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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百十二章 オリヴィアとタマラ、再び

二百十二章 オリヴィアとタマラ、再び


 ダフネが武闘家房に通い始めて三日目の朝、ダフネが武闘家房を尋ねると、オリヴィアとジルが房主堂の縁側で日向ぼっこをしていた。お茶を啜るジルの横でオリヴィアは鼻くそをほじりながら言った。

「ねぇねぇ、ジル。週一って…いつになったらわたし、駐屯地の隊長さんができるのぉ?」

「まぁ待て。今、調整中じゃ。それよりも、ここでぼぉ〜〜っとしてないで見回りでもしておいで。お前も副師範になったのだから、後輩の訓練を見ておやり。」

「うぇ〜〜…面倒くさっ!」

 ダフネが二人に声を掛けた。

「おはようございます。」

「おおっ、ダフネッ!いいところに来たわね。『鬼殺し』は使いこなせるようになったぁ?」

「昨日の今日だよ…そんな訳ないじゃないかぁ〜〜。」

「そかそか、じゃ…わたしが訓練を見てあげよう!」

 オリヴィアは立て掛けられていた棍棒を一本掴むと、二人は房主堂を離れて訓練場に移動していった。

 訓練場では武闘家房の中堅たちが棍棒の練習をしていて、その中には「オリヴィア愚連隊」のリューズ、ドーラ、ベラもいた。

「おう、オリヴィア…負けちまったな、残念だったな。」

「オリヴィア、気を落とすなよ。タマラはジル房主に入れ知恵されてたに違いないんだ。なんか…不思議な拳の打ち方だったよな。」

 オリヴィアは特に気に掛けてない風で、あっさりと言ってのけた。

「わたしはもう気にしてないわよ。今回は…わたしのやり口をしっかり研究されて、タマラにしてやられたって感じね。あれは多分…『把子拳』だわ、ジウジィ師匠がやってたのを見たことがある。あれはわたしにはちょっと無理だわ。」

 オリヴィアはダフネに合図して、棍棒を構えてダフネと対峙した。オリヴィアはダフネに対して素早い連続突きを浴びせた。ダフネは「鬼殺し」を肩に乗せ、柄尻でオリヴィアの攻撃を器用に捌いた。

「ほらほらぁっ、攻撃がお留守になってるわよ!」

 ダフネはすぐに攻撃に転じ、斧をオリヴィアに繰り出そうとしたが、ここぞという時にオリヴィアの棍棒の突きを腹に食らい、「うっ…!」と唸ってうずくまった。

「遅い…遅いわぁ。攻撃に移る時に僅かに隙ができるわね。やっぱり、足技を覚えるべきね…リューズ!」

「お?…おおっ。」

 二人の訓練を近くでぼぉ〜〜っと見ていて、突然名前を呼ばれたのでリューズはびっくりした。

「ちょっと攻めて来て…本気で来なさいよっ!」

「おうっ!」

 オリヴィアとリューズの棍棒の打ち合いが始まった。

「…ダフネ、しっかり見てなさいよっ⁉︎」

「…うん!」

 リューズの棍棒の突きをオリヴィアは棍棒で強く横に弾くと、すかさず蹬脚でリューズの腹を蹴り、後ろにのけ反るリューズの頭に長く伸ばした棍棒を…コツンと当てた。

「ダフネ、見たぁ〜〜?足で蹴ることで間合いを詰めようとする相手を突き放すとことができるわ。これは長物を持つ者にとっては必須の技術よ。よしっ、リューズ、もっかい来いっ!」

 リューズがオリヴィアに対して再び攻撃を始めた。二人は激しく打ち合い、いつの間にか二人の周りには武闘家房の中堅たちの人垣ができていた。

 リューズは必死になって素早い連続攻撃を繰り出した。それをオリヴィアは棍棒で横に逸らし、そしてリューズの次の攻撃を…擺脚で弾き飛ばし、その足をそのまま踏み込んで棍棒をリューズの頭にコツンと当てた。

「ダフネ、見たぁ〜〜?攻撃だけじゃなくて、足で防御もできるのよぉ〜〜っ!」

「す…凄いね。」

 周りの中堅たちも「なるほど」という顔でオリヴィアを見ていた。

 衆人環視の中、オリヴィアとダフネは再び訓練を始めた。ダフネは攻防の合間に見よう見まねで蹴り技を混ぜた。

「うぅ〜〜ん…まだだめねぇ。股関節が固いんじゃないのぉ?」

「そんなことないよ…ほらっ…!」

 ダフネは「鬼殺し」を放り出して、その場で股割りをして見せた。ダフネの両足は180度に開き、上体もペタリと地面にくっついた。イェルメイドの風習として体の柔軟さは当たり前なのだ。しかし…

「ふふふ、武闘家房では…それだけじゃあダメなのよねぇ…リューズ、ドーラ、ベラ、ダフネに武闘家房の柔軟運動を教えてあげなさいな!」

 オリヴィアの合図で、リューズ、ドーラ、ベラの三人がニヤニヤしながらダフネに殺到した。

「ちょ…ちょっと…⁉︎」

 リューズがダフネの両手を拘束しつつ、ダフネの背中の上に被さってきた。そしてさらに、ドーラとベラがダフネの左右の足のつま先が上を向くように足首を力任せに押さえつけた。ダフネは絶叫した。

