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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百十五章 怪しき入植者

二百十五章 怪しき入植者


 深夜、中隊長ピートはマットガイスト族長区とラクスマン王国の緩衝地帯を第八中隊を率いて先頭を歩いていた。ピートの後をザクレンとその親衛隊が荷車を伴って続いた。

 ラクスマンの国境に近づくと、闇の中でランタンの光の点滅が確認できた。

 くだんの兵士長が現れた。

「やあ、ピートさん、一週間ぶりですね。」

「これをどうぞ…金貨二十枚が入っています。」

「どうも…ライ麦とひよこ豆はあそこに置いてありますよ。」

 第八中隊は岩陰に隠していたライ麦とひよこ豆、計6トンを荷車に積み込んだ。すると…

「ピートさん…例の件、覚えていますか?」

「例の件…?」

「新しい入植者ですよ。戸籍を三つ、用意していただけましたか?」

「ああ…もちろんですよ。首都バクレンに来てもらえれば、身分証を発行いたしますよ。」

「分かりました…おい、お前たち…!」

 ラクスマンの陣営から一台の馬車が現れて、三人の入植者が降りて来て…小さくお辞儀をした。彼らはこげ茶色の外套を頭からすっぽりと被り、前でピタリと閉じていたので、顔や装備はさっぱりわからなかった。

 ザクレンはこの不気味な三人が勘に触ったのか、三人に向けて叫んだ。

「おい、顔ぐらい見せろよっ!」

 三人はしばし動かなかったが、フードを取って顔を見せた。ひとりは頬に向う傷があり、もうひとりはスキンヘッドだった。そして最後のひとりは…顔半分に火傷の痕があった。

(…こりゃあどうも…こいつら、畑を耕したり羊の番をするようなツラじゃねぇな…絶対に兵隊だな。ここで三人ともぶっ殺したいところだが、セレスティシアに釘を刺されているからなぁ…。)

 ザクレンは即斬首刑を思いとどまって、三人の馬車と共に本陣に戻った。

 大本営の幕屋に戻ったザクレンは三人の入植者に言った。

「お前たちは明日の朝、バクレンに連れて行く。今晩はどこでも好きな場所で寝るがいい。」

 向う傷の男が言った。

「外に幕屋を張って、三人で寝る。それでもいいか?」

「好きにしろ。」

 三人は大本営の幕屋から出て、馬車からテントを引っ張り出し設営して中に入った。

 ザクレンは親衛隊のひとりを呼んで命令した。

「念のためだ…三人を監視しておけ。」

「はっ。」

 大本営の周りには兵士たちの幕屋が多数ひしめいており、敵の夜襲を警戒してかがり火を絶やさないので真夜中でも明るかった。ザクレンの命令を受けた親衛隊員は物陰から入植者のテントを見張っていた。

 夜明け前のことだった。物陰に潜んだ親衛隊員の監視の中、三つの人影がテントからするりと抜け出し、もの凄い速さで兵士の幕屋を縫って移動していった。親衛隊員は意外な展開に驚きつつも、その人影を追った。

(なぜだ?朝を待てば身分証は手に入るのに…こんな危険を冒さなくても…。)

 親衛隊員は三つの人影を見失ってしまった。彼はすぐにとって返し、この事態をザクレンに報告すべく大本営の幕屋に向かった。すると、大本営のそばで信じられないものを見た。遁走したはずの三人が…テントの前で薪に火を起こそうとしているではないか。

(う…嘘だろうっ⁉︎)

 この事を報告して…ザクレンは自分が見たものを信じてくれるだろうか?親衛隊員は報告することを止めてしまった。

 朝、ザクレンたちは6トンの穀物と三人の入植者と共に首都バクレンを目指した。

 些細な出来事がきっかけとなった。馬車の御者台の上のスキンヘッドの男が馬に乗って先頭を行くザクレンに尋ねた。

「あんた…副長なんだろう。どうして、中隊長のピートを差し置いて先頭を歩いているんだ?今までの物言いにしても、あんた…隊長のピートよりも威張ってるな。」

 彼らにしてみれば、リーン族長区連邦に潜入して頼れる者と言えば闇取引きに関与している第二師団長と第八中隊長のピート、それからスパイ周旋人のガンスのみだ。そのピートがないがしろにされていると見て余計なひと言を発したのだ。

 それを聞いたピートは凍りついた。そしてやはり…ザクレンはぶち切れた。

「マットガイストの族長が先頭を歩いて何が悪いんだっ!スパイのくせしやがって…もっともらしい事を言うんじゃねぇっ‼︎」

 ザクレンは顔を歪ませて、親衛隊に顎をしゃくり上げて見せた…死刑の合図だ。十人の親衛隊が一斉に三人の入植者に牙を剥いた。

 親衛隊のひとりが、馬車の馬を曳いていたスキンヘッドの男の胸に槍を突き立てた。しかし…

ガキッ!

