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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二十一章 逃走行

二十一章 逃走行


 夜七時、もう辺りは真っ暗になっていた。

 オリヴィアとアンネリはお互いの体を支えながら、早足でロットマイヤーの屋敷からできるだけ遠くに離れようとしていた。

 オリヴィアは四連発でスキルを使い、その上、致命傷ではないが出血を伴う負傷をしてかなり体力を消耗していた。アンネリもまた左足の裏を負傷して左足を引きずりながら歩いていた。

「見てよこれ。せっかくのサテンのワンピースがズタボロ…シルクのドレスも夢と消えたわ…。」

「サテンの服なんかで大暴れするからだよ。サテンはめちゃ脆いんだよ…。」

 オリヴィアは疲れ切っていて、よろめく度にアンネリに体重を預けた。アンネリはそれを支えきれずに、二人して地面に倒れ込んだ。

「もうっ、頼りないわねぇ。ちゃんと歩きなさいよ!」

「…あたしだって足を怪我してるんだよ!」

「斥候は足が命でしょ。その足を怪我するなんて、ぶったるんでるんじゃない?」

「まぁ…不覚だった。でもさ、オリヴィアさんこそ魔法をまともに受けるとか、無茶しすぎだよ。」

「ちゃんと勝算があってやってるの!」

「ああ…そうですか…。」

 アンネリは、勝算があったなんて嘘だ!…と思う反面、そうかもしれない…とも思った。

 オリヴィアさんの強さはイェルマでも10本の指に入るだろう。その強さは尊敬に値するし、正直憧れもあった。どれだけ修業したらオリヴィアさんに追いつくのだろうか?あたしはまだ4系統の最初のスキル「キャットアイ」「シャドウハイド」「デコイ」「セカンドラッシュ」さえカンストしてないのにこの人はもう、最初の「震脚」「箭疾歩」「鷹爪」「鉄さん布」を経て上位互換スキルの「大震脚」「飛毛脚」「鉄砂掌」「鉄線拳」を習得している。「武術家」の上位職「カンフーマスター」だ。イェルマで時折笑い話のネタになる、オリヴィアさんが今までに起こした信じられないような「武勇伝」も、その出鱈目な強さを目の当たりにすれば、あながち大袈裟な作り話とも思えないのだ。

「ああ…早く極楽亭に帰って爆睡したいわぁ…。」

「帰れないよ。」

「え、なんで?」

「あのねぇ…貴族の屋敷であれだけの大立ち回りをやったんだ。明日の朝には町じゅう大騒ぎになってるよ。オリヴィアさん、言伝てを頼んだって言ってたよね?あたし達の常宿が極楽亭ってことを教えたんでしょ?」

「…教えた。」

「ロットマイヤーの手が回るに決まってるじゃん。まあ、宿帳にはオリヴィアさんひとりでひと部屋使ってることにしてたのは不幸中の幸いかな。ヴィオレッタさんは面が割れてないし、ダフネはオーク討伐でいない…それでも冒険者の線で全部ばれちゃう可能性は大きいよ…ロットマイヤーのクソ親父、やっぱり殺しときゃ良かった!」

「…まあ…とにかく…そうゆうのは…斥候のアンネリに任せる!」

「こうなったの、全部あんたのせいだろ!」

「ええええ〜〜〜…。」

 オリヴィアは甘えるようにむき出しの巨乳をアンネリの背中にぐりぐりと押し付けた。

「やめろぉ〜〜〜、あたしはその節操のない巨乳が嫌いなんだよぉ〜〜!」

「ええええ〜〜〜…!」

 二人はよろめきながら、もつれ合いながら、夜の街を彷徨った。


 朝。胸の温かい感触でオリヴィアは目を覚ました。アンネリがお湯で胸の傷口を拭ってくれていた。傷口を五針ほど縫ったせいか、オリヴィアには微熱があった。オリヴィアは剥き出しのレンガの壁にもたれかかっていた。

「ここはどこかしら?」

 オリヴィアはよほど疲れていたのか、昨日の夜半からの記憶がなかった。アンネリの肩の上で半分寝たままこの場所に運び込まれたと言った方が正確か。

「あたしにもはっきりはわかんない。とにかく人気のない場所にと思って、路地裏のそのまた路地裏の奥の奥に入り込んだからね。」

 見回してみると、そこは薄暗い石造りの汚れた小さな部屋で、人が生活している痕跡は全くなかった。放棄されて空き家になっている部屋がたくさんあった。とにかく酷い臭いがした。

