二十四章 セドリック
二十四章 セドリック
ティアーク王国随一の紡績機織り工場、それはティアーク城下町の東門のそばにあった。工場といっても、当然マニファクチュアである。八十台の紡ぎ車とはた織り機がある広い部屋で百人以上の女工達が忙しそうに働いていた。
事務室では、原料の羊毛や木綿を検査する者、出来上がった糸や布を検品する者など十人ぐらいが働いていた。
事務室の奥には大きなテーブルが置いてあって、帳簿を前にして二人の若い男が話し合いをしていた。
「ケントさん、どうでした?」
「いやぁ、ダメでした…なかなか首を縦に振りませんね。あっちも商人ですからねぇ…こちらの意図に勘づいてますね。」
「そうか、何とかつがいの蚕蛾を手に入れられないかなぁ。東からのシルクの供給に頼らずにティアークでも養蚕ができたら…と思ったんだけど…。」
「アイディアは良いと思います、セドリックさん。気長に準備しましょう。それから、また布地に税金がかかるそうですよ…。」
「またかぁ…無駄だとは思うけど、お父…いや、伯爵様に陳情してみます。」
「貴族は税金分をそのまま売価に転嫁すればいいと思ってますけど、そんなに単純じゃない…売り上げも減るし、市場も混乱するってことが分かってない。そのくせノルマは容赦ない…」
事務室に男が飛び込んできた。ロットマイヤーの召使いだった。
「セドリック様、大変です!伯爵様がお怪我をなさいました!」
「えっ⁉︎容体は?どうしてまた?」
「盗賊が押し入ったとか…でも、命に別状はないとのことです!」
「今は本宅?それとも別宅?」
「…本宅です。」
「…。」
見舞いに行かねばと思ったが…セドリックは本宅には足を踏み入れることはできなかった。
セドリックは久しぶりに実家に戻ることにした。馬車で工場から出ると、城下町の中心近くまで行き、近くの宿屋で馬車を預けた。宿屋でロットマイヤー伯爵の別宅が盗賊に襲われて、憲兵が城下町じゅうを走り回っていると、ホールでビールを飲んでいる客から話を聞いた。
店じまいをしようとしている露店に寄り、売れ残りのポップコーンを全て買い上げて麻袋に詰めた。それからしばらく歩いた。
セドリックは実家の戸口から中に入った。
「あ、セディ。セディが帰って来たぁ〜〜〜っ!」
「セディ、お帰りぃ〜〜!」
「セディぃ、セディぃ、セディぃ〜〜〜‼︎」
ジョフリーはオリヴィアの膝の上を飛び降りて、セドリックの足に抱きついた。
「おみやげ、おみやげ、おみやげぇ〜〜!」
「あるよ。はい、これ。」
ジョフリーは麻袋を受け取ると中身をテーブルの上にぶちまけた。他の子供達もテーブルの上のポップコーンに群がった。
セドリックが部屋を見回すと…オリヴィアと目が合った!
「えええっ!…オリヴィアさん、どうしてここに⁉︎」
「セドリックゥゥ〜〜〜〜っ‼︎」
お皿を洗っていたグレイスが奥から出てきた。
「セディ、お帰りぃ〜。今回は急ね、どうしたの?」
「仕事が早めに終わったからね、何となく…。」
「今日は泊まっていく?」
「そのつもり…それより、何でここにオリヴィアさんが??」
「え…知り合い?」
オリヴィアがさっとセドリックの横に並んで深々とお辞儀をした。
「初めまして、お母様!自己紹介が遅れました、オリヴィアと申します、十八歳です!息子さんとは懇意にさせていただいてます!この出遭いは運命です‼︎」
「…?」
アンネリは半分パニックに陥っていた。この場合、セドリックは敵なのか、味方なのか?この状況をどう説明したら?ロットマイヤーの屋敷から逃げてきたことを喋って大丈夫だろうか⁉︎
「あのねセドリック、お父さんの屋敷から出てきちゃった。お父さんには悪いことしちゃったかもぉ〜〜。わたしが見たときは階段から勝手に落ちて失神してたけど…お変わり…ない?」
おおぉ〜〜い!アンネリは両手で顔を覆った。
「お父さん?失神?伯爵様に何かあったの?」
グレイスは顔を曇らせて、セドリック、オリヴィア、アンネリの顔を順番に睨みつけていった。説明を求めている顔だ。
グレイスは子供達をそれぞれの部屋に帰した。そして、三人の話を聞いた。
アンネリは事の経緯をかいつまんで話した。伯爵がオリヴィアを愛人にするために別宅に招き入れたこと、自分がオリヴィアを逃がすために屋敷に潜伏していたこと、伯爵の召使達と乱闘になったが冒険者だったのでなんとか屋敷から脱出できたこと…勿論、私兵を皆殺しにしたことは伏せた。
「ロットマイヤーさん、わたしを公爵に献上するって言ってたような…?」
オリヴィアの言葉にグレイスは酷く嫌悪感を示した。
「公爵様の腰巾着だからねぇ…伯爵様は今も昔も変わってないということね。」
愛人として子供までもうけた割にはあっさりとした感想だなとアンネリは思った。
「あたし達を伯爵に売らないのですか?」
「何で?あなた達、何か悪いことをしたの?」
「あたし達は悪くないです、絶対に。」
「なら堂々としてなさいな。女に傷を負わせるなんて最低…。ねぇ、オリヴィアさん。」
「はい、お母様!」
オリヴィアは濡れた布巾でせっせとテーブルを拭いていた。女子力アピールをしているのに違いない。オリヴィアは可愛く笑って言った。
「こんな傷、大したことないですぅ。全然お父さんを恨んでなんかいませんよぉ〜〜。」
(そりゃぁ、代わりに相手の私兵を十人ぶっ殺したもんな!)