 鈍い金属音がした。槍の切先はこげ茶の外套は突き通したものの、何か硬い物に阻まれてそれ以上は進んでいかなかった。その代わりに、こげ茶の外套の隙間からショートソードが現れて…その親衛隊の腹を貫いた。

「ぐええぇっ…!」

 親衛隊員の呻き声と同時に、皆が一斉にスキルを発動させ混戦状態に突入した。

 三人はばらけて第八中隊と親衛隊の中を駆け回り、撹乱しながらそれぞれが外套の下に隠していたショートソードでザクレンの部下たちに斬りつけていった。親衛隊も十分強いはずなのだが…この三人はそれ以上の手練れだった。

 親衛隊員は槍で突くも、三人はそれを回避して、いとも簡単にショートソードで槍を真っ二つに切断し、「疾風」で傍をすれ違いつつ親衛隊の胴を払った。

 意外な展開にザクレンは狼狽しつつも叫んだ。

「こいつら…剣士だっ!『研刃』と『疾風』を使ってくるぞ、『遠当て』にも気をつけろっ‼︎」

 ザクレンは「シールド」の呪文を唱えて、さらに火の精霊サラマンダーを呼んだ。いくつかの火の玉が現れてザクレンの周りを周回し始めた。レッサーデーモンの特殊スキル「不知火」である。その火の玉は、初めは赤色だったが次第に黄色になり、最後には白色になって強烈な光を放った。

 ザクレンは火の玉のひとつを自分のばか長い槍の先に宿らせ、三人に猛烈に切り掛かった。二人はひらりひらりひらりと回避したが、避け切れなかったスキンヘッドの男はそれを外套越しに左腕で受けた。轟音と共に外套はブスブスと燃え上がり、左腕はちぎれて数m吹っ飛んだ。左腕は金属製の義手だった。

 向う傷の男がザクレンに向かって「遠当て:兜割り」を撃ったが、ザクレンはそれをいとも簡単に槍で弾いた。ザクレンという強者の出現に三人は肩を並べて対峙した。

「てめぇら、たった三人相手に浮き足立つんじゃねぇっ!こっちは二十人以上いるんだ、陣形を組めっ‼︎」

 ザクレンの言葉で落ち着きを取り戻した親衛隊と第八中隊は陣形を組み始めた。

 とその時、第八中隊から悲鳴が上がった。

「うぎゃああっ…!」

 その悲鳴は連鎖した…第八中隊の背後に新たな三人の敵が現れたのだ。

「何ぃ…こいつら、六人いたのかっ⁉︎」

 新たな三人は中隊の兵士たちを小型の暗器で次々と血祭りにあげていき、陣形を崩していった。

 ザクレンはこの窮地に部下たちに大声で命令した。

「みんな、散れえぇ〜〜っ‼︎大技いくぞぉ〜〜っ‼︎」

 そしてザクレンは…呪文を唱え始めた。

「罰と復讐の神、ワルキュネリスの名において命ずる。地の底より集え、火の精霊サラマンダー。這い出せ、地の精霊ノーム…」

 向う傷の男が呪文を阻止すべく、「疾風」で詰め寄るとショートソードをザクレンの腹に突き刺した。が…ザクレンはニタリと笑った。

「…互いに手を取り火の輪の中で舞踏せよ。而して熱き溶岩となりて我が敵に仇をなせ…爆ぜよ!ファイヤーボール‼︎」

 ザクレンの右手に火の粉が集まり始め、それはどんどん大きくなってビーチボール大の火球となった。

 ザクレンは右の手のひらの火球を、そのまま向う傷の男の顔面に思い切りぶち当てた。火球は向う傷の男の頭部を飲み込み三つに分裂し、さらに10mほど飛んでそれぞれ地面の上で爆裂した。

