二百三十一章 カーマインの暗躍 その2
二百三十一章 カーマインの暗躍 その2
その日の夕方、カーマインは志願して、村の女たちに混じってジャガイモの皮を剥いていた。今日の夕食の献立はジャガイモのスープとライ麦パンだ。「セコイアの懐」の村の広場では、炊き出しのため十基の大鍋が用意されていて、緊急避難してきたリーンの住民に朝と夕の食事を振る舞っていた。
カーマインは手際よくジャガイモの皮を剥いて、大鍋に放り込んだ。大鍋が煮えて良い頃合いになると、大勢の住民が集まってきた。集まってきた者の中には夕食のために戻ってきた兵士もいて…カーマインは率先してその兵士たちにジャガイモのスープをお椀に入れて配った。
その日の夜七時頃、漆黒の暗闇の中、リーンの絶対防衛戦から少し離れた草原では秋の虫たちが己が春を謳歌していた。
ロイがキリギリスの鳴き真似を続けていると、近くまでザックがやって来た。「キャットアイ」でザックを見つけたロイは音を立てずにすぐそばまで移動した。
「…ザック!」
「おおっ、やっぱりお前だったか…合流できて良かった!」
「一定リズムの虫の合図…覚えていてくれたんだな。お前、そういうところ大雑把だからなぁ…。」
「ジェイソンとカーマインは?」
「…分からん。クレルも分からん。」
「…クレルはやられた。」
「そうか…四人になっちまったか。」
「どこか…潜伏できる場所を探そう。先導を頼む…暗闇の中じゃ、剣士はからっきしだ…。」
「へへへ…ザック、珍しく弱気だな。」
「うむむ…セレスティシアにしてやられた。徹底的にこっちのウィークポイントを攻められたって感じだ…。」
「…。」
二人は奇しくも、カーマインが立ち寄った南のはずれの無人の村を見つけ、しばらく隠れるためにその村に潜入した。ひとつの家に入るとロイが叫んだ。
「ザック、来てくれ!」
「どうした⁉︎」
「これ…カーマインの装備じゃないか?」
ロイは部屋の隅に転がっていた外套や胸当て、鎖帷子を手に持ってザックに見せた。
「…外套の裏に毒針と毒壺が縫い付けてある。カーマインの物に間違いない。…ということは、カーマインは服装を変えている…村女に化けて、どこかに潜入したということだな。」
「目標は…近いな。」
その時、村の外で何か…人の呻き声のような音が聞こえて、二人は身を低くして物陰に隠れた。そして、ロイが「シャドウハイド」で闇に紛れて偵察に出ていった。
しばらくして帰ってきたロイが言った。
「…リーンの兵士がへばってるぞ。」
「…どういうことだ?」
「分からん…分からんが、五人いるうち、三人が嘔吐して腹痛を訴えているようだった…。」
「ロイ、どう思う?」
「…好機だ。残り二人ならやれる!」
「うむっ!」
二人は五人の兵士に忍び寄っていった。
これはカーマインの仕業だった。ジャガイモの皮を剥いている際、カーマインは毒を持つジャガイモの芽を摘出し細かく刻んで隠し持った。そして、兵士のお椀に限ってそれを密かに盛っていたのである。
ザックとロイは五人の兵士を殺し、装備を奪った。金属鎧の重装備はヘルメットで顔が隠れるので都合が良かった。二人は兵士の足跡を辿って「セコイアの懐」の村を目指した。
二人が「セコイアの懐」の村に到着すると、村は大騒ぎになっていた。幾人もの武装兵が地面に直に寝かされて、ティルムの触診を受けていた。ティルムは情報担当ではあるが、れっきとしたセコイア教の僧侶なのだ。
リーン会堂の入り口に鎮座してその様子を見ていたセレスティシア…に扮したエヴェレットはそわそわして、椅子から立ち上がろうとしたのを隣のヴィオレッタに止められた。ヴィオレッタは囁いた。
「エヴェレットさん、我慢してください。」
「でも、ティルムひとりでは…。」
「このタイミングでこの正体不明のパンデミック…すでに刺客はこの村に潜入しているのかもしれません。定位置から離れると…エビータさんたちが護衛しにくくなります。」
しばらくして、ティルムがエヴェレットとヴィオレッタの前にやって来て診断の結果を報告した。
「中毒ですね…。」
「…何の?」
「ジャガイモの芽です。多分、今日の晩御飯のスープが原因かと…。しかし、ジャガイモの芽なんて、料理をする者なら誰でも知っている毒…偶然見落としたにしても…これほど大量の中毒者が出るほどに混入するのは奇妙です。」
エヴェレットはヴィオレッタにさらに説明した。
「有機物の毒なら、『神の処方箋』で浄化が可能です。症状を緩和する薬草もあります…どういたしましょう?」
「命に別状がないのであれば、時間が掛かったとしても…ティルムさん、ひとりで頑張ってください。私たちはここを一歩たりとも動くわけにはいきませんので…。」
「承知しました。」
現在、エヴェレットとヴィオレッタの周囲にはホイットニー一族の七人が潜んでいた。
母エビータと再会し、元気を取り戻したティモシーもヴィオレッタの護衛に参加していて、村人たちに紛れていたいけな男の子を演じていた。ヴィオレッタは自分の目の前を行ったり来たりするティモシーをはらはらしながら見ていた。他の六人はヴィオレッタの近くの物陰に隠れて、襲撃と同時に一斉に刺客に飛び掛かる算段だ。
リーンの戦略司令官のスクルやタイレル、兵站(食糧)管理担当のベクメルも、村人たちの中で注意深くヴィオレッタに近づく者を監視していた。一応、彼らも元はリーンの兵士なのだ。
カーマインは村人の中で呆然と立ちすくんでいた。すると、武装兵のひとりがカーマインの肩を叩いた。咄嗟にカーマインは自分のスカートの中に手を突っ込んだ。
「…早まるな、カーマイン。俺だよ…俺…。」
「は…ザックかぁ、びっくりしたぁ…」
「アレか…毒針はいつものとこか…?」
カーマインは普通の女性に扮してる時は、毒針を「女陰」の中に隠している。
「そんなことより…ロイは⁉︎」
「情報収集で、この村を歩き回ってる…。」
「そっか…ロイは生きてるのね。クレルとジェイソンは死んだわよ。」
「む…ジェイソンもか。残ったのは、俺たち三人だけか…。」
すると、ひとりの武装兵が二人のそばにやって来た。ロイだった。
「お…カーマイン!」
「良いこと、あんたたち…これは罠よ。セレスティシアの周りは斥候でガッチリ固められてるわ…今は無理だわ…!」
「…だろうな。」
ザックは遠目にリーン会堂の入り口を見た。
「あの銀髪の少女がセレスティシアか…。」
「あんたの言う通りだったわ。隣の仮面の女はエヴェレット…囮よ。」
ザックはしばらく考えていた。
「人が集まる時間はいつだ?」
「ええと…朝夕の炊き出しの時間ね。」
「…よし。明日の朝の炊き出しの時間に決行だっ!」




