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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百三十四章 スケアクロウの過去

二百三十四章 スケアクロウの過去


 エヴェレットはすぐに治癒魔法「神の回帰の息吹き」の呪文を唱え始めた。即死の致命傷でも…直後ならば可能性が…!

 ポットピットがエヴェレットの肩を強く突いて、大声で言った。

「よせっ!…死なせてやれぃっ‼︎こいつは故郷で死にたかったんじゃ。ここで手厚く葬って…故郷の土に還してやってくれんか?」

「はぁっ…⁉︎」

 エヴェレットは鋭い目つきでポットピットを睨んだ。

 ポットピットはレヴィストールの背負った不幸を理解させるためにはこれしかないと思い…レヴィストールの覆面をゆっくりと外した。

「…うげっ!」

「…ああっ!」

 レヴィストールの覆面の下の顔を見た瞬間、スクルとタイレル、ベクメルは顔を歪め、エヴェレットは顔を背けて嗚咽し始めた。ヴィオレッタが異変を察して近づこうとすると、ジャクリーヌが押し留めて言った。

「ヴィオレッタ、見ない方がいい…悪い夢を見るぞ。」

 それでも、ヴィオレッタは族長という立場から…自分の叔父だという姪の立場から…意を決してレヴィストールの顔を見た。

「…ぐっ‼︎」

 ヴィオレッタは顔を両手で覆い…見たことを後悔した。記憶の中にすらない叔父の顔だったが、それ以上に信じられないものがそこにはあった。

 耳がなかった。鼻がなかった。瞼がなかった。唇がなかった。頭皮がなかった…すべては刃物か何かで切り取られ、レヴィストールの顔は大きな両目と白い歯をむき出しにして…美しかったはずの顔が…それはまさに骸骨そのものだった。

「うううぅ…な…何でこんな事に…?」

 顔を背けて泣いているエヴェレットの問いにポットピットが答えた。

「拷問にあったのじゃよ…いや、違うな、オモチャにされたのじゃ…。儂らはラクスマンの捕虜になったんじゃ。幹部クラスゆえ奴隷にされることもなく…拷問と称して弄ばれたのじゃ。儂はよく覚えておるよ、儂の左手の指が三本ほど落とされた頃じゃったかの…」

 そう言って、ポットピットは皮のグローブを外して、人差し指と親指だけが残った左手をみんなに見せた。

「ラクスマンの連中は酷い奴らでの、拷問の様子を同じ捕虜たちに見せつけるんじゃよ。最初はとんがり耳じゃったな…奴らはひとつ、二つとレヴィストールの体を削ぎ落として言ったのじゃ…こいつは悲鳴を上げ、それを見てあいつらは笑っておった。綺麗な金色の髪が皮ごと剥がされた時なんぞはあいつら…それを誰が貰うかでくじ引きしておった。そして…レヴィストールが『それだけはやめてくれ』と懇願しておったのに…とうとう『男の象徴』までもな…」

 ヴィオレッタは堪えきれず…嘔吐した。

「その時じゃな、こいつが現実の世界に戻って来れなくなったのは…。誇り高いエルフがこんな姿で生きながらえるのは忍び難い屈辱だったんじゃろう…。故郷に帰って来て、正気に戻って、親族と再会したら…こうなるわな。のう、ギガレス?」

 ギガレスは目は見えず、耳は聞こえずとも、「鳴子」によってここに集うみんなの感情が伝わってきて、状況だけは理解できていた。

 ポットピットは続けた。

「実は儂はな…とっくに観念しておったのじゃ。儂は魔族領のドワーフで、捕虜になった時点で…いつか、ラクスマンの兵士を何人か道連れにして死ぬつもりじゃった。じゃが、このギガレスとレヴィストールを不憫に思ってな…三人で捕虜収容所を逃げた。そして、ギガレスと誓いを立てた、必ずラクスマンの人間に復讐するとな。それで始めたのが暗殺者ギルドじゃ。ラクスマンの人間から金を貰ってラクスマンの人間を殺す…共喰いの手助けをしてやったのじゃよ。大枚をはたいて暗殺を頼むような輩は貴族が大半…貴族が貴族を殺す、実に愉快痛快じゃ。軍資金もだいぶ貯まったんで、そろそろ大花火でもぶち上げようかと思っておったところにこの騒動じゃ…。」

 ヴィオレッタは自分の豹柄の外套を叔父レヴィストールの上半身に掛けてあげた。そして、エヴェレットに尋ねても無理そうだったので、スクルに尋ねた。

「叔父上の葬儀はとっくに済んでいるんでしょう?」

「…ですね。」

「じゃぁ…空っぽの棺の中にこのまま叔父上を戻してあげましょう…。叔父上は名誉の戦死をされたのです。五十年経って、遺体が戻ってきただけです。叔父上は誰にも見せないように…ね?」

