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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二十三章 セディママ

二十三章 セディママ


 オリヴィアとアンネリは薄暗い部屋でぼーっと宙を見つめていた。

「お腹すいたぁ…牛のフィレステーキ食べたい…。」

「不覚だ…まさか、あのジジイに銀のスプーンを持ち逃げされるとは…。ここに住んでる…じゃなくて、この辺りに住んでるって言った…この辺りをねぐらにしてる質の悪い浮浪者だったんだ!」

「アンネリ、不覚が多すぎる!」

「えええ、まだ二回目じゃん…とにかく、あたしの足が治るまで待って。治ったら町の様子を偵察に出るから。」

「いつ治るの?」

「あと四、五日…。」

「ふえええぇ〜〜〜〜っ、絶対飢え死にするっ!」

 二人の足元をゴキブリが這い回っていた。

「サバイバル訓練を思い出しちゃった。カミキリムシの幼虫やバッタは食べたけど、ゴキちゃんは食べたことないなぁ…」

「ダメだよ。腹壊すよ!…そういえばオリヴィアさん小さい頃…あ、いや…」

「んん〜〜〜?」

 アンネリは咄嗟に口をつぐんだ。あやうくオリヴィアの「逆鱗」に触れるところだった。

「野草でも探してくるよ。ちょっと行ってくる。」

「行ってらっしゃ〜〜い。」

 アンネリは路地に出ると、胸を撫で下ろした。

(危なかった!…もう少しで黄金のオリヴィアの由来に触れるところだった‼︎)


 入り組んだ路地の石造りの家の上には、意外にいろいろな野草が生えていた。ヨモギ、オオバコ、ドクダミ、クズ、ヤブガラシ…アンネリはそれらを集めて、石の釜戸で煮た。

「塩っ気がなぁ〜〜〜いっ!」

「あるわけないだろ、煮ただけだから。」

「ヨモギ、硬ぁぁ〜〜〜…!」

「夏だからな…もおぉ〜〜っ、文句があるなら食うなよ。」

 オリヴィアはゾゾゾゾッという音を立てて、野草スープを口に流し込んだ。

「全然、お腹の足しにならないわぁ…これじゃぁ、良いウンコ出ない…。」

 口には出さなかったが、ウンコで激怒するくせになぜウンコネタを振ってくる?…アンネリはそう思った。また、いざとなったら銀の針を売るしかないと思った。銀の針は毒の検知に使用する斥候の通常装備だ。売っても、銅貨10枚程度ぐらいにしかならないけど…。

 その時、アンネリは人の気配を感じて、自分の口ではなくオリヴィアの口を右手で塞いだ。

「むぐっ…」

 誰かが路地からこちらの部屋に進んで来ている。ロットマイヤーの手の者か⁉︎

「誰かいるの〜〜?出てらっしゃい。心配しないでいいわよ〜〜。」

 それは女の声だった。

 アンネリはナイフを抜いて身構えた。次の瞬間…!

「ああ〜〜〜、こっちこっち!」

 オリヴィアが大きな声で返事をした。おおお、このバカ女、何で返事するんだ⁉︎アンネリは目でオリヴィアを糾弾した。

「だって、女の人の声だからぁ…。」

 両手にぱんぱんに膨らんだ麻のトートバッグをぶら下げた女が二人の目の前に姿を現した。四十歳ぐらいのその女は金髪に近い茶色の髪で、平民が着ているごくごく普通の亜麻のワンピースと白いエプロンを着けていた。グレーの瞳の凄い美人だった。それと、特筆すべきはオリヴィアに負けず劣らずの…その胸だった!