 飛散した大小の火の玉は敵味方の区別なく襲った。しかし、ザクレンの命令で親衛隊らは咄嗟に避難していたので難を逃れた。

 火の飛沫を被った賊二人の外套は煤煙を上げて激しく燃え上がったが…致命傷にはならず、二人は燃え盛る外套を脱ぎ捨て火傷を負った腕をかばいながら…逃げていった。

 ザクレンは上半身を轟々と燃やしてすでに頭部が焼失した向う傷の男の死体を、振り向きざまに新手の三人の前に放り投げ、そして再びファイヤーボールの呪文を唱え始めた。すると…新手の三人たちもどこかに消え去った。

 部下たちはザクレンを中心に集結した。

「ザクレン様、大丈夫ですか⁉︎」

 ザクレンは突き刺さったままのショートソードを引き抜いて地面に叩きつけると、やり場のない怒りでわめき散らした。

「くそっ…俺の『シールド』、皮鎧、鎖帷子をきやがったっ!とんでもねぇ奴らだ…くそっ、くそっ‼︎」

 レッサーデーモンは火の精霊サラマンダーと親和性が高い。ザクレンは火と地の魔法に特化した魔法戦士だった。

 ザクレンの「シールド」は通常の矢やショートソード程度のダメージならほぼ減衰させてしまうのだが、向う傷の男のショートソードは内臓には達していないまでも…ザクレンの腹の皮を見事に貫いていた。「研刃」を使っていたのだろう…深度2のスキルを極めているようだ。

 ザクレンは腹を押さえながら言った。

「おい…何人やられた?」

「親衛隊は五人、第八中隊は十一人です…ピートも死にました。重傷の者が三人です…」

「なんてこった…六人で十六人も…。」

 ザクレンはセレスティシアの言葉を思い出していた。

(…そう言えば、セレスティシアは「スパイだろうと殺し屋だろうと…」と言ってたな。そうか…あいつらはセレスティシアに差し向けられた刺客だったのか。ちっ…早まったな…。)

「…ザクレン様、傷を…」

「俺はいいっ!すぐにセコイア教会に『念話』を送って、僧侶を派遣してもらえっ‼︎それから…あの頭のない死体を詳しく調べろっ‼︎あいつらの正体の手がかりが何かあるかもしれん。」

「はっ!」

 親衛隊に向う傷の男の死体を調べさせている間に、ザクレンはスキンヘッドの男が落とした義手を探したが…見つからなかった。

(…拾って行ったのか?なんて冷静な奴らだ。)

「ザクレン様…!」

「どうした?」

「この男の足の裏を見てください…。」

 ザクレンは男の足の裏を見た。左足の裏に奇妙な刺青があった…十字架?いや、これは案山子スケアクロウだ。顔は穴が三つ空いただけの小さな麻袋で、棒だけの腕と体にボロボロの外套が引っ掛かっていた。

「…遅まきながら…セレスティシアに一報入れとくか…。」

 セレスティシアの呆れ顔が目に浮かぶようだった…。

 

 合流した五人は晩秋の草原を小走りで走っていた。見晴らしの良すぎる草原を早く抜けて、どこか林か森の中に入りたかったのだ。

 火傷の顔の男…ザックが言った。

「アボットがやられるとはな…。あの男、レッサーデーモンか…手強かったな。」

 スキンヘッドの男…ジェイソンが言った。

「長命種は厄介だ…剣や槍を使いつつ、魔法もこなすからな。」

 エルフやドワーフ、そしてレッサーデーモンといった長命種は何千年という年月を使って、武器だけでなく魔法も極めることができるという話だ。

 新手の三人のひとり…ロイが言った。

「予定だと、これからガンスを探し出して…あの情報の出どころを確認するんだよな?」

 カーマインが言った。

「待ちなさいよ…私たちのこと、バレてたじゃない。当然、ガンスにも監視がついてるんじゃないの?」

 ザックが言った。

「だな…だが、デイトンの消息を知る方法はそれしかない。ガンスと会って…デイトンが暗殺に失敗して逃亡したって情報を流した奴を割り出さんとならん。情報の真偽のほどは判らんが…もし、デイトンが生きてりゃ我がギルドの掟に従って…殺すまでだ。その後だな、セレスティシアを始末するのは。お…いい具合に影ができてきたな。誰かに見られるやもしれん…ロイ、クレル、『シャドウハイド』しとけ。」

 太陽が東の空高くに移動し、人の影がくっきりとできていた。二人の暗殺者の影に二人が素早く飛び込んだ。

 カーマインがぼやいた。

「ちぇっ…アボットがやられたせいで、私が潜り込む影がなくなっちゃったわ。」


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