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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百三十二章 決戦

二百三十二章 決戦


 夜、「セコイアの懐」の村のリーン会堂にはリーンの重鎮が集合し、これからの刺客への対応について話し合いが持たれていた。

 みんなを前にしてヴィオレッタは言った。

「時系列に沿って、整理してみましょう…一週間前に『入植者』と称して六人の刺客がマットガイスト族長区に侵入して、マットガイストの兵士十六人が殺されました。その後、刺客たちはドルインに移動してスパイ周旋人のガンスに接触…これは状況から言って、ペレスさんの居場所を知るためだと思います。…ですよね、エビータさん?」

 ホイットニー一族の代表としてエビータも参加していた。それ以外の一族はリーン会堂を厳重に警備している。

 エビータは言った。

「…接触後に刺客たちは迷う事なく、ペレスの家に向かったことからして…間違いないでしょう。」

 ヴィオレッタは続けた。

「以前、私がペレスさんを使ってラクスマン王国に流布した偽情報…つまり、前回の刺客は私の暗殺に失敗して逃亡した…これですね。刺客たちはガンスからこの情報の出所を聞き出し、それがペレスさんだと判るとその真偽を確かめるためにペレスさんを拷問にかけたのでしょう。そのせいでペレスさんは死にました。私の暗殺は難しいと思わせるために…次の刺客に二の足を踏ませるためにやったことなのですが…裏目に出てしまって…ホイットニーさんまでも…申し訳なく思ってます…。」

 エヴェレットが言った。

「足の裏に刺青を入れるほど仲間意識の強い暗殺集団ですから、ペレスがどのような情報を流していたとしても…結果は同じです。セレスティシア様を討ち取るまでどんどん仲間を送り込んできたことでしょう。」

「…その通りです、セレスティシア様。…お話を進めてください。」

 そう言ってくれたエビータに感謝しつつ…ヴィオレッタは続けた。

「多分…ペレスさん、大方の事は喋ってるでしょうね。そうなると、『黒のセレスティシア』の偽情報も見破っている可能性が高いですね。エヴェレットさんに囮になってもらっているのは無駄かもしれません。」

 エヴェレットが猛然と食い下がった。

「いえっ!無駄であろうとなかろうと、私は囮を続けます。少しでも…セレスティシア様への刺客たちの注意が削がれるのであれば…‼︎」

「まあまあ、エヴェレットさん、落ち着いてください。それで…刺客はリーン自治区に侵入し、鍋蓋作戦でがっちり抑え込んだつもりでしたが…三人取り逃しました。先ほどの新しい情報によると…五人のリーンの兵士が消息不明だとのこと。もう、確実にこの村に潜入されてしまってますね。なので、明日からは捜索活動はやめて、この村に戦力を集中させましょう。朝の炊き出しが終わったら、厳戒態勢を解除して住民を元の場所へ帰しましょう。かえって、ここにいる方が危ないですからね…。」

 スクルが提案した。

「セレスティシア様、万が一の事を考えて…身をお隠しになられては?例えば、『セコイアの懐』のエルフの樹上家屋とか…。」

「うぅ〜〜ん…それはやめておきましょう。私がいないとなると、刺客たちは潜伏したまま私を探し回るでしょう。被害が大きくなります。それに、『セコイアの懐』のそばには原生林があります。そこに潜伏されたら厄介ですよ。」

 ヴィオレッタは思った。エビータさんの話だと刺客たちは食糧を持っておらず、頑張っても一週間だと。ならば、この一週間で決着をつけた方が被害は少ないだろう。餌である自分が隠れたりして下手に長引かせれば、刺客たちは仕切り直しを考えるだろう…近くの村を襲って食糧を確保し、私の隙を狙ってひと月でも半年でもリーンに居座るだろう。

 地酒をもらって少し顔を赤くしたジャクリーヌが言った。

「はははは、私に任せとけぃっ!ヴィオレッタのそばにべったりくっついて、刺客が現れたら私の槍で串刺しにしてやるよっ‼︎」

「いやいや…そんなことしたら、出てくるものも出てきませんよ。あくまでも…こちらは、『まだ刺客たちはこの村までは来てないよねぇ〜〜っ!』って感じでとぼけてないといけません。」

