二百二十章 ルカの都見物 その4
二百二十章 ルカの都見物 その4
夕方になっても、ルカは極楽亭にいた。ホーキンズの奢りで、五等級のワンボトルをラッパ飲みしながらジャガイモとベーコンの煮物をホイホイと口に放り込んでいた。
夕食を食べに集まってきた冒険者たちが口々に挨拶をよこした。
「よお、ルカ。まだ飲んでるのかい。」
「放っとけ。」
「ルカ、うちのパーティーに来いよ。」
「考えておく。」
「結婚しよ〜〜ぜぇ。」
「クソがっ!」
極楽亭は客でごった返し、ヘクターとジョルジュがコマネズミのように一階ホールを忙しく走り回っていた。
ヒラリーがやって来た。
「おお…師範、まだいたんだ。」
「ヒラリーか…お前、酒弱いな。こっち来て飲み直せ!」
「うう、酒が弱いって言われたの…初めてだよ。ちょっと…昼の酒がまだ残ってるから勘弁して…。」
注文を取りにジョルジュがやって来た。
「ヒラリーさん、珍しいですね。ご注文は?…夕食なら、今日はおじゃがとベーコンの煮込みとコーンスープですよ。」
「じゃあ、それで。パンを一個付けてね。」
「かしこまりましたぁ。ルカ師匠、ワインはまだありますかぁ?切れたら、僕に言ってくださいねぇ〜〜!」
「まだ大丈夫だ。ありがとう、ジョルジュ。」
ジョルジュは他の客に呼ばれて、一目散に走って行った。
ヒラリーはルカの方に少し体を乗り出して小声で言った。
「ジョルジュったら…この前まで『ヒラリー師匠!』って言ってたのにねぇ…」
ルカが破顔して大声で笑った。
「はっはっはっはぁ…そ、そうか。ジョルジュの奴め…あはっはっはっはっはぁ…!」
ルカはその勢いで、ボトルを飲み干して…しばらくして、煮込みにパンを突っ込んで食べているヒラリーに言った。
「…ワインが無くなった。」
「ジョルジュを呼べば?」
「…三等級が飲みたい…。ヒラリー、奢ってくれないか?」
「う…三等級は一杯銅貨五十枚、ボトルで銀貨二枚ですよ…ご勘弁を。」
「そ…そうか。」
すると、ヒラリーは少し考えてから言った。
「ルカ師範、腕っぷしには自信あるんだよね?」
「おうっ!」
ヒラリーは突然、椅子の上に立って一階ホールの客に向かって大声で叫んだ。
「おぉ〜〜い、みんな、聞いてくれ!今からルカ師範と腕相撲大会を始めるよぉ〜〜、我こそはと思う者は名乗り出てくれ‼︎」
「やるやる、俺やるっ!」
ひょろっとしたお調子者の冒険者が名乗り出て、ルカの前に歩み寄った。ルカと冒険者が右手を組み合うと…ヒラリーは言った。
「一発勝負だ。負けたら…ルカ師範に三等級のワインを一杯奢りだぞ!」
「…え⁉︎」
ドゴォッ…!
冒険者の右手の甲は一瞬でテーブルに打ち据えらえた。一階ホールが笑いと歓声に包まれた。ヘクターが笑顔でボトルを持ってきて、ルカのコップに三等級のワインをなみなみと注いだ。冒険者はこういう余興が大好きだ。
右手を痛がって猫背になっている冒険者を蹴飛ばして、大柄の冒険者が歩み出てきた。
「…弱い奴はどいてろっ!今度は俺が挑戦するぞっ、女ごときに腕相撲で負けてたまるかっ‼︎」
二人が右手を組むと…じりじりとルカの右手が覆い被さっていき、冒険者の右手の甲をテーブルに押しつけた。
「次は俺だ!」
「くっそ、女に負けてたまるか!」
ルカは挑戦者を次々と負かしていき、三等級のワインを堪能した。
(うぅ〜〜…やっぱり美味いっ!)
