

「ザクレンさん、いらっしゃい。…おや、あの荷車は?」

「ん…まぁ、何だ。見舞いの品っていうか、差し入れっていうか…な。そっちも犠牲者が出たんだろう?」

「…ですね。で、何を持って来ていただいたんでしょう?」

「ええと…ライ麦が1トンとひよこ豆が1トン…かな。」

「えっ!…それってリーンで買い上げようかと、マッドガイストに打診しようと思っていたところですよ…!」

「わははは、そりゃちょうど良かったな。ただでくれてやるよ、持ってけ持ってけ。…それとだな、途中ドルインに立ち寄って、こいつも連れて来てやったぜ。」

 荷車の後ろから、ひとりの男がザクレンの親衛隊に引っ張り出された。スパイ周旋人のガンスだった。ガンスはエビータに拘束された後、一時的にドルインの教会堂に監禁されていたのだった。

「これは、重ねがさね…スクルさん、タイレルさん、ガンスをどこかに監禁しておいてください。後で聞きたいことがあります。」

 スクルとタイレルがやって来て、ガンスをどこかに連れていった。

「まぁまぁ、立ち話もなんですから、どうぞ、リーン会堂へ。」

 ヴィオレッタはザクレンとその親衛隊をリーン会堂に招き入れ、お茶を振る舞った。

 ヴィオレッタには、遠路はるばるマットガイストからやって来たザクレンの思惑は大方分かっていた。

 ヴィオレッタは何食わぬ顔で、お茶を啜りながら言った。

「…残念ですねぇ。ガンスはもう少し泳がせておきたかったわ。これで、ラクスマンから食糧やお金を掠め取る計画も全てオジャンだわ。」

「…ん…そ、そうだな。ガンスが行方不明となれば…ラクスマンもさすがに気がつくだろうな…。」

「それというのも…誰かさんが入植者に噛み付いたせいですかね…そのせいでピートとかいう闇取引の窓口の人も死んだんでしょう?」

「むむむ…面目ない…。だからさ…こうやってリーンくんだりまで手土産持ってやって来たんじゃないか…。」

「あれだけ釘を刺したのに…まぁ、いいでしょう。ザクレンさん、どうぞ、お茶を飲んでくださいな。あ、お酒の方が良いですかね?」

 ヴィオレッタは必要以上に追求はしなかった。ザクレンをあまり追い詰めると意固地になるおそれがあるからだ。これで少しでも恩を感じてくれればそれで良しとした。

 ヴィオレッタは本当のところはザクレンに感謝していた。ザクレンが短慮を起こして刺客たちを襲おうが襲うまいが、ヴィオレッタが襲撃されるという結果は同じだったのである。それでも、親衛隊を犠牲にしてまで刺客のひとりを討ち取ってくれたのは大変ありがたかった。たった五人だけでも、あれだけの騒ぎを起こしたのだから…。


 簡単な朝食を済ませたシーラは、家のそばで父親ガレルと斥候の修行をしていた。

「いいか、シーラ。斥候に必要なのは素早さと反射神経、そして的確な状況判断だ。…俺が左手に持っているこれがわかるか?」

 ガレルは左手に握った物をシーラに見せた。

「お父ちゃん…それは…今朝、産まれたばっかりの…卵…だね!」

「今からこれを空に放り投げる…シーラは卵が割れないようにしっかり受け止めるのだ。」

「…あいっ!」

「いいか、受け止め損なって地面に落としても、強く握って潰してしまっても…もったいないだろう?」

「もったいないっ!」

「じゃぁ、死に物狂いでこの卵を受け止めるんだ。」

「…あいっ!」

 ガレルは卵を、まずは軽く放り投げた。シーラはバタバタと走って卵を追いかけた。ガレルは思った…あ、これは追いつけない、卵が落ちるっ!

 するとシーラはスカートを両手で捲って、地面ギリギリで卵をスカートで包んで受け止めた。卵は割れていなかった。

(…今のは反則だろ…しかし、咄嗟の判断としては悪くない。もしかしたら、俺の娘は大化けするかもしれん!)

 ガレルは大いにやる気になった。

「よし、シーラ、次行くぞっ!」

 その時、仲良しのクロエが家にやって来た。

「シーラァ〜〜ッ、蹴鞠、行くよぉ〜〜っ!」

「あっ…クロエが来たぁ〜〜っ!行って来るぅ〜〜っ‼︎」

「お…おおっ⁉︎…シーラ?」

 シーラはクロエと共に「セコイアの懐」の村の広場へ向かって走り去った。残されたガレルは思った。…もう少し時を待つ必要があるな。


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