「あら、子供じゃなかったのね?浮浪者?」

 アンネリは仕方なく、当たり障りのない返答をした。

「この町は初めてで、道に迷っちゃって。」

「ここはスラム街よ、長居しちゃだめ。私が大通りまで案内してあげるわ。」

 女はオリヴィアを見て、異変に気づいた。露わにした両胸、血のついたワンピース、薬を塗った胸の傷…誰がどう見てもただ事ではない。

「どうしたの、暴漢にでも襲われたの?」

「はぁ…えっと…」

 アンネリは答えに困って、しどろもどろになった。

「昨日の夜から何も食べてませんっ!」

 オリヴィアが元気いっぱいに答えた。

 女はふっと笑った。

「そう、わかったわ。着いていらっしゃい、大したおもてなしはできないけど、パンと野菜スープならあるわ。」

「やったぁ〜〜〜っ!」

 オリヴィアはアンネリを急かして立たせようとした。

「おや、お嬢さんも足を怪我しているのね。」

 三人は暗い部屋を出て、路地をゆっくり歩いた。アンネリが女に質問をした。

「あたし達があそこにいることがどうして分かったんですか?」

「煙突から煙が出ていたもの。」

「あ…。」

 アンネリの三度目の不覚だった。横でオリヴィアが嬉々として舌を出してほくそ笑んでいた。

 道すがら、三人は話をした。この辺りは大昔にティアーク城が建設された際に同時に作られた。人々の住居区であり、また本土決戦で城を守るための迷路の役割も果たしていた。以前はここも栄えていたが、町が拡張するに従って人々は古くなったこの居住区を捨て、外へ外へと移り住んだ。今ではスラム化し文字通りただの迷路になってしまったのだと言う。それでも居場所を失くした孤児達がここに居ついてしまうことがあるので、時折そんな孤児を探しては何とか市街地に送り出しているのだと言う。

「ここの衛生環境は最悪でしょう?子供が住む場所ではないわ。」

「ここをねぐらにしている人が好き放題に垂れ流ししているんでしょうね…。」

「黄金川と同じ臭いがするよねぇ〜〜…」

 アンネリは刺すような目でオリヴィアを牽制した。オリヴィアは口をつぐんで視線を外した。

 黄金川とはイェルマで厠として使われている川のことである。イェルマでは、この川の上に両岸をまたぐ細長い小屋を設置してる。この小屋の床板は何枚分か、わざと外されており、イェルメイド達はそこで用を足すのである。下流の方では、流れきれない糞尿が溜って肥溜めのような臭いがした。

 1kmぐらい歩いただろうか、女は石造りの大きな家に二人を招き入れた。

「セディママ、おかえりなさーい。」

「おかえりなさーい。」

 家の中には五歳から十歳ぐらいの四人の子供達がいた。

「待っててね。すぐ晩御飯にするからね。二人はどこか適当に座ってちょうだい…そうね、そこの寝台にでも腰掛けて。」

 オリヴィアとアンネリは女が使用しているであろう粗末な寝台に腰掛けた。さらに女は古びたドレッサーから自分の古着を出して、オリヴィアに着るように促した。

 セディママと呼ばれた女は大きな鍋に水を張り火を起こして釜戸に掛けた。すると、女の子がトートバッグから玉ねぎやじゃがいもを取り出し、まな板の上に並べた。別の女の子は戸棚からお皿を出してきて部屋いっぱいの大きすぎるテーブルの上に置いた。

「ありがとね。」

 セディママは料理を作り始めた。すると、ひとりの老女が訪ねてきて、戸口で言った。

「グレイスさん、悪いのだけど小麦粉を少し貸してもらえないかねぇ…。」

「おばあちゃん、昨日も借りて行ったぁー!」

「こらこらジョフリー!…すみませんねぇ、このくらいで良いかしら?」

「いつもいつもありがとねぇ…本当に恩に着るよ、必ず返すから…必ず返すから…」

 老女は小麦粉を両手に抱えて、お辞儀をしながら去っていった。

 アンネリは女に尋ねた。

「グレイスさんって言うんですね。みんな…お子さんですか?」

「違うわよ。さっきも言ったけど、このスラム街にいた孤児達よ。この辺りはスラム街でも比較的健全な区画だから、こちらに移動させてるのよ。みんなここで寝起きしてるわけじゃないわ。でも、食事時になると集まってきちゃうのよね。」

 そう言うと、グレイスは大声で笑った。

 オリヴィアは五歳くらいのたったひとりの男の子ジョフリーに、おいでおいでと手招きをしていた。男の子はオリヴィアを警戒して、グレイスの陰に隠れていた。

 しばらくすると、さらに三人の男の子が加わった。

「セディママ、お腹すいたー。」

「腹減ったぁ〜〜。」

 十二歳ぐらいの三人の男の子は、各々グレイスに今日稼いだ銅貨を手渡すとテーブルについた。子供達だけでも全部で七人…なるほど、だからテーブルが大きいのか…。

「この子たちは市街の雑貨屋や粉屋で荷物運びをやってるのよ。」

 みんなはテーブルについて、セディママが作った野菜スープとパンを食べた。

 ジョフリーがはしゃいでいた。

「オリヴィアぁ〜〜、ソレ取ってぇ、それじゃなくてパン!次は、スープ!…オリヴィアぁ、ふーふーしてっ!」

「はいはいっ!」

 いつの間に懐いたのか、ジョフリーはオリヴィアの膝の上で王様を気取っていた。

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