二十二章 宿替え
二十二章 宿替え
次の日、ヴィオレッタは早起きした。身支度を済ませると、すぐに一階に降りていった。
「おはようヴィオレッタ、早いね。」
ヘクターはヴィオレッタを童女だと思っている。
「おはようございます。すぐに出かけます。朝食がわりにパンをひとつ持って行ってもいいかしら。」
「構わないよ。」
ヴィオレッタは籠から焼き立てのパンをひとつ取って極楽亭を出た。
ヴィオレッタが大通りを歩いていると、向こう側から二騎の騎馬を先頭に大勢の兵士がやって来た。彼らは皆皮鎧に皮兜、槍、盾、ロングソードと同じ装備をしていた。
(統一された装備…義勇兵団?それとも憲兵隊かな?)
彼らはヴィオレッタとすれ違うと、隊の半分が冒険者ギルドに、もう半分は極楽亭に入っていった。
(何が起きたのかしら?)
そうは思ったけれど、ヴィオレッタは修復士の件が気になっていて先を急いだ。
ヴィオレッタが筆写士事務所を訪れると、ダントンから残念な知らせを聞かされた。
「ヴィオレッタさん、昨日の夜、使いが戻ってきました…。」
「それで?」
「どうも…先約で王立図書館の仕事があるそうです。それも長期の仕事らしくて…ヴィオレッタさんの仕事は受けられない…とのことでした。」
「あああ〜〜〜…」
ヴィオレッタは肩を落とし、深いため息をついた。もうこれは、十五日にシーグアと直接会えることを神に祈るしかない。そして、筆者本人なら『神の祝福』を持っているだろうから、売ってもらうか、貸してもらうか、もしくは内容を教えてもらうか…。
ヴィオレッタはダントンと共に事務所の倉庫に移動した。埃っぽい倉庫の真ん中に置かれた小汚い樽をじっと見つめた。樽の中身の所有権はヴィオレッタにあった。
ヴィオレッタは中のぼろ屑のような羊皮紙のゲラを一枚手に取った。すると、それはぼろぼろと崩れ落ち、粉々になって樽の中に戻っていった。
夕方、極楽亭に戻ると、ヘクターが血相を変えてヴィオレッタのところに飛んできた。
「大変なことが起きたぞ!」
「?」
「今朝、お嬢ちゃんが出ていってすぐ、憲兵隊の手入れがあった。オリヴィアが伯爵の屋敷で強盗殺人をやったらしい!」
「強盗殺人⁉︎」
「憲兵はオリヴィアがここに泊まってることや冒険者だってこともなぜか知ってたぞ。いろいろしつこく尋問された。オリヴィアの部屋は家探しされてぐちゃぐちゃだ。冒険者ギルドにも行ったぞ。一体、どうなってるんだ?本当にやったのか?」
「わかりません…私にも何ひとつ連絡が来ていません…。でも…」
「…悪いんだが、すぐにギルマスのホーキンズさんのところに行ってくれないか?事情を聞きたいそうだ。」
ヴィオレッタは冒険者ギルドのギルマスの部屋を訪ねた。部屋にはギルマスのホーキンズと受付嬢のレイチェルがいた。
ヴィオレッタは昨日の夜からオリヴィアが行方不明になっていたこと、アンネリがオリヴィアを探して伯爵の屋敷に行ったことを話した。
「なるほど、オリヴィアは事件を起こしたのではなく、事件に巻き込まれたのだと言いたいんだね?」
「はい、子爵の息子で服屋の店員と名乗る男が、伯爵が金髪女を気に入って別宅に連れて行った…と言ったそうです。その金髪女をオリヴィアだと確信したアンネリが伯爵の別宅に向かったのです。ということは、オリヴィアは伯爵に招かれてその場所にいたのであって、少なくとも押し入ったのではありません。」
「ああ、そういえば昨日の夜、子爵の息子だぁってバカが来ましたね。アンネリがそいつのことを気にかけてました。」
さりげなく口が悪いレイチェルだった。
「ふむふむ、レイチェルの証言と総合すると、お嬢ちゃんの話は信憑性が高い。憲兵が言っていた斥候らしき黒髪の少女ってのはアンネリのことか。どっちにしても困ったな。相手は貴族だ、何が何でも強盗殺人で押し通してくるだろうな…。」
「マスター、ユーレンベルグ男爵に相談してみては?」
「今回は無理だな。伯爵位の方が上だからな…。」
三人はしばらく黙り込んだ。溜息をひとつついてホーキンズが再び話し始めた。
「とにかくだ…お嬢ちゃんは宿を替えた方がいい。オリヴィアとつるんでいるところを人に見られてるだろ?痛くない腹を探られるってこともあるしな。ダフネにはこっちから連絡を入れておく。」
痛くない腹を探られるか…確かに私は奴隷で、所有権はまだ奴隷商人にある。素性がばれるとさらに面倒なことになる。
「レイチェル君、とりあえずヴィオレッタを赤貧亭に案内してやってくれ。あそこはヒラリーの常宿だから、連絡がつけやすい。」
「分かりました。」
冒険者ギルドのギルドマスター、ホーキンズは私達を貴族に売る気は毛頭ないようだ…ヴィオレッタはしかめっ面のホーキンズの顔をじっと見た。




