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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百四十二章 ジェニと雪

二百四十二章 ジェニと雪


 あれから一週間ほど経った。

 ジェニたち十二歳班はあちこちの田んぼや畑で収穫の手伝いをしていた。

 今日は朝から、空はどんよりと曇っていて空気は冷たかった。ジェニたちは収穫した後の畑に来ていた。他にもたくさんの練兵部のイェルメイドが手伝いに参加していて、荷車に積んできた精米した後の籾殻もみがらや森の腐葉土、放牧場から回収した堆肥を三輪車で畑に巻き、それを鍬ですき込んでいた。

 ジェニたちも、鍬を持って一生懸命すき込みをしていた。

 クレアがジェニに話し掛けた。

「姉さん、姉さん、最近ワンコを全然見ないですねぇ。」

「そうねぇ…。白黒の犬と一緒に行った切り、戻ってこないわねぇ。」

「白黒の犬と所帯を持っちゃって、『北の五段目』の放牧地に落ち着いちゃったのかなぁ?…あ、姉さん、そこもっと深く掘って。」

 ジェニが自分の年齢をカミングアウトして以来、十二歳班の少女たちはジェニのことを「姉さん」とか「お姉ちゃん」と呼んでいる。

 畑の手伝いを早めに切り上げて、十二歳班は「北の五段目」から「北の三段目」の湯殿を目指して走り降りていった。

 すると、クレアが空を見上げながら言った。

「あ…雪だ。雪が降ってきた。」

「え…。寒いと思ったら…。」

 ジェニは走りながら、宙を舞う雪を手のひらで捕まえようとした。

「イェルマは積もるよぉ〜〜。…うきゃきゃっ!」

 クレアたちは湯殿に到着すると、裏に回ってすぐに火を起こし薪を燃やした。ある程度お湯が沸くと…

「他の人が来る前に、ターニャ、六人連れて、先に入っちゃって!」

 クレアの指示で、ターニャは十歳から十一歳の女の子を連れて湯殿に入っていった。ターニャたちが湯殿から出てくると、入れ替わりでジェニやクレアたちが湯殿に入っていった。

 みんなは裸になって洗いっこをした。ジェニは小さな女の子の体を手際よく洗い流していった。十歳のナフタリはジェニに体を洗ってもらいながらニコニコしていた。

 クレアが言った。

「姉さん、お背中お流しします!」

「あ…ありがとう。」

 クレアはジェニの背中を手拭いで擦りながら、チラッチラッとジェニの下半身を覗き込んで、自分の下半身と比べていた。

(…あんなになるには、あと十年ぐらいかかるのかぁ…。)

 湯殿で畑の泥を洗い流すと、火の番を剣士房のグループに任せて十二歳班は食堂に駆け込んだ。そして、夕食を済ませると、集団寮に戻った。

 すると、集団寮の入り口に何か貼り紙がしてあり、その貼り紙の下には台が置いてあって、その上にたくさんの羊皮紙とペンが載せられていた。

 ジェニがクレアに尋ねた。

「これ、何?」

「な…何でもないよぉ〜〜…。」

「備品を確認して不足分を申告せよ…って、書いてあるよ?」

 クレアは顔をしかめてみんなに言った。

「みんなぁ〜〜、欲しい服とか靴とか無いよね?無いよね?…はい、おしまいっ!」

「寒くなってきたから、ふかふかの外套が欲しい。」

「新しい下着が欲しいでぇ〜〜す。」

「もう靴がボロボロですぅ〜〜。」

 十二歳班の数人から口々に文句が出た。

 ジェニは不思議に思って、クレアを問いただした。

「クレア、どうしたの、班長さんでしょ?ちゃんとみんなの要望を聞いて申告しないと…。」

「ううぅ〜〜ん…。」

 すると、ターニャが言った。

「あのねぇ、クレアは読み書きが苦手なんだよぉ〜〜。学舎じゃいつもビリでねぇ…『シンコク』はやったことがないの。」

 あ、それでか…ジェニはクレアの頭を強めに撫でながら、羊皮紙とペンを持って来て言った。

「みんな、欲しい物があったら私のところに言ってきて、要望をまとめるから。品物とサイズをお願いね。」

「はぁ〜〜い、暖かい外套が欲しい。」

「サイズはSでいいわね。」

「あたし、靴。」

「23cmぐらいかなぁ。」

「下着、下着。あとね、新しい長袖の上着も欲しい。」

「はいはい。…ええと、小さい子は分からないかもねぇ…」

 ジェニは十歳の子たちの服装を丹念に調べ、綻びのある上着や、汚れの酷い下着、底の取れそうな靴などを見つけて羊皮紙に書き込んだ。

 備品の補充はいつでもできるが、夏の前と冬の前は衣替えの時期なので、効率を考えて個人の要望を一括して書面にして出す。だが、文字が書けないクレアにとってこれだけが悩みの種だった。

 クレアはジェニに寄り添った。

「ジェニ姉さぁ〜ん…。」

「今度、文字を教えてあげるから、頑張ってお勉強しましょうね?」

「ううう…うん。」


 ペールギュントは大樹の枝から枝に飛び移りながら、森の巡回警備をしていた。すると…

「お、雪だ。今年はちょっと遅めか…。」

 ぱらぱらと落ちてくる雪を手のひらで受け止めて、消えていくのを見ながらペールギュントは上着のシャツのボタンを留めた。

 その時、ペールギュントはかすかに動物の断末魔を聞いたような気がして、枝を伝ってどんどん北の森の中腹に向かって移動した。すると…イノシシを投げ槍で仕留めて小躍りしているゴブリンを見つけた。

 ゴブリンは仕留めたイノシシを引き摺っていって仲間と合流した。十数匹のゴブリンの中に一匹だけ巨大なものがいた。ゴブリンたちはイノシシの喉を黒曜石のナイフで掻き切ると、巨大なものがイノシシを片手で持ち上げ、滴り落ちるイノシシの血を口で受けてゴクゴクと飲んでいた。

(…やっぱり今年も来たか。しかし…こんなに大きなトロルを連れてくるとは…まずいな。)

 ゴブリンの中の巨大な一匹は…トロルだった。


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