「まぁ、オリヴィアさん、良い人ねぇ。」
「うふふふふ…。」
オリヴィアは調子にのって、あからさまにグレイスの肩を揉み始めた。しかし、グレイスは…!
「あああぁ〜〜ん、気持ちいい…」
アンネリははっとした!この人、オリヴィアと同種の人間だっ‼︎
「セディ、あなたはどうするつもり?」
「別にどうもしません。今まで通りです。今まで通り、伯爵の工場にかよって働くだけです。大丈夫です、お母さん。ちゃんと割り切ってますよ。」
「そうね、それでいいわ。」
「割り切るって…?」
アンネリが尋ねた。
「伯爵は僕に割りの良い仕事をくれるだけの人だと思っています。お母さんを捨てた人だけど、仕事を恵んでくれるんだったら貰ったらいいと思います。」
「セドリックは伯爵が好きなの、嫌いなの?」
「んん〜〜〜…そういう事じゃないです。好きも嫌いもないんです。僕は十歳までここで育ちましたから、最初から父親はいないものだと思ってました。実際、ここには片親の子供ばっかりでしたからね。」
「ふふふ…最初に私が伯爵に、お前のガキだから工場で雇え!…って脅しを入れたのよ。まぁ、ここまで出世するとは思わなかった。さすが私の子!」
(強い母親だ、たくましい!)
「お母様って、強くて賢い方ね。」
オリヴィアとグレイスは一緒になって笑った。
「人生はギャンブルみたいなものよ。相手が貴族だろうが王様だろうが、ベットする前から負けてちゃダメよ!一度きりの大博打、勝ったら大笑い、負けたら死ぬだけ…でも、やっぱり死ぬのは嫌だから、いざとなったら…イェルマにでも逃げ込もうかな、都市伝説だけどナッ!」
「お待ちしてますわぁぁ〜〜、お母様!」
「ふふふふ…ん?」
アンネリは念を押した。
「じゃあ…あたし達、かくまってもらえるってこと…ですかね?」
「かくまわないわよ。」
「⁉︎」
「好きなだけここにいて構わないわ。セディのお友達みたいだから、二食つけましょう。私が言いたいのは、売りはしないけどかくまいもしない…もし憲兵が来たら命脈が尽きたと思って諦めてねってこと。」
「ああ、それでいいです!それで…ひとつお願いがあります。至急、仲間と連絡を取りたいんですけど…」
「しないわよ。」
「‼︎」
(…分からん!この女、分からん‼︎)
「あくまでセディと私は中立の立場よ。伯爵に肩入れしないけれど、あなた達にも肩入れはしない。わかる?だから何もしない、…何かして欲しいのであれば…それに見合うだけの代償が必要よね。」
「は…?」
(要するに…お金?お金ってことか⁉)
アンネリは腰のポーチから銀の針を取り出した。グレイスはそれを受け取ってじーっと目を凝らした。
「プラチナ?」
「…銀です。」
「う〜〜ん…」
それを見たオリヴィアが腰帯の後ろをゴソゴソとまさぐって…
「はい、こっちのが大きいですよぉ~~っ!」
二本目の銀のスプーンを得意げに出して見せた。アンネリは激怒した!
「オォ〜リィ〜ビィ〜アァ〜〜…!」
「これ最後、最後の一本…ホントよ?怒っちゃイヤ、アンネリ!」




