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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百三十六章 ベレッタたちの帰還

二百三十六章 ベレッタたちの帰還


 お昼頃、二十騎の騎馬と二台の馬車を従えて、ベレッタとルカがコッペリ村に帰ってきた。

 ベレッタたちはまず、キャシィズカフェに立ち寄った。キャシィズカフェでは三人のイェルメイドが屋外のテーブルでハーブティーを啜り、ひとりがサムズバーバーで髪の毛をカットしてもらっていた。

 突然駆け込んできた馬上のベレッタとルカに、イェルメイドたちは飛び上がるほどに驚き、そのせいでサムはお客さんの髪の毛をひと房ザックリと切り落としてしまった。

 ベレッタが大声で叫んだ。

「おぉ〜〜い、キャシィ…客を連れてきたぞぉ〜〜っ!」

 そう言い放つと、ベレッタとルカはキャシィの顔も見ずに踵を返して、二十騎と一台の馬車を連れてイェルマの方向に走り去っていった。

 キャシィが店頭に顔を出すと、一台の馬車がゆっくりと近づいてきて、店の前で停止した。

「いらっしゃいませぇ〜〜っ!ハーブティーセットですかぁ〜〜っ?」

 キャシィの元気の良い挨拶に…御者台のハインツは答えなかった。代わりに、隣に座っていた「鳩屋」のクラインが言った。

「こちらはユーレンベルグ男爵のお店でよろしかったでしょうか?」

 キャシィは看板のユーレンベルグ家の紋章を指差しながら言った。

「ユーレンベルグさんのお店ではなく!…ユーレンベルグさんとの業務提携店ですっ、私の店ですっ‼︎」

 実際には…セドリックの店である。

「…そうですか。こちらはハインツ=ユーレンベルグ様…男爵様の御次男です。今回、男爵様に代わってハインツ様がコッペリ村方面のワインの管理をすることになりました。男爵様のお部屋をハインツ様に譲渡していただくようにとのことです。詳しくは…こちらに男爵様の手紙を持参しております。」

 キャシィはクラインから手紙を受け取ると、その場で封を切ってサッと読んだ。

「ふんふん…わっかりましたぁっ!…で、あなたは?」

「ユーレンベルグ男爵様の資金提供で、今度コッペリ村に『鳩屋』の支店を出すことになりました。責任者のクラインと申します。どうぞ、よしなに。」

「おおっ、『鳩屋』さんですかぁ〜〜。この村も便利になりますねぇ、ありがたい、ありがたい!」

 クラインは馬車から一羽の鳩が入った鳥籠を取り出して、キャシィに渡した。

「男爵様からです。放すとティアーク城下町に飛んでいきますよ。」

「これはこれは、微に入り細に入り…。」

 クラインはキャシィに教えてもらった宿屋へと馬車を曳いて去っていった。

 キャシィはハインツの小さなバッグを持って、ハインツをユーレンベルグ男爵が使っていた部屋に案内した。

「ハインツさん、こちらにどうぞぉ〜〜。」

 ハインツは無表情で右手を少し上げただけだった。

(むむむむむ?…なんだなんだぁ、無愛想だなぁ〜〜。これが噂に聞く「お貴族さま」かぁ〜〜?)