すると…
「お前ら、だらしねぇなぁ〜〜…俺に任せろ!」
巨漢の冒険者が現れてルカに挑んだ。体重だけでも200kgはあるだろうか…丸太のような太い腕で、組んだルカの腕が小枝に見えるほどだった。
巨漢の男は右腕に200kgの体重を乗せてきて、次第にルカの右手が押されていった。すぐそばで、ヘクターとジョルジュがハラハラしながら見ていた。
「ルカ師匠、頑張れぇ〜〜!負けるなぁ〜〜っ‼︎」
ジョルジュの声援に、ルカは腕にありったけの力を込めた。
(絶対に負けられんっ‼︎)
しかし、それでもルカの右手は徐々にテーブルに近づいていった。ルカは少し体を捻って、男の圧力を肩の筋肉で引き受けて…ランサーの深度2の投擲スキル「ジャベリン」を発動させた。
「うおりゃあぁぁ〜〜〜〜っ‼︎」
槍を飛ばすように、巨漢の男はルカの右腕一本で投げ飛ばされ、一階ホールの床に転がった。
「ルカ、凄えぇ〜〜っ…最強の冒険者だっ‼︎」
極楽亭の一階ホールはルカを讃える歓声で溢れた。ジョルジュは小躍りして大喜びしていた。
時刻は午後九時を過ぎ、極楽亭の客も減っていった。ヒラリーもルカに挨拶をして、常宿の赤貧亭に帰っていった。
ジョルジュとコックが客の飲み食いした食器の後片付けをしていた時、ヘクターが酔い潰れそうなルカに近づいていって…こう言った。
「ルカさん、腕相撲…俺と勝負してくれないか⁉︎」
「…なぬぅ〜〜?」
「俺にもまだ、冒険者としての熱い魂が残っていたらしい…仲間の勝負を見ていたら、血がたぎってきて居ても立ってもいられなかったんだ。剣での勝負はできないが…腕相撲なら!」
「…うむむぅ…。」
「三等級のボトルを賭けるぞっ!」
「…よし…やるかぁっ…!」
すると、ヘクターは麻のシャツを脱ぎ捨て、上半身裸になった。見事な筋肉が…ルカを魅了した。
「ほほぉ〜〜…良い体してるじゃないか…!」
「剣は振れなくなったが…今でも体だけは鍛えているんだ。見てくれ、このシックスパックを!」
「何をぉ〜〜…私だってな、そんぐらい…!」
ルカは自分のシャツをめくって、見事に六つに割れた腹筋をヘクターに見せた。それを見たヘクターは…僅かに頬を赤らめた。
二人がテーブルの上で右手を組むと、ジョルジュがすっ飛んできた。
「どっちも負けるなぁ〜〜っ!」
ルカがジョルジュに少しからかい気味に言った。
「…おいおい、私を応援しろよぉ〜〜。」
「うう〜〜ん…両方師匠だからなぁ…。」
ルカは笑いながら、右腕に力を込めた。それに反応してヘクターも力を入れた。序盤、二人の力は拮抗して二本の右腕はぶるぶる震えながらも微動だにしなかった。が、十数人と腕相撲の相手をしたせいか、それとも深酒が祟ったか…徐々にルカの右腕が沈んでいった。ルカは渾身の力で盛り返そうとした。そして、ヘクターもそれに抵抗して渾身の力を込めた。その時…
バキッ…!
「…ああっ!」
ヘクターが突然力を緩めた。ルカが不思議そうな顔でヘクターを見た。
「どうした?」
「義足が…折れた。うう…膝もちょっと痛めたかな…。」
腕相撲で右足を踏ん張ったせいで、義足の先の棒部分が根元の固定した部分からそっくり外れてしまったのだ。そしてその瞬間、膝を不自然に捻ったようだった。
「…釘が錆びてボロボロだ。もう、十年以上使ってたからなぁ…こりゃぁ、職人に修理してもらわんと…。ジョルジュ、俺の部屋から松葉杖持って来い。」
「ああ、いい。私が部屋に連れて行ってやる。」
ルカはヘクターの左腕を肩に抱え、ひょいと持ち上げた。ヘクターの裸の上半身から汗の匂いがした…ルカは少し男の匂いを意識してしまった。
心配して、ジョルジュが二人の後を着いて行こうとすると…新しいコックのチャックが止めた。
「ジュルジュ…行くな、二人だけにしてやりな。」
「…何で?」
「何ででもだ。」
二人は一階の奥にあるヘクターの寝室に入ると、ルカがサイドテーブルの上の燭台に火を点けて寝台の上に腰掛けた。ヘクターは右足を左膝の上に乗せて、義足を固定している皮バンドを外した。義足を外すと右足の膝からすぐ下の切断面の肉が盛り上がっていて、いまだに少し赤みを帯びていた。ルカはその切断面の盛り上がりをまじまじと見ていた。
「痛ててて…膝の筋をちょっとやったみたいだ…。」
「大丈夫か?」
「ああ、これぐらいなら、二、三日で治るさ。」
ルカは右足の肉の盛り上がりを指で触ってみた…ヘクターはドキッとした。
「これは…今でも痛むのか?」
「いや、だが…雨が降ると、シクシクと痛むことがあるな。」
「そうか!…私もなんだよ。この背中の古傷がな…」
ルカは上着を脱いで、ヘクターに背中の右上から左下にかけて袈裟に伸びる大きな刀傷を見せた。ヘクターは…ルカの適度にふくよかな乳房が気になって…刀傷どころではなかったが、そういうことに頓着しないイェルメイドのルカはお構いなしに喋り続けた。
「まだ十代の頃かな、不覚にもエステリックの兵隊どもに囲まれてしまって…痛いのを食らっちまったよ。三日三晩寝込んで…死にかけた。」
ヘクターにはルカの話を聞く余裕などなく…全く別の事を考えていた。
ヘクターは三十六歳。若い頃は血気盛んで幾人もの女にちょっかいを掛けていたが、強面の顔が災いしてか、その度にこっ酷く振られてばかりだった。それで…剣の才覚があったため、色恋沙汰に見切りをつけて一流の剣士を目指し、冒険者稼業にのめり込んで一級冒険者になったものの…右足を失い、今に至っている。
(このまま…いけるのか⁉︎…また、拒絶されるんじゃ…?)
