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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百二十五章 スケアクロウ

二百二十五章 スケアクロウ


 その頃、ラクスマン城下町の中心にある大きな粉問屋。

「いらっしゃい…あ、パイクさん…。」

「よう、デイヴィッド。繁盛してるか?」

「はい、おかげさまで。ギルマスに御用ですか?…なんか、たくさん集まってますけど、今日は何かあるんですか?」

「ギルドメンバーじゃないお前には関係ないことだよ。まぁ…気にするな。」

 二人は軽い会話を交わし、四十代と思しきパイクは二階に続く階段を上がっていった。二階には二十名のギルドメンバーが武装して待機していた。

「…三十分経ったら、突入して来い。」

 そう言って、パイクはさらに三階の階段を登り、三階のギルマスの部屋に入った。

「失礼しますよ、親父さん。」

「おお、パイク。久しぶりじゃな。」

 窓を背にして、三人の男が部屋の奥に座っていた。三人とも…三つの穴が空いただけの麻袋の覆面を被っており、首の辺りを紐で軽く絞っていたので…その姿はまさしく「案山子スケアクロウ」のように見えた。

 真ん中の男は背が低く、膝の上に金槌を一本置いていた。右の男は少し痩せた男で、背中に立派なコンポジットボウを背負っていた。左の男は腰に二本のロングソードをぶら下げていた。

「さて、パイク…儂らを呼び出して、今日は何の用だい?」

「は…このギルドも、結成して五十年になります。今日は…ギルド創設メンバーの御三方に引退を勧告しに参りました。…長い間、お疲れ様でした。」

「わははははっ…バカ言っちゃいかん。これからじゃよ、これから。」

「この俺が十歳の孤児だった時、一度だけ親父さんの素顔を拝見しました。あの時すでに親父さんは四十を超えていた。…これ以上、そのご老体に鞭打つことはありません。どうぞ、あとはこの俺に任せて…隠居なさってください。」

「なるほどな…そういうことか。下に手下を従えて来ているのは、わしらに有無も言わさぬためか。お前には少し野心があると思っておったが…いかんな、それは慢心だぞ。」

「このギルドも大きくなりました。カビの生えた古臭い掟など廃して、もっともっと大きくしたいと思っております。」

「古臭い掟じゃと…?」

「はい、…『殺す相手はラクスマンの者に限る』…これです。こんな掟のために仕事を選り好みしていては…ギルドは大きくなりません。ですから…」

「阿呆ぅ。この掟こそが…この暗殺者ギルド『スケアクロウ』結成の最大の理由なのだぞ。」

「時代は変わったのですよ、親父さん。…昔、聞きました。結成メンバーである御三方は元奴隷で…ラクスマン王国に恨みがあり、復讐のためにこのギルドを作ったのだと。ですが、暗殺に恨みや復讐心は必要ありません。お金をもらって人を殺す…ただ、それだけです。ビジネスですよ。」

「ふむむぅ…。お前たちは儂らの考えに賛同してくれているものと思っていたがな…。そのために、戦災孤児や奴隷を拾って育て、戦い方を教えてきたのだ。…お前の両親はラクスマンの兵士に殺されたのだぞ⁉︎…忘れたのか、絶対に復讐すると儂に誓ったではないか!」

「…復讐など、とうの昔に忘れました。」

「デイヴィッドのようにこのギルドに向かないと思った者にはカタギの仕事を与えてやった。お前にも…粉屋の仕事をくれてやるべきだったなぁ…。」

 その時、ギルドマスターの部屋の扉を蹴破って、パイクの二十人の手下が突入してきた。

「親父さん、お別れです…。」


 十分後、ギルマスの部屋は血の海と化し…その中に三人の案山子が立っていた。

 親父さんと呼ばれていたギルマスのポットピットは、二十一体の死体を確認していた。

「おかしいな。パイクの子飼い…ザックやジェイソン、アボットたちがいない。腕前からしても…ここにいないのは凄く変だ。」

 ポットピットが死体の顔をひとつひとつ確認していると、二人ほどまだ息があった。それを見た痩せ型の男、レヴィストールがか細い声で言った。

「…こ…殺さないと。す…すぐに…ら…楽にしてやらないと。」

「そうじゃな…レヴィストール、楽にしてやりな。」

 レヴィストールは近くの死体に刺さっていた矢を引き抜くと、二人の心臓にそれを深々と突き刺し…笑った。

「ひぃ〜〜っひひひ…ひゃっははははぁ〜〜っ!…死んだ、死んだぁ〜〜っ‼︎」

 大柄の男、ギガレスは無言だった。ポットビットはギガレスの方をじっと見つめて…それから頷いた。

「なるほど…パイクの家に帳簿があるはずじゃな。今、仕掛かりの仕事をちょいと調べてみるか。」

 ポットピットは覆面をはずし、返り血をべったり浴びた外套を脱ぎ捨てて、一階に降りていった。

「お〜〜い、デイヴィッド。すまんが…パイクの屋敷に行って、帳簿を取って来てくれんか。」

「かしこまりました。」

 一応、ポットピットは暗殺者ギルドの表の顔…この粉問屋のご隠居で通っていて、粉屋の全ての仕事をデイヴィッドに任せていた。デイヴィッドは暗殺者にならなかった元孤児や元奴隷、そして元暗殺者をうまく扱って店を切り盛りしている。ポットピットは思った…この店を作っておいて良かった。


 デイヴィッドは山のように帳簿を抱えて、三階のギルマスの部屋を訪ねた。

「失礼します…うわっ…!」

 扉を開けた途端、むせかえるような血の匂いがデイヴィッドの鼻を刺激した。二十一人の死体は放置されたままで…それを見て、デイヴィッドは言った。

「いつか、こんな日が来るんじゃないかと思ってました…。パイクさん、目がギラギラしてましたからね…。」

 デイヴィッドは死体の山にも驚いたが、実はレヴィストールとギガレスがその場にいることにも驚いていた。この二人はギルドの中でも特に異端で、ギルマスのポットピット以外、ギルドメンバーとは全くと言って良いほど交流を持っていなかったからだ。デイヴィッドが直接姿を見るのも十数年ぶりで…ポットピットを除いては案山子の覆面の下の顔を見た者など皆無だろう…。

 ポットピットは言った。

「このままでいいよ、後始末はギルドの者にやらせるから…。それより、帳簿じゃ。儂は帳簿とかよく分からん…デイヴィッド、代わりに見てくれんか。今、進行中の仕事はあるか?」

「えっと…見積り書を見たらいいのかな。ああ、ありました。受注して、今進行中になってるのは…二つです。ひとつはガリアン伯爵の長男の暗殺ですね…」

「ああ、それは知っておる。ウィリー、アンソニー、ボイドが引き受けたやつじゃな。…まぁ、跡目争いじゃわな。」

「もうひとつは…リーンの族長『黒のセレスティシア』の暗殺です。」

「…リーンだとっ⁉︎」

「はい。デイトン、ザック、アボット、ジェイソン、カーマイン、ロイ、クレル…七人も動員するなんて、随分大掛かりですね。」

「…そうか、パイクめ…とうに掟など眼中になかったか…。」

 ポットピットは眉間に皺を寄せ、目を閉じて長い顎鬚をさすっていた。後ろから大柄のギガレスがポットピットの肩に手を置いた。

「うむ、そうじゃの。掟は掟じゃ…。デイヴィッドよ、儂らはちょいと出かけてくるわい。馬車と一週間分の食糧を用意してくれんか。」

「分かりました。」

 あの七人が動いているのであれば…自分たち三人が行かねばならないとポットピットは思った。



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