二百二十一章 ホイットニーの死
二百二十一章 ホイットニーの死
五人の刺客たちは三頭の馬に分乗して冬も近い草原を走っていた。目指すはドルイン族長区にあるガンスの家だ。
刺客たちは馬上で話をしていた。
「…いいのかい?今回のヤマはギルドの規則違反だろう…俺たちはギルマスに粛正されたりしないか?」
「…パイクさんがギルマスに内緒で受けたヤマだ。ギルマスの考えはもう古いっていつも言ってたからな。パイクさん…ギルドを本気で乗っ取る気だぞ。」
「へへへ…じゃぁ、俺たちがラクスマンに帰る頃には、ギルドは『新生スケアクロウ』になってるわけだ。」
「そう言う事だ。とにかく…俺たちはまず、スパイ周旋人のガンスを探し出して事の真相を確かめ、そして…ターゲットを殺る。」
五人はそんな話をしながら、草原の中で馬を走らせた。
ドルイン族長区の首都ハレエドルにあるガンスの家はハレエドルの中心からかなり外れた場所にあった。スパイ周旋人であるガンス自身も情報収集をしているのだろう…情報を集めやすい首都に居を構えていたのだ。
そこから約20m離れた放棄された荒屋にホイットニー夫妻がいて、四六時中ガンスを監視していた。ガンスが動くとホイットニー夫妻も動き、何か問題があれば夫妻のどちらかが報告に走る。
監視をしていたホイットニーが妻のエビータを呼んだ。
「どうしたの?」
「見てみろ…怪しい三人組がガンスの家にやって来たぞ。お…中に入った。」
しばらくすると、家から三人組が出てきて首都の中心に向かって馬を曳いて歩き出した。
ホイットニーはエビータに言った。
「俺が三人組を追いかける。お前はガンスを見張っていてくれ。」
「あんた、気をつけてね。」
ホイットニーは隠していた馬を曳いて荒屋を出ていった。
エビータがガンスの家を見張っていると、慌てた風でガンスが出てきて、まとめた荷物を馬車に積み込み始めた。
(んん…どうしたのかしら、急に慌てて…。仕事に出かける時間ではないし…。)
エビータは不思議に思いつつも、隠してあったもう一頭の馬に乗ってガンスの馬車を追いかけた。
ガンスの馬車はハレエドルを出ると、マットガイスト族長区に続いている一本道に入った。ここでエビータは状況の異常さに気がついた。
(もしかして…マットガイストに逃げるつもり?さっきの三人は多分新しいスパイだわ…彼らから何か情報を得て…自分の正体がバレていることに勘づいた?)
エビータはしばし迷ったが、これはもうガンスを確保するしかないと思い、馬に鞭を当て、馬車に追いつくべく疾走した。
追手の気配に気づいたのか、ガンスの馬車は速度を上げて土煙を巻き上げながら一本道を爆走した。
エビータは馬車の馬の横まで追いついて並走すると、左手から黒い靄の様なものを出し、それで馬の頭部を包んだ。馬は次第に視界が暗くなっていくことに驚き、速度を落とした。エビータはすぐに馬車に飛び移り、ガンスの喉元にナイフを突きつけた。
「ガンス、馬車を止めなさい!」
「う…お前は…やはり見張られてたのか…!」
エビータはハーフのダークエルフで、ホイットニーの一族の中では一番年長の七百二十一歳だ。斥候としての腕も確かなので、一族ではリーダー格だった。そのエビータを妻にしたことで、今ではホイットニーがエビータになり変わって一族の長を務めているのだ。
ガンスが馬車を止めると、エビータはガンスの両手を後ろ手に縛った。すると…後方から三騎の騎馬がエビータたちに追いついてきた。
騎手のひとりが声を掛けてきた。
「エビータ!」
「レンド、ガレル、ピック…どうしてここへ?」
「蹄の跡を追いかけて来た…こいつがガンスか?」
「そうよ、逃亡を図ったので拘束した。」
「五人は?こいつに接触するはずだが…。」
「三人組なら…ホイットニーが尾行していったけど…五人?」
「ちっ、一足遅かったか!…まずいな…」
「どういうこと⁉︎」
「状況が変わった…こいつに接触した奴らはスパイじゃなく殺し屋だ!」
「…え‼︎」
「すぐにホイットニーを追いかけよう!あいつらはこっちのカラクリを知ってやがる…下手するとホイットニーが危ない‼︎」
「…‼︎」
ホイットニーはガンスと接触した三人組を密かに尾行した。三人組はハレエドルの中心を素通りして、西の町外れへと向かっていた。
(む…あいつら、ペレスの家の方向に向かっているな…。どういうことだ?)
ホイットニーは考えた。こいつらは新しいスパイだ。ラクスマン出身のスパイ周旋人のガンスを頼って接触するのは判る…しかし、ペレスに接触して何の得がある?そもそも、スパイになった連中が顔を合わせるなんて、ガンスにしてみれば良いことはひとつもないだろう。スパイたちに徒党を組まれたら、コントロールしにくくなる。…もしかすると、ガンスはお払い箱になる予定で、こいつらはガンスの後釜としてやって来たのか?
そうしているうちに、三人組はペレスの家に到着した。
ひとりがペレスの家の扉をノックした。ペレスが扉を開けた瞬間、三人はペレスの家に押し入った。
これは只事ではないと察したホイットニーはすぐさまペレスの家に忍び寄って…小窓から中の様子を窺った。その瞬間…背中に激痛が走った。
「ぐうっ…」
ホイットニーの背後に四人目がおり…ホイットニーの心臓を背中からナイフでひと突きした。…ホイットニーは絶命した。
「やっぱり監視がついていやがった。おい、そいつは吐いたか?」
「おう…こいつがセレスティシアに頼まれて、偽情報を流したようだ。デイトンは返り討ちにあって死んだとよ。」
「そうか、まぁ…敵前逃亡よりはましだな。そいじゃぁ、そいつにセレスティシアの居場所まで案内してもらうとするか…」
「ちょっと待って。この人…死んでるわよ…」
「ええっ!生爪三枚剥いだぐらいで…?…心臓麻痺か…。」
「もおぉ〜〜…ジェイソンってば、相手を見て手加減しなさいよぉっ!」
「…すまん。」
五人がペレスの家を去った一時間後、エビータたちはホイットニーとペレスの死体を発見した。
「あああぁ〜〜…あんたあぁ〜〜っ…‼︎」
エビータはホイットニーの体にすがりついて…泣いた。レンドがホイットニーの体を調べて言った。
「…後ろから心臓をひと突きだ。気休めだが…苦しかったのは一瞬だ…。」
レンドはエビータの肩に手を置いて、みんなと同じようにうつむいた。