 ヴィオレッタはジャクリーヌの酒壺をテーブルの隅っこに遠ざけながら、そう言った。

 

 夜明け前、ヴィオレッタの指示を受けたジャクリーヌの騎馬兵団は創作活動を中断し、「セコイアの懐」の村への引き揚げを開始していた。すると、後方から騎馬兵団を追いかけるように、三人の案山子を乗せた馬車が丘陵地から現れた。

 騎馬兵たちは不気味な覆面の三人を見て…

「おい、そこの怪しい馬車停まれっ!」

 騎馬大隊長の命令で、騎馬兵団は回れ右をしてポットピットの馬車を包囲した。

「おいおい、儂らは急いでるんじゃ…邪魔せんといてくれ。」

 ポットピットは右手の金槌で左の手のひらをポンと打った。すると、騎馬兵たちの馬は突然いなないて、馬が次々と転倒していった。馬の足元に無数の穴…「アーストラップ」が出現したのだ。

 「アーストラップ」で身動きが取れなくなった騎馬兵団を尻目にポットピットの馬車は軽快に丘陵地を登っていった。それを追って、馬を放棄した騎兵たちが馬車の後を走って追った。


 朝、「セコイアの懐」の村では十基の大釜がもうもうと湯気を立て、大勢のリーンの住民が朝の炊き出しが始まるのを今か今かと待っていた。

 ヴィオレッタがエヴェレットやジャクリーヌ、スクルたちを連れてリーン会堂から出てきた。ヴィオレッタはリーン会堂の高床の上に立って叫んだ。

「みなさん、ご苦労をお掛けしました。危機は去りました。朝のご飯が済んだ人から我が家に帰ってもらって構いませんよ。」

 住民たちから喜びの声が上がった。

 正面20m向こう…ヴィオレッタはある武装兵と目が合った。ヴィオレッタはふと嫌な予感がして、腰帯のナイフ「リール女史」に手を掛けた。

 …と、その瞬間、その武装兵が「疾風改」を発動させてヴィオレッタに向かって急接近してきた。突然目の前に迫って来た武装兵にヴィオレッタは驚いて一瞬固まってしまった。武装兵はその機を逃さずに「遠当て:兜割り」を撃ってきた。「疾風改」の速度を上乗せした「遠当て」は超高速でヴィオレッタを襲った。

 その手練の技をヴィオレッタは回避する事はできなかった。「遠当て」はヴィオレッタの頭部を直撃し、さらに貫通して後ろのリーン会堂の壁に大きな縦の亀裂を作った。あらかじめ「研刃」も発動させていたのであろう。

 咄嗟のことで1秒遅れたが、隣にいて刺客の襲撃を見たエヴェレットは、すぐに無詠唱で風魔法「ブロウ」を武装兵にぶつけた。

 強烈な突風をぶつけられた武装兵…ザックは何人かの住民を巻き添えにしながら、後方に数m吹っ飛んだ。

 そうなのだ…多くの住民がいたため、エヴェレットは「ウィンドカッター」などの強力な攻撃魔法が使えないのだ。

(…くっ、後手に回ってしまった!これじゃあ…村人が邪魔で魔法が撃てない…‼︎)

 ヴィオレッタは無傷だった。ヴィオレッタはエヴェレットから神聖魔法「神の不可侵なる鎧」を付与してもらっていたのだ。「神の不可侵なる鎧」は一度だけ、いかなる攻撃をも無効にする。

 リーン会堂のあちこちの物陰から、ホイットニー一族のレンド、レイモンド、ダスティン、ピックが飛び出してザックを遠巻きに取り囲んだ。ヴィオレッタは少しだけほっとした。

(やった、まずひとり目!)

