二百二十二章 ヴィオレッタの作戦
二百二十二章 ヴィオレッタの作戦
レンドが言った。
「いいか、エビータ…よく聞いてくれ。セレスティシア様の指示を伝えるぞ…俺たちはあの刺客たちを遠巻きに包囲する。交戦は絶対にするな!俺たちはただひたすら包囲するだけで…できるのであれば、あいつらの食糧確保の邪魔をして欲しいとのことだ。ダスティンとレイモンドは先にリーンに戻って待機している。」
レンドの言葉は、エビータが復讐の念に駆られて刺客たちに戦いを挑むことを警戒しての言だ。エビータは無言だったが、状況は理解していた。
「セレスティシア様は、俺たち…仲間が死なないように作戦を考えておられる。俺たちはあいつらを一定の距離を保ったまま囲んで…あいつらがリーンに到着するまでに、できるだけ消耗させる。そして、リーンまでおびき寄せた後、リーンの全兵力をもって殲滅するつもりだ。」
仲間が死なないように…でも、すでに死者は出ている。エビータはポツリと言った。
「あいつらは三人…今、こっちは四人。…やれるんじゃない?」
レンドが強い口調でエビータを嗜めた。
「おい、エビータ!今のお前は判断力が鈍ってるぞ‼︎…あいつらは三人じゃなく五人だ。斥候のお前が分からないはずはないだろう⁉︎」
「ああ…あと二人、影の中に隠れていたのね…⁉︎それに気づかないで…ホイットニーは油断して…」
レンドは続けた。
「とにかくだ、俺たちはセレスティシア様の命令に従って、あいつらが心身ともに疲れ果てるまで…一年でも二年でも包囲し続けるのだ。今から教会のハックさんを拾って、奴らを追いかけるぞ!」
ホイットニーとペレスの死を知らないダスティンとレイモンドの兄弟が「セコイアの懐」の村に到着すると、村の広場には招集された完全武装したリーンの兵士、一個師団五百名が整列していた。
二人が「セコイアの懐」のリーン会堂に入ると、中にはヴィオレッタをはじめとするリーンの中枢が揃っていて…そして、ダスティンが会堂の中を見渡してみると、お腹の大きな妻ルルブやナンシー母娘の姿もあった。
「ダスティンッ!」
「おお…ルルブ!」
ダスティンとルルブは熱い抱擁を交わした。
「ダッチンおじちゃんっ!」
頭突きで突進してくるシーラを手のひらで受け止め、ダスティンはシーラを抱きかかえた。
「シーラ、久しぶりだなぁ〜〜。少し大きくなったか?」
「うん、大きくなったよぉ〜〜っ!」
レイモンドもみんなに手を振った。
「あ〜〜、レーモンもいるぅ〜〜!」
テーブルの真ん中に座っていたヴィオレッタが兄弟に声を掛けた。
「やあ、ご苦労様、久しぶりだね。」
ダスティンとレイモンドは片膝を突いてヴィオレッタに挨拶をした。
「はっ、セレスティシア様。」
レイモンドはヴィオレッタを久しぶりに見て、以前とは何かが違うなと思った。それは、ヴィオレッタが皮のチョッキを着ていたからだ。ヴィオレッタはいつも白のワンピースに喪章代わりの黒のストールを首に巻き付けていた。黒のストールはそのままだが、今は暖かそうなのヒョウの皮のマントと茶色の皮のチョッキを着ていて、ちょっと印象が変わったように思えた。寒くなったからだろうか?