「…分かりました。」

 気丈なエヴェレットが失意に打ちひしがれる姿を見るのは父ログレシアスの死以来か…ヴィオレッタはうずくまるエヴェレットの背中を優しく抱いた。エヴェレットはヴィオレッタの存在を思い出し、振り向いてヴィオレッタに応えた…エヴェレットは自分を取り戻したようだ。過去に生きた亡霊に心を砕くより、これからを生きてリーンを希望へと導いていくセレスティシアにお仕えせねばという決意を一層強めたのだった。

 エヴェレットは立ち上がり、レヴィストールの事はスクルやタイレルに任せて状況把握のために村の中を歩き始めた。

 ヴィオレッタはひと息ついてから、ポットピットに語りかけた。

「叔父上をリーンへ送り届けていただきありがとうございました。それについては感謝いたします。」

「うむ…これで、うちのギルドメンバーがしでかした不始末はチャラじゃな!」

「…チャラにはなる訳ないでしょうよ!こちらは少なくとも二十三人が犠牲になってるんですよ‼︎…賠償を要求します。」

「何じゃと…話の分かる奴かと思っておったのに…せこいな。金か?いくら欲しいのじゃ?」

 ヴィオレッタはポットピットをちょいちょいと手招きして…耳打ちした。

「他の人には内緒で暗殺を依頼したい…賠償金はその依頼料ということで。」

「むむむ…ラクスマンの国王とか言うなよ…今は絶対無理じゃし、それだと賠償額と引き合わんからな…。」

「いえ、もちょっと下です。時期も指定したい。」

「むむむ…?」

 二人は念入りな話し合いを初めた。

 エヴェレットは村を歩き回って、負傷者の確認をしていた。すると、ベクメルがやって来てエヴェレットの袖を引っ張った。

「エヴェレット、早くこっちへ!」

 エヴェレットが駆けつけると、そこには左手で右腕を握りしめ、顔じゅう油汗のガレルがいた。エヴェレットが携帯していた小刀で皮のグローブを切って開くと…爛れた肉の中に五本の指の骨が見えていた。

「ああ…これは酷い…。」

 ベクメルが言った。

「早く『神の回帰の息吹き』を…!」

「これはどうしようもありません…。腐食や腐敗は『神の回帰の息吹き』でも元に戻すことはできないのですよ。腐敗した肉を魔法が『人間の肉』と認識しないのでしょうねぇ…。」

「じゃぁ…どうしたら?」

 ガレルが苦痛の中、しゃがれた声で言った。

「…右腕…切ってくれっ!その方が治りが早いだろう…?」

「…そうですね、それが賢明です。」

「…腕の良い剣士はいないか?…『研刃』で切って欲しい…。」

「スクルを呼んでください。」

 スクルがやって来てガレルの右腕を手巾で縛り…右腕の肘関節のちょっと先ぐらいをショートソードですぱりと斬った。

「ぐああぁっ…‼︎」

 そしてその傷口にエヴェレットが「神の回帰の息吹き」をかけた。その様子の一部始終をティモシーは見ていた。


 ポットピットとギガレスは村からの小径をやはりてくてくと歩いて降っていた。乗ってきた馬車に到着すると、その周囲にいたジャクリーヌの騎馬隊が口々に叫んた。

「こらあぁ〜〜っ、お前…この『アーストラップ』を解けえぇ〜〜っ!」

 馬を失った騎馬隊は自分の足でポットピットたちを追ったが、そこでもまたポットピットの「アーストラップ」に捕われて足を地面に突っ込んだまま、ずっとここでもがいていたのだった。

「おうおう、まだこんなところにおったんか。この程度、自分で外せんかったら…命がいくらあっても足りんぞい。」

 その時、村の方からひとりの少年がポットピットたちを追いかけてきた。

「待てぇ〜〜、殺し屋ぁ〜〜っ!」

 ティモシーはポットピットに詰め寄った。

「僕の父さんはお前の仲間に殺された。ガレルのおじさんも右腕を失った…もうおじさんは斥候はできないかもしれない。全部、お前たちのせいだっ!まだ決着はついてないぞ…僕と戦えっ、僕がお前を殺してやるっ‼︎」

「お前が儂を殺すって?うほっほっほっほ…そりゃ、聞き捨てならんな。お前みたいなガキに殺されるようじゃ…この先、殺し屋なんぞできんぞな。」

 ティモシーとポットピットは対峙した。


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