 アンネリは部屋の釜戸で沸かしたお湯に浸した手拭いをしっかり絞り、今度はオリヴィアのこめかみの傷を優しく拭った。共同井戸から運んできた水だが、煮沸は必要だろう。アンネリは職種柄常備している傷薬を塗りながら言った。

「できたら、ヴィオレッタさんと連絡取りたいなぁ。誰かいないかなぁ…」

 足を負傷していなければアンネリ自身が隠密裏に極楽亭に出向くのだが、素早い行動ができないし、それ以上にオリヴィアをひとり放置しておくのは不安で不安で仕方なかった。

「オリヴィアさん、お金持ってる?」

「なんで?」

「誰かにお遣いを頼むのさ。冒険者ギルドの場所ぐらい町の者ならみんな知ってるだろうから、向かいの極楽亭はすぐ分かるでしょ。ヴィオレッタさんに手紙を書く。」

 オリヴィアは腰帯から銅貨三枚を取り出した。

「わ…微妙だなぁ…」

「あんたは?」

「持ってきてないよ、まさかこんなことになるとは思ってないし!」

 オリヴィアは再び腰帯に手を突っ込み、なんと銀のスプーンを出して見せた。

「おおっ、どうしたの、それ?」

「なんかね、食堂で暴れてたの…それで勝手に腰帯に飛び込んじゃったの…かな?」

「んな訳ないだろう…」

「ロットマイヤーさんお金持ちでこんなのいっぱい持ってたから…一本ぐらいいいかなぁ〜〜…って…てへっ!」

「最初からそれを出しなよ!まあ…いいよ。これで手紙を頼める…ちょっと行ってくる。すぐ戻ってくるから、そこを動かないでよ。いい?絶対動かないでよ!」

「わかったぁ〜〜。」

 アンネリはポーチから携帯羽ペンを出すと羊皮紙に素早く走り書きして部屋から出ていった。路地裏に出ると肥溜めのような臭いがした。

 アンネリの方向感覚は非常に優れていた。斥候房のサバイバル訓練やキャットアイなしの夜間行軍訓練などで、方位認識、距離感覚をみっちり鍛えられていた。なので、滅多に迷子になることはない。普段道を歩いていても、どの方向に何km歩いたかというのが感覚的に分かるのだ。

(ロットマイヤーの屋敷が極楽亭から西北西に約30kmの位置…今いる場所がロットマイヤーの屋敷から北東に約12km…ということは町の中心、ここはティアーク城にかなり近いな。)

 狭い路地でひとりのお爺さんが小汚いベンチに座って日向ぼっこをしているのを見つけた。白い口髭と顎髭を生やし、上半身裸のとても痩せた老人だった。ベンチも汚いが、老人の穿いているズボンはもっと汚かった。

「お爺さん、こんにちわ。」

「はい、こんにちわ。」

「ここで何してるの?」

「日光浴ですよ〜〜。」

 まあ、見ればわかる。

「お爺さん、この辺の人?」

「はいはい、この辺りにもう五十年ぐらい住んでますよ〜〜。」

「そっか。」

 ぼくとつで人の良さそうな爺さんだ。人畜無害感が半端ない。

「お爺さん、暇?」

「毎日暇にしてますよ〜〜。」

「ちょっと小遣い稼ぎしない?」

「何かな〜〜?」

「冒険者ギルドの場所って知ってる?」

「この町の者なら誰でも知ってるよ〜〜。」

「それはよかった。じゃさ、冒険者ギルドの向かいにある極楽亭にこの手紙を持っていってくれない?」

「いいよ〜〜。」

「それでさ、この銀のスプーンを古道具屋か両替商に持っていったら、銀貨二、三枚になると思うんだ。できたらそれで食べる物も買ってきて欲しいんだ。お釣りはお駄賃でいいからさ。あたしここで待ってる。」

「あいよ〜〜。」

 老人は銀のスプーンを受け取ると、立ち上がってゆっくりと路地を歩いていった。

 アンネリは動かずに昼すぎまでそこで待っていたが…老人は二度と戻ってこなかった。


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