ヘクターはどうしたら良いか判らず…迷いに迷って、ひと言いった。
「さ…触って良いか?」
「ああ、いいぞ。」
ルカの意外な返答に、ヘクターはドギマギしながら…指でルカの古傷に触れて、右上から左下になぞってみた。
古傷を触れられたルカは、その瞬間…声が出そうになるほど感じてしまった。
ルカはヘクターのことを好ましく思っていた。なぜなら…イェルマでは、人口を増やすために「出産」が奨励されており、特に兵力の需要から、相手は体が大きくて強い「男」が求められていた。その事を若い頃から教え込まれていたルカにしてみれば、ヘクターはお眼鏡に適った「男」だったし、それに加えて…右足を失った剣士、ヘクターの悲哀がルカの「母性」をくすぐったのだ。
ルカは振り向いてヘクターをじっと見つめ、お返しにとヘクターの見事なシックスパックを指で突いて…微笑みを浮かべていた。
(い…いけるかな?い…いってみようかな?これはもう…行くしかないかな…?)
ヘクターは迷いながらも…ルカの上に覆い被さっていった。
早朝五時、ルカはヘクターの隣で目を覚ました。ルカは寝台から降りて衣服を着ると静かに部屋を出た。三十六年の想いのありったけをルカにぶつけたヘクターは熟睡していてピクリとも動かなかった。
一階ホールには客が来ていて、早朝練習でいつも一番早起きのジョルジュが応対していた。
「あ、ルカ師匠。今、呼びに行こうかと思ってました。お客さんですよ!」
ジョルジュが客と呼んだ男は、鍔広帽子を被っていてその帽子には羽根飾りが付いていた。
「初めまして。…私は『鳩屋』のクラインと申します。ユーレンベルグ男爵の意向で、今度コッペリ村に『鳩屋』の支店を出すことになりました。道中、よろしくお願いします。」
「ああ、あんたが『その筋』の人か。よし…出発するか。」
すると、ジョルジュが不安そうな顔をして言った。
「え…ルカ師匠、どこ行くの?」
「来たところに帰るのだ。」
「えええ…」
今にも泣きそうなジョルジュの頭を、ルカはポンポンと優しく二度叩いた。
「頑張って稽古しろよ。強くなったら、イェルマに来い。私が稽古をつけてやるからな。」
そう言って、ルカは極楽亭の外に出た。
外には「鳩屋」の馬車が停まっていて、その後ろにはイェルマから乗って来た馬車もあった。だが、その御者台には…身なりの良いひとりの若者が座っていた。陰気な顔をしたその若者はルカを見ても無言を通していた。ルカは怪訝な顔でクラインに尋ねた。
「あいつは誰だ?」
「ユーレンベルグ男爵様の御次男…ハインツ様です。」
「…あれか、妻を亡くしたっていう?」
「…左様です。屋敷に籠りがちになっておりましたので…人いきれのする王都よりものんびりした田舎村で転地療養をとのことで…一緒にコッペリ村に行くことになりました。」
クラインは男爵から預かってきた皮袋をルカに渡した。
「おおっ!貰うものさえ貰えば、何の文句もないぞ‼︎」
こうしてルカたちは極楽亭を出発した。ハインツを乗せたルカの操る馬車は先頭を走り、ハインツの顔パスでティアークの東城門を抜けていった。