 しかし、ザックはそばにいた村人の首根っこを押さえて自分の方に引き寄せ、喉元にショートソードの刃を当てて叫んだ。

「こっちに来るな、こいつを殺すぞ!」

 村人を人質にとる…ヴィオレッタが最も恐れていた事が現実のものとなった。

 その時、近くにいた村女が叫びながらヴィオレッタに助けを求めてきた。

「こ…殺し屋が出たわ!…怖い…助けて‼︎」

 カーマインは小走りでヴィオレッタに駆け寄っていき…右手に隠し持った毒針でヴィオレッタの左胸を突いた。カーマインの最後の一本の毒針には「最凶の毒」が仕込まれていた。

 ヴィオレッタは呆気に取られていた。

(え…この女の人…刺客なのっ⁉︎)

 カーマインの毒針がヴィオレッタの心臓を貫こうとした瞬間、ヴィオレッタの後ろからガレルが現れて、カーマインの毒針を右の手のひらで受け止めた。ガレルは「シャドウハイド」でヴィオレッタの影の中に潜んでいたのだ。

「うぐぅっ…!」

 カーマインの最後の毒針は硝子でできていた。そのため、ヴィオレッタの背後の影に隠れていたガレルは毒針を目視することが難しくて、確実にヴィオレッタを守るため、ナイフではなく素手で受け止めたのだ。

 硝子製の針の先端は脆く、ガレルの皮のグローブを貫いた瞬間に折れた。そして、管状で中に仕込まれていたアシッドボアの血液がガレルの手の中に流れ込んだ。アシッドボアの血液は空気(酸素)と反応して強酸となる。

 ガレルの手の中の酸素と反応したアシッドボアの血液は、ガレルの右手を内側から腐食させ始めた。ガレルの手はみるみる腫れ上がり、皮グローブの中で表皮がただれていった。

「うがあぁ〜〜っ…‼︎」

 ヴィオレッタは…「念話」で命令した。

 すると、ヴィオレッタの肩口の銀の髪の毛が微かに散って、カーマイン目掛けて何かが飛んでいった。カーマインはすぐにバックステップで後退しつつ、その飛んできた物体を右手で払い落とした。メグミちゃんだった。

(え…なんで蜘蛛っ⁉︎)

 メグミちゃんは撃墜されたが地面には墜落せず、シルフィサーフィンをしてカーマインの露わになっていた足首にしがみつき…噛んだ。強烈な激痛が足首に走った。村女に化けていて、皮のブーツを脱いでいたのがあだとなった。

 カーマインは毒の専門家だ。メグミちゃんを見て…

(ま…魔族領にしかいない猛毒のアースタイガーがどうしてここにっ…‼︎)

 毒耐性があるとはいえ…メグミちゃんの猛毒に対して早急に応急処置をしなければ自分の命がないと悟ったカーマインは半狂乱となった。

「誰か…ナイフを…ナイフを貸してえぇ〜〜…!」

 患部をナイフで切り裂いて、少しでも毒を外に出せば何とか…。

 無防備で走り回るカーマインを…容赦なくジャクリーヌが槍で心臓をひと突きした。カーマインは即死した。

「くそっ…カーマインがしくじりやがったっ!」

 ザックの声に呼応して、ロイが村人の影から飛び出し「セカンドラッシュ」を発動させ、村人の間をすり抜けてヴィオレッタを襲った。ザックが囮となり、さらにカーマインも囮となり…本命のロイがヴィオレッタを襲うという三段構えの作戦だった。

 ヴィオレッタの頭上からエビータが落下してきて、ロイを迎撃した。ロイはエビータのナイフを音叉の武器で弾いた。

(このアマ…上から降ってきた?木の枝にいたなら見えないはずはないのに…まさか、「グラスハイド」か⁉︎)

 「セコイアの懐」の村はセコイアの樹に囲まれている。セコイアは緑葉針葉樹で秋になっても緑色を保ったまま落葉しない。斥候職のスキル「シャドウハイド」は深度2になると継続時間が60秒から120秒になり、深度3では「グラスハイド」…緑色の中に溶け込むスキルが選択できるようになる。

 ロイは昨夜の戦闘で右肩を負傷していて、片方の腕しか使えなかった。

(ううっ、このアマ…俺の深度2の「セカンドラッシュ」にもついてきやがる!…旗色が悪いな。)

 ロイはエビータの攻撃を回避しつつ、村人の影の中を転々として逃げ回った。しかし、エビータはロイを執拗に追跡した。人質をとっているとは言え、ザックはすでに袋のネズミ、女ネズミは死んだ…残るはこいつだけ、絶対に逃さない!

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