「よろしく頼みますね。今回の作戦では、ホイットニーの一族の皆さんには重要な役回りをしてもらいます。前の刺客は『斥候』職でした…マットガイストからの報告では、『剣士』職が確認されていますが、五人の中には『斥候』職もいると私は予想しています。『斥候』を止められるのは『斥候』しかいないでしょう。皆さんには大きな包囲網を敷いてもらって、その中から刺客たちを絶対に逃さないでください…五人を絶対に見失わないでください。リーンの国境付近は草原しかないので、刺客が潜伏する場所はありません。なので、そこを主戦場とします。包囲網の中で、真っ直ぐにしか進めなくなった刺客たちの真正面にリーンの武装兵団をぶっつけます!」
刺客の恐ろしさをよく知るレイモンドは思った。なるほど、刺客の特性は…正体を見せず、隠れ、潜伏し、隙を突いて一撃必殺で離脱することだ。その特性を封じてしまうための包囲網か。そして、小細工を労せず…圧倒的多数の圧倒的火力をぶつけて刺客どもを瞬時殲滅するという作戦だな。これならば、手練れ五人と言えどもひとたまりもないだろう。五人相手に百人以上の武装兵団をぶつけるなど大掛かり過ぎる、少数精鋭で良いのではないかと思われるだろうが…しかし、奴らに自由自在に動ける空間を与えるよりも…一箇所に百人単位の兵士を投入して逆に空間を埋め、奴らの最大の利点…スピードを殺してしまうという意図もあるのだ…さすがはセレスティシア様だ。前回の刺客の襲撃で、あわやという場面まで追い詰められた…その教訓をしっかりと学習されている…。
情報担当のティムルに伝令として付けたハックから「念話」が届いた。
「ハックから新しい情報です。刺客たちは馬で移動している模様…え?…あ…。」
ティルムの顔色にヴィオレッタが反応した。
「ティルムさん、どうしましたか?」
「…申し上げにくいのですが、こちら側にも死者が出ました…」
「…⁉︎」
「…ホイットニーとペレスが…」
会堂内が騒然とした。ホイットニー一族はシーラを除いて、みな顔を下に向けて目を閉じてしまった。シーラだけがキョロキョロとみんなを見回して、不思議そうな顔をして母ナンシーのスカートの裾を引っ張っていた。
ヴィオレッタはほぞを噛んだ。
(あああぁ〜〜、しまったぁ!…遅かったかっ‼︎)
その頃、ティモシーとベクメルはリーンの村々を馬で駆け巡り、リーンの民に避難命令を発していた。ある者は「セコイアの懐」に避難させ、ある者は隣のベルデン族長区に引き受けてもらった。
まる一日かけて、手分けしてリーンじゅうを走り回ったので二人はへとへとだった。「セコイアの懐」に続く小径をボツボツと馬を歩かせていると、前方からダスティンとレイモンドがやって来た。
「ダスティンおじさん、レイモンドおじさん、意外に早かったね。」
「お…おう。ティモシー…元気そうだな。」
「えええぇ〜〜、元気じゃないですよぉ〜〜!一日じゅう馬で駆け回ってたから、もうクタクタで…。」
「ははは…そうか。俺たちは国境あたりに待機して、他の連中のサポートにあたる。お前はリーン会堂でゆっくり休め…」
「はぁ〜〜い。」
「…それでな、ティモシー…」
「はい?」
「いや…いい。」
そう言って…肝心な事を言えずにダスティンたちは草原の方に歩いて行った。
ティモシーとベクメルがリーン会堂に戻ってきた。
ヴィオレッタは二人をねぎらった。
「ご苦労様。ティモシー、途中、おじさんたちと会った?」
「会いましたよ。」
少し疲れてはいるけれどもいつもと変わらないティモシーを見て、ヴィオレッタはひとつ溜息をついて…それから言った。
「…おじさんたちに…聞かなかった?」
「何をですか?」
(あの二人…私に押し付ける気ね…。まぁ、こうなることを見通せなかった私にも責任はあるのだけれども…)
ヴィオレッタは大きく深呼吸をして心を鎮め…それから、ティモシーに向かって話した。
「ティモシー、お父さんが…ホイットニーさんが亡くなったよ…。」
「……え⁉︎」