 見知らぬ青年と一緒に二階に上がっていくキャシィを、仕込み中のグレイスが呼び止めた。

「あら、キャシィ。その人、誰?」

「ユーレンベルグさん。」

「…へ?…若返ったのかしら。」

 二人はキャシィズカフェの二階に登ってきた。男爵の部屋は三階にある。

バタンッ…

 突然、二階の突き当たりの部屋の扉が開いて…皮鎧を肩に担いで、シャツから両乳を露わにしたオリヴィアが血相を変えて飛び出してきた。

「ありゃ、オリヴィア姉ぇ…今日はゆっくりだったねぇ。もう、一時を回ってるよぉ〜〜。」

「マズい、マズい、マズい、マズい、マズい、マズい、マズい…!」

 オリヴィアは凄い勢いで階段を降りていった。

 さすがに驚いたのか、ハインツは目を丸くして一階に降りていくオリヴィアの背中を見送った。

「…何だ、あれは…。」

「ああ、気にしないで。発情してるだけだから。」

「は…は…発情⁉︎」

「ユーレンベルグさんのお部屋は三階ですよぉ〜〜。」

 キャシィはハインツを三階へと案内していった。


 ベレッタとルカは、まずは「北の一段目」の槍手房の房主カレンに帰還の挨拶をして、その後同じ一段目にある「練兵部管理事務所」…には行かず、すぐに「北の四段目」の魔道士房へと向かった。そこで副師範のマリアと会うと…やれやれといった顔で再び槍手房に戻ってきた。

「くっそ…マリアめ、ふんだくりやがってぇ…」

 今回の護衛の仕事で、最初の約束の金貨14枚に復路でのハインツと「鳩屋」の馬車の護衛の金貨5枚…計金貨19枚を得た。半分の金貨9枚と銀貨50枚はイェルマの国庫に納められるが、残りは警護をした者の取り分となる。

 金貨9枚と銀貨50枚を警護にあたった槍手房の二十二人で頭割りすると、ひとりあたり銀貨43枚と銅貨18枚だ。その約半分をマリアに持っていかれたのだった。マリアは自分のポケットマネーで高利貸しをしていたので、まぁ…マリアに借金をしたのが悪いのだが…。

「おい、ベレッタ。…いくら残ってる?」

「銀貨20枚ぐらいだなぁ…。まだまだ返済しないといけない奴が結構残ってるってのに…。」

 ベレッタは槍手房の房主堂の縁側の高床の上に立って叫んだ。

「おぉ〜〜い、ティアークまで護衛をやった奴…並べぇ〜〜っ!」

 槍手房の二十人の中堅が列を作ってベレッタの前に並んだ。ベレッタはひとりひとりに銀貨43枚と銅貨18枚を手渡した。受け取った者は我先にと手巾と着替えを引っ掴んで、湯殿を目指して駆け出していった。

 最後のひとり…二十人目の右手にベレッタがお金を手渡した時、そのランサーはお金の重みを腕で支えきれず、受け取ったお金を地面に落としてしまった。

「わっ…!」

「おいおい…カネを粗末にするんじゃないよ〜〜。一体、どうしたんだ?」

 そのランサーは地面に散らばったお金を拾いながら言った。

「はぁ…山賊退治の時に右肩を痛めたらしくて…ちょっと…。」

「脱臼か?…薬師のところに行ってみるか?あ、今だったら…神官房が近くにあるよな…んん?…神官房かぁ…お…おおっ!」

 ベレッタは何の気無しに言った自分の言葉がヒントとなって、とんでもないアイディアを思いついた。


 先頭を手提げをぶら下げたベレッタが、そしてその後を右肩を負傷した中堅のランサー…シャイナが続き、最後は中くらいの壺を持ったルカの三人が「北の五段目」を神官房目指して歩いていた。

 三人が神官房に到着すると、神官房の周りは畑だらけになっていて、ひとりの婦人が秋の最後の収穫をしていた。

 ベレッタがその婦人に尋ねた。

「ここは神官房…で、いいんだよな?」

「そうだよ、怪我人かい?」

「あんた、誰…アナさんは?」

「ああ、私はクラウディア…南の斜面の薬師だよ。この度、薬師の治療院と神官房が合併したんだよ。アナさんは中にいるよ。」

「そか、あんがとさん。」

 三人が神官房の房主堂に入ると、講堂の机の上には乾燥させた薬草がいっぱい置いてあり、アナと修道女(神官見習い)のメイがすり鉢とすりこぎで薬草を潰していた。講堂いっぱいに薬草独特の匂いが充満しツンと鼻を刺激した。

