二百二十三章 メグミちゃん、起きてる?
二百二十三章 メグミちゃん、起きてる?
夜、ヴィオレッタはリーン会堂の執務机の前で腕を組んで…反省していた。「策士、策に溺れる」とはまさに自分のことだと思った。前回の刺客が任務を放り出して逃亡したという偽情報を流したことで、新たな刺客はやって来ないと高を括ってしまった。もし、入植者がはじめからスパイではなく刺客だと想定していれば、ガンスの監視をしているホイットニー夫妻が危険な目に遭うだろう事は予想できたはずだ。
リーン会堂では、戦略司令官のスクルと参謀のタイレルはリーン周辺地図を睨んでいた。情報担当のティルムは情報の整理をしていた。兵站担当のベクメルは移動させたリーンの住民の食糧の捻出に頭を悩ませていた。
エヴェレットが村娘と共にお茶を運んできた。
「セレスティシア様、お茶をどうぞ。」
「あ…ありがとうございます、エヴェレットさん。」
「ホイットニーの事で、あまり思い詰めないでください。セレスティシア様のせいではありません。全ての責任を自分おひとりで背負い込んじゃダメですよ。」
「分かってます…分かってるけど…」
「セレスティシア様は全知全能の神なんかではないのですから…セレスティシア様はただのエルフの少女なのです。人よりも読書好きで、ちょっとおませさんなだけですよ。」
「…うん。」
ヴィオレッタは他の仲間と共に熱めのお茶をズズっと啜った。少し気が楽になった。
ヴィオレッタは万が一を考えて…「念話」を送った。
(メグミちゃん…起きてるかな?)
すると、銀色のロングヘアーで隠れている背中の皮チョッキの上がガサゴソした。大きな土蜘蛛…前回の功労者のメグミちゃんが肩の上まで移動してきた。
(起きてるよ〜〜、起きてるぅ〜〜!)
メグミちゃんは今や手のひらサイズまで成長していて、もうブローチの擬態で人の目を誤魔化すのは難しく、髪に隠れた背中が定位置となっていた。おまけに背中を移動する時に、ワンピースの上からでもヴィオレッタの肌をかなり刺激するので…皮のチョッキを着ることにしたのだった。
(メグミちゃん、だいぶ寒くなってきたねぇ…もっと寒くなったらずぅ〜〜っとおネムなのかな?)
(だいじょぶ、だいじょぶ…ヴィエッタあったかいから。)
(そっかぁ、寒くなって虫が減っちゃったねぇ…ご飯はどうしてるぅ?)
(いっぱい食べたからだいじょぶ。ずっとだいじょぶ。お腹すいたらねぇ…台所にチューチューがいるからだいじょぶよぉ〜〜。)
(チューチューって…ネズミのことかな?まぁ、それなら大丈夫だねぇ…)
そうなのだ…この頃になると、メグミちゃんは小鳥や小動物を捕食していた。ヴィオレッタにしてみれば、ちょっと抵抗はあるものの…蜘蛛であるメグミちゃんに文句を言っても仕方がない。だが…ヴィオレッタは安心した。この調子なら、刺客たちを撃退するしばらくの間は冬眠しないだろう。
朝になった。リーンは戦時体制となり、夜は戒厳令がしかれた。これからしばらくは避難してきた住民のために「セコイアの懐」での炊き出しが朝夕行われる。そのため、食事時にもなると、辺り周辺は大勢の人たちで埋め尽くされた。
ヴィオレッタはエヴェレットに持ってきてもらった炊き出しのごった煮をリーン会堂で食べていた。すると…
「セレチチア様あぁ〜〜…。」
「おや、シーラ、どうしたの?」
シーラは口の回りをいっぱいに汚してリーン会堂に入ってきた。朝ご飯は済ませたようだ。
「あのね…昨日ね…チモシーのお父ちゃんが死んじゃったの。それでね、チモシーが泣いてね…お布団から出て来ないのぉ…。」
「そうなんだ…シーラ、ティモシーをいっぱい慰めてあげてね。」
「うん…でね、あたちのお父ちゃんも死んだらいけないから、すぐ帰って来るようにセレチチア様がゆってちょうだい!」
「うぅ〜〜ん、難しい注文だねぇ…。今、ガレルさん…シーラのお父ちゃんには大事なお仕事をしてもらっているからねぇ…きっと大丈夫だよ。シーラのお父ちゃんは強いでしょ?」
「うんっ!凄く強いよぉ〜〜、クマでもウシでもやっつけるよぉ〜〜っ‼︎」
(…牛??)
「なら、大丈夫だね。そんなに強いんだったら、絶対に死なないよ。」
「…かなぁ?」
三頭の馬に乗った五人の刺客たちはドルインの国境を越えてリーン族長区に入った。
顔半分に火傷を負っているリーダー格のザックが馬の上から辺りを見回して言った。
「こりゃまた、草以外は何もないところだなぁ。リーンは牧畜の国だろう?ヤギの一匹も見当たらないぞ…。冬が近いにしても、まだ放牧してるはずだろう…。一匹でも捕まえられりゃ、うんと楽になるのになぁ…食糧を積んだ馬車はマットガイストに置いてきちまったからなぁ。」
斥候のクレルが言った。
「みんな、気づいてるか?俺たち、遠巻きに囲まれてるぞ。俺の『ウルフノーズ』が四、五人の人間の匂いを感知している。」
斥候のロイが言った。
「…だとしたら、太っちょじゃない方…窓から覗き見してた奴の仲間だな。…仕掛けが早いじゃないか…同じ斥候かな?…もしかして、家畜が見当たらないのはそのせいか?」
斥候のカーマインが言った。
「まさか!あたしたちを警戒して人も家畜も隠したってぇの⁉︎マットガイストで騒ぎを起こしたのは四日前よ。早馬を飛ばして知らせたにしても…動きが早すぎるんじゃない?」
ザックが言った。
「鳩か『念話』を使えば不可能じゃない。…どこか村を探そう。そこで、水と食糧の調達、それと情報収集をしよう。」
スキンヘッドのジャクソンが言った。
「…だな。もう、ウサギの肉は飽きた。」




