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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百十三章 ダフネ流「鬼殺し」担ぎ上段

二百十三章 ダフネ流「鬼殺し」担ぎ上段


 ダフネは五日間、リューズをはじめとする「オリヴィア愚連隊」の猛特訓を受けた。特に、お互い棍棒を持ったままで蹴り合うという変則的な訓練は、戦士の戦い方しか知らないダフネにとって新境地だった。

 その間に、オリヴィアはペトラともぶつかって柳葉刀の模擬刀で試合をして、途中でジルに止められた。

 破天荒で問題児扱いのオリヴィアをよく知らない若手は、最初は警戒して近寄りもしなかったが、オリヴィアの卓越した武術を目の当たりにして、恐る恐るではあるがオリヴィアに教えを請う者も現れた。

 十八歳班の若手のひとりが、ジルと一緒にお茶を啜っているオリヴィアに声を掛けた。

「オ…オリヴィア副師範…」

「なぁ〜〜にぃ?」

「あの…『発勁』のやり方を…教えていただけませんか…?」

「ああね…こうやってね、まずは肩と体の力を抜いてね…で、ブルンッ!」

 オリヴィアは体全体の筋肉を、脱力状態からブルンと波打たせて見せた。

「…終わりですか?」

「終わりよ。」

「…。」

「んもぉ〜〜…仕方ないわねぇ。ちょっとあんた、そこでピョンピョン飛んでみなさいよ。」

 若手はその場で小さく飛び跳ねた。

「ほら、もっと肩の力を抜いて、腕の力も!脱力、脱力っ‼︎」

 若手は準備体操をするようにピョンピョンと跳ね続けた。

「良くなってきたわよぉ〜〜…そうそう、今のその感じ!腕がブルンブルンいってるでしょ?肩の筋肉と靭帯が伸びたり縮んだりしてるのが判る⁉︎」

「な…何となく…」

「筋肉が伸びて…縮む時の力を利用するのよ。それが『発勁』よ。今度は…今の感じを保ったまま、右腕を肘打ちみたいにして、横にねじって振ってみて。…どお?」

「なんか…背中をひねった後、右腕が後から着いてくるような…」

「そうそう、それでいいのよ。じゃぁ、ゆっくりでいいからその感じで拳を突き出してみて。ほら、わたしのお腹を殴ってみなさい。」

 オリヴィアは「鉄線拳」を発動させて、若手の拳撃を腹で受けた。

…パチン…パチッ…パシッ…バシッ、ズシッ、ズシッ…!

「そうそう、その感じよっ!」

「な、なるほどぉっ!」

「今の感じを忘れないうちに、百回でも千回でも巻藁をぶん殴りなさいっ!そして、体得できたと思ったら、今度はその動作をより小さく瞬時にできるように頑張りなさい。」

「オリヴィア副師範、ありがとうございました!」

 ジルは二人の様子をニコニコしながら見ていた。すると、訓練場からベラがやって来た。

「オリヴィア〜〜、ちょっと来てくんない?ダフネ…完成したっぽいよ。」

「なぬっ⁉︎」

 オリヴィアが訓練場に駆けつけると、リューズとダフネが棍棒と「鬼殺し」で練習試合をしていた。

 ダフネはリューズの棍棒を「鬼殺し」の柄で巧みにいなすとすぐさま左の擺脚でその棍棒を巻き落とし、さらに踏みつけて地面に押さえ込み、今度は右端脚でリューズの顔面を狙った。リューズが棍棒に執着する事なく手放してその蹴りを避けると…上段から「鬼殺し」の斧が頭の上に降ってきた。リューズとて武闘家房の中堅クラスである。リューズは大きく前に踏み込んで「鬼殺し」の柄の部分を腕を交差させてガッチリと受け止めると、「鬼殺し」を左手で掴み、右括面脚でダフネの側頭部を攻撃した。が…ダフネはそれを左擺脚で迎撃した…

 オリヴィアはダフネの一連の足技を見て…唸った。

「むむむ…ダフネは不器用だと思ってたけど…足技はセンス良いじゃん!」

 ダフネはオリヴィアを見つけて駆け寄ってきた。

「はぁっ、はぁっ…オリヴィアさん、どうですか…だいぶ、様になったでしょ?」

 オリヴィアは両手でダフネの両肩をポンポン叩いて…

「うんうんっ!ダフネ、戦士房なんかやめて武闘家房へいらっしゃい、わたしが査拳か潭腿を教えてあげるっ‼︎」

「…へ…マジで言ってるんですか⁉︎」

「マジマジッ!」

 査拳、潭腿ともに足技が豊富な拳法である。

 オリヴィアがダフネの武闘家房へのリクルートをしている最中…訓練場にある三人が近づいてきた。ひとりは房主のジル、そしてもうひとりは…女王ボタン、さらにひとりは護衛のアルテミスだった。