 ベレッタたち三人を見とめたアナは、手を止めて三人に歩み寄った。

「これはこれは、ベレッタ師範、ルカ師範、いらっしゃい。」

「シャイナの肩の具合を診て欲しいんだが、いいかな?」

「もちろん良いですよ。どうぞ、こちらへ。」

 アナはシャイナを講堂の椅子に座らせ、触診した。

「これは…肩関節の具合が悪いみたいですねぇ…。」

 アナは外にいるクラウディアを呼んでくるようにメイに伝え、すぐにクラウディアがやって来て触診した。

「…偽関節になってるねぇ。」

「偽関節って何だ?」

「肩関節を脱臼して、綺麗にはめ込まないまま放置しておくと、肩関節の靱帯が偽の関節を作ってしまうんだよ。一見治ったように見えるけど、腕の可動範囲が狭くなったり特定の動きで痛みを覚えたりするんだよ。」

「…ほうほう、そんな事もあるんですねぇ…。」

 頷いているベレッタとルカ以上に、隣で聞いているアナは興味津々といった顔で熱心にその説明を聞いていた。

 ベレッタは残念そうな顔をして言った。

「そうか…仕方ないな。シャイナ、しばらく神官房で療養しな。私たちが付き添ってやるから。」

 クラウディアは言った。

「入院の必要はないよ、すぐ治る。」

「…ええ?」

 ベレッタはもっと残念そうな顔をした。ベレッタとルカは…シャイナを入院させたかったのである。そして、付き添いを理由にして、やがてやって来るであろうマーゴットや借金取りをやり過ごそうと企んだわけだ。

 クラウディアはアナに簡単に指示をして、シャイナの背中側に回り右肩に左手を添え、右手で右腕を握った。アナは呪文を唱えてシャイナの右肩に神聖魔法「神の微睡まどろみ」を掛けた。これは麻酔である。

 次の瞬間、クラウディアは右手に力を込めてシャイナの右腕を引っ張り、手のひらの感触だけで左右に捻りながら…コキッと関節を入れ直した。

「はい、終わり!」

「おいおいっ!…もう終わったのか⁉︎」

 ベレッタとルカは思いっきり目論みが外れて…失意のどん底に叩き落とされた。

 シャイナの治療が終わって、ベレッタ、アナ、シャイナ、アナ、クラウディアの五人は厨房のテーブルに座った。

「アナさん、ありがとう…。つまらん物だが…これを受け取ってくれ。」

 ルカがワインの入った壺をテーブルの上に置いた。そして…ベレッタが手提げから持参したコップをアナに差し出した。

「え…今飲むんですか?」

「もちろんだ。」

 そう言って、ベレッタとルカも自前のコップを取り出し、壺を開封して三人のコップにワインをなみなみと注いだ。

「シャイナは下戸なんだ。クラウディアさん、悪いな…あんたのコップは用意してこなかった。」

「私ゃ、酒は弱いから、遠慮するよ。」

 ベレッタとルカは自分のコップのワインを一気飲みして、さらに壺から注いで飲んでいた。アナもいけるクチだが、お昼なのでチビチビと飲んだ。やけっぱちの両師範は自分たちが持ってきた手土産を自分たちで全部飲んで帰るつもりだ。

 ワインの壺はあっという間に空になってしまった。

 すると、アナが何も言わずに中座して…新しいワインの壺を持って来た。

「ワイン、まだありますけど…飲みます?」

「えっ⁉︎も…もちろんだともっ‼︎」

「みなさん、何を勘違いしたのか…診療代の代わりにワインを置いていくんですよ。最初はこの厨房に置いてたんですけど、山積みになるほど増えちゃって…倉庫の方に移動させたんです。」

 それを聞いたベレッタはしばらく考えて…突然腹を押さえてうめき始めた。

「うう…腹が痛い…。」

「どうしたんですかっ、腹痛ですか⁉︎」

「ルカ…すまないが、シャイナを連れていってくれ。私はちょっとここで休ませてもらう…。」

 しばしの間、ルカは面食らっていたが…はっと気づいて、ベレッタと同じくうめき始めた。

「あ…私も腹が…ワインが当たったようだ…食中毒かもしれない…。シャイナよ、槍手房に戻ったら、私たちは食中毒で入院したと伝えてくれ…。」

「ええええぇ〜〜っ!…ワインって、当たるものなんですかぁ〜〜???」

 アナとクラウディアは大急ぎでベレッタとルカの診察を始めた。


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