「痛てててててててぇ〜〜〜っ‼︎」

 その様子を見て、その場にいたみんなが大笑いをした。その時、後ろで大声がした。

「お前たち、訓練もせずに一体何をしているのだっ!」

 タマラだった。その後ろにはペトラもいた。

 オリヴィアは二人にガンを飛ばしつつさらりと言った。

「あらぁ…見てわからない?棒術の訓練をしてたのよぉ〜〜。」

「笑い声が聞こえたぞっ!オリヴィア、お前…また何かしでかしたんだろう?」

「まぁ、笑っただけで訓練を手抜きしてるだとか不真面目だとか…暑苦しいったらありゃしない。」

「何だとおぉ〜〜っ⁉︎」

 タマラは持っていた棍棒をオリヴィアに向けて構えた。

「ふんっ、やるってぇのぉ〜〜?昨日は拳で負けたけど、武器ありの総合武術なら…あんた如きに遅れをとるようなわたしではないっ!」

「うぬぅ〜〜…言わせておけばぁ〜〜っ‼︎」

「おうっ、やるかぁ〜〜っ⁉︎昨日のリターンマッチだぁ〜〜っ‼︎」

 オリヴィアとタマラは性懲りも無く、再び棍棒で打ち合いを始めた。腕前だけなら武闘家房の実質的なナンバー1とナンバー2の試合…誰も止める者はいなかった。

 ダフネはリューズ、ドーラ、ベラ三人に地獄の股割りを強いられながらもオリヴィアとタマラの棍棒の試合を見ていた。

「総合ならオリヴィアが勝つんじゃね?」

「だなっ!」

 リューズとドーラの会話を聞いてダフネは納得した。拳だけの試合であれば体の強靭さの優劣が勝負の結果に大きく影響する。昨日の試合では、その一点でタマラに軍配が上がったように思えた。しかし、武器を用いた試合となると…どんなに鍛え抜かれた体であっても、棍棒で強打されればそれが致命傷となる。

 タマラの棒術は、オリヴィアが「棒術の達人」と評しただけあって、正確で無駄がなく攻めるにしても守るにしても一撃一撃が重い。ベレッタとルカの槍によく似ている。…槍手房で修業したダフネにはそれが良く分かった。

 それとは対照的に、オリヴィアの棒術は奇想天外、虚々実々で、どこから攻撃がやって来るか予想がつかない。だからと言って派手だったり無駄が多い訳ではなく…まるで棒術の技の見本市を見ているかのようだった。

 オリヴィアは複雑な歩法で細かく移動しながら、タマラの重い攻撃をうまく流して相殺しつつ、手を変え品を変えタマラの隙を攻め立てた。

 タマラはオリヴィアの多彩な攻撃を防ぎながら、前へ前へと前進し攻撃した。オリヴィアの攻め疲れを待っているのかもしれない。

 いつの間にか、オリヴィアとタマラを囲む人垣は二重にも三重にもなっていて、みな二人の棒術の試合を食い入るように見ていた。

 誰かが言った。

「…綺麗だね。」

 まさしくその通りだとダフネは思った。常人では到達し得ぬ武術の高みを極めた二人の技は美しかった。

 オリヴィアの棒術の技は…昨日の試合の「秘宗拳」もそうだったが、変幻自在、千変万化…まるで大輪の花が花弁を散らしながら風に舞って踊っているかのようだ。

 それに対してタマラの技は…「洪拳」や「詠春拳」のようで、無骨だが質実剛健、豪放磊落、基本を違わない機能美というか、燻し銀の佇まいを思わせた。

 房主のジルは二人の試合を遠くから眺めて、ひとり悦に入っていた。

(…素晴らしい。ジウジィ様は武術は芸術だと言っていたが、まさに二人ともジウジィ様の遺した傑作であるな。…武の真髄についていくら言葉を尽くしてもその本質は伝わらぬ…やはりこうやってそれを体現できる者がやって見せてこそ伝わるのだ…百聞は一見にしかずとは能く言ったものよ。絵に描いた餅ではなく、実物を見ることが修練者にとって計り知れない貴重な経験となるのだ。そしてまた…三人が切磋琢磨することで、オリヴィアはタマラとペトラをより高みへと引き上げてくれるに違いない…。)

 しばらくして、ジルは二人に割って入って試合をやめさせた。

「ジルゥ〜〜…はぁ、はぁ、何で止めるのよぉ〜〜…はぁ、はぁ…。」

「はぁっ、はぁっ…そうです、お母…いえ、房主!続けさせてくださいっ!」

「まぁまぁ…こういうのは白黒をつけぬのが華じゃ。」

「はぁ…言っている意味が分かりません…はぁ…。」

「…良い良い。みな訓練を続けよ。」

 そう言って去っていくジルに食い下がったのはオリヴィアだった。

「んもぉ〜〜…今度はちゃんと勝てたのにぃ〜〜…。」

「…だろうねぇ。昨日と違って、気負いがない。今日のお前は力が抜けて自然体だったからねぇ…」

「昨日の試合はジルがタマラに加勢したから負けたのよ。そうでなけりゃ…」

「タマラは私の娘だし、武闘家房の師範でもある。肩を持つのは当たり前じゃろうが…」

「ずるい、ずるぅ〜〜いっ!」

「まぁまぁ…帰ってお茶でも飲むか…?」

 オリヴィアとジルは言葉を交わしながら、房主堂の方へ歩いて行った。

 それを見送っていたダフネは背中の上に乗っているリューズに尋ねた。

「も…もしかして、オリヴィアさん…あたしの事、忘れてる?」

「うひゃひゃ、完全に忘れ去られてるな!」

「うう…酷い…。」

「気にすんな、いつもの事だ。代わりに私たちがお前の蹴りの練習相手になってやるよ。」


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