「やぁっ、オリヴィアちゃん。元気にやってるかい?ジルさんから聞いたけど、ちゃんと副師範の責務を果たしているそうじゃないか。」

「あら、ボタンちゃん…わざわざイヤミを言いに来たのかしら?」

「違う、違う。二つ用事があってね…ひとつは「鬼殺し」っていう凄いエンチャントウェポンの噂を聞いてね…ちょっと拝見したいと思って…ええと、君がダフネ?」

「あ…はい。…はじめまして、女王様。」

 ボタンはまじまじとダフネと、ダフネとほぼ同じ大きさの戦斧「鬼殺し」を眺めた。

「…大きいな。ダフネ…使いこなせそう?」

「…何とか。」

「そうか…ちょっと試してみたいな。アルテミス、盾と模擬刀を…。」

 アルテミスは持参してきたラウンドシールドと刃を潰したロングソードをボタンに手渡した。準備してきたということは、ボタンは初めから「鬼殺し」とやり合うつもりでやって来たのだ。

 オリヴィアは思った。ボタンちゃん、かなり手加減をしているな…本気のボタンちゃんなら盾など使わずにロングソードを両手で持つはずだ。さらに本気モードなら…腰に携えたボタンちゃんの家に伝わる伝家の宝刀「ドウタヌキ」を抜く…。

「ドウタヌキ」は東世界のさらに東の国の失われた技術で鍛造した剣だと言われている。緩やかな反りを持った片刃剣で、とにかく切れ味が凄いらしい。それだけでも凄い切れ味の剣に、ボタンはさらに剣士のスキル「研刃」を掛けるので、鉄はおろか…嘘か本当か龍の鱗さえも両断すると言う…。

 ボタンは盾とロングソードを構えて、笑いながらダフネに言った。

「ダフネ、本気でおいで…手加減なんかしたら、このロングソードで尻の皮が剥けるまで引っ叩くからなっ!」

「…むむっ…!」

 女王様と言えどもその言い草は酷いな…ダフネはそう思った。ことバトルに関しては身分は関係ないというのがイェルメイドのしきたりだ。よおし、女王にひと泡吹かせてやる…ダフネは「鬼殺し」をぐっと握りしめ、「鬼殺し」を肩の上に乗せて構えた。

「おや…面白い構えだな。」

 ボタンは薄笑いをしながら、じりじりと間合いを詰めた。

 ロングソードと「鬼殺し」では「鬼殺し」の方が間合いが長い。ダフネはロングソードの間合いに入る前に…先制攻撃を仕掛けた。

 ダフネは投げつけるように肩口から「鬼殺し」を発射した。ぐんと伸びた「鬼殺し」は一直線にボタンの顔面に飛んでいった。ボタンはそれを左手のラウンドシールドで横から弾き、左側に移動しつつロングソードが届く距離まで間合いを詰めようとして、寄り足をした。が…そこにはダフネの右足が待っていて、ボタンの胸をダフネの端脚が襲った。ボタンがそれを右肘でガードすると、すぐにダフネの左足の後ろ回し蹴りが飛んできた。

 ボタンが姿勢を低くして躱すと、今度は水平に「鬼殺し」が薙いできた。ボタンはラウンドシールドを当てつつ、後ろに飛び退いた。

カーンッ!

 鋭い音と共にラウンドシールドは真っ二つに割れ…ボタンは驚いて言った。

「うお…斧のくせに凄い切れ味だな。」

「これ、ミスリル合金だそうです。」

「ふむふむ…なるほど、なるほど。それにしても、今の蹴りと斧の連続攻撃は秀逸だったな。」

 ボタンはラウンドシールドを捨て、ロングソードを両手で持った。ダフネも再び「鬼殺し」を右肩の上に構えた。

 ボタンは「研刃」ではなく「護刃」を発動させ、大上段からダフネに切り掛かった。ダフネはそれを「鬼殺し」の柄で弾き、右蹬脚でボタンの腹を狙った。だがしかし、ボタンはダフネの蹴りをなんと左膝で迎撃し…そのダフネの右足目掛けてロングソードを斬り下ろした。

(…足を斬られるっ!)

 ダフネがそう思った時、ロングソードは右足の一寸手前で止まった。

「よし、ここまでにするか。うん、使いこなせてるじゃないか。…『鬼殺し』、大事にしろよ。」

 ボタンはロングソードをアルテミスに渡した。ダフネはボタンに一礼した。

「あ…ありがとうございましたっ!」

 ボタンはにこりと笑って言った。

「大斧に足技を絡めて使うとは良い発想だ。それと、斧を肩に担ぐのは…私の剣技の型を知っていたのか?」

「…え、剣技の型?」

「そうか、知らずしてその型を編み出したか…」

 ボタンは腰の「ドウタヌキ」を抜いて、刀身を上に向け右肩のそばに構えた。

「この型は『トンボ』と言うが…刀身を肩に乗せると『担ぎ上段』と呼ばれる。…そうだな、ダフネのは差し当たって…ダフネ流『鬼殺し』担ぎ上段と言うべきか…あっはははは、まんまだな。」

(…ダフネ流『鬼殺し』担ぎ上段…。)

 ダフネはボタンに認められたことが嬉しくて、心の中でその言葉を何度も何度も繰り返した。

 ボタンはオリヴィアの方を向いて続けた。

「あ、そうそう、もうひとつの用事を忘れるところだった。駐屯地のスケジュール調整をジルさんに頼まれていたから、やっと終わって報告しにやって来たんだよ。」

 オリヴィアががっつり食いついてきた。

「…えっ⁉︎…それでそれでっ‼」

「オリヴィアちゃん…明日、昼番で駐屯地の隊長をやってみる?」

「やるぅ〜〜っ!やるやるやるやるやる…やるぅ〜〜〜〜っっ‼︎」



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