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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二百九章 エルフの里へ

二百九章 エルフの里へ


 しばらくすると…森が開けた。いくつかの大きな切り株のテーブルと円筒家屋が目に飛び込んできた。

 ひとりの青年エルフが出てきて、挨拶をした。

「キャシィ、久しぶりだね。」

「ペーテルギュントさぁ〜〜ん、おっひさぁ〜〜っ!」

「キャシィは相変わらず…元気だねぇ。」

「はいっ、これしか取り柄がないものでぇ〜〜っ‼︎」

 ペーテルギュントは笑いながら、切り株のテーブルを示して座るように三人に促した。じきに丈の長い白のシルクのワンピースを纏った長身の女エルフが姿を現した。

「あ、ユグリウシアさん、ご無沙汰してまぁ〜〜すっ!」

「こんにちわ、キャシィ。お久しぶりですね…あら、お友達を連れて来たのですね?…おや、男の人とは珍しい…」

 マックスは相手がユグリウシアだと知ると、両手を天に向け両膝を屈して拝礼した。

「ユグリウシア様、お目にかかれて光栄です。私はマックスと申します…セコイア教の末席を汚す者でございます…。」

「もしや…リーンから来たのですか?」

「はい…。」

「それはそれは…。リーンのお話をお聞きしたいわ。どうぞ、こちらへ…メインテーブルの方へいらっしゃいな。」

 ユグリウシアは三人をエルフの村のさらに奥に誘った。メインテーブルと呼ばれた場所は日当たりの良いテーブルで…そこにはすでにもうひとりの女エルフが座っていた。その女のドレスは質素だが裾が非常に大きく広がっていて…その女が立っているのか座っているのか判らない程だった。ペーテルギュントが四人分のハーブティーを運んできた。ペーテルギュントはその女がお茶を飲まないことを知っていた。

 ここで、アナが自己紹介をした。

「初めまして、ユグリウシア様。私はアナスタシア=フリードランドと申します。この度…イェルマで神官房を開いた者でございます。なにぶん、若輩者ゆえ…ユグリウシア様をはじめとするエルフさんたちのご教授を賜りたく参上いたしました。」

 マックスがリュックから大きな壺を取り出しテーブルの上に置いて、ユグリウシアの方に差し出した。キャシィズカフェから持ってきた三等級のワインだ。

「これはご丁寧に…ありがとうございます。私はこの村の代表をしておりますユグリウシアです。こちらは私の古くからの友人…シーグア=アラ=ク=ネイルです。」

 か細い声でシーグアも挨拶した。

「…シーグアです、よろしくお願いしますねぇ…。偶然…立ち寄ったのですが…興味深いお客様と会えて、これはまさにベネトネリス様のお導きですねぇ…。」

 ユグリウシアが続けた。

「アナスタシアさんのお噂は聞いておりますよ。なかなかの神聖魔法の使い手のようですね。ご出身はティアークなのでしょう?崇拝する神は…ウラネリス様?」

「以前はそうでしたが、マーゴット様からセコイア教の三位一体の神の話をお聞きしました。立場が違うとは言え…イェルマ、同盟国、そして魔族領、みな同じ神を崇拝しているんですよね?…少し迷いましたが、やはり女英雄イェルマが信奉したベネトネリス神を崇拝するのが筋ではないかと思いました。」

「セコイア教はエルフの宗教で、基本的には創造主の『名も知らぬ神』、そしてその娘たち…『ウラネリス』『ワルキュネリス』『ベネトネリス』を信奉しております。どの神を崇拝したからと言って、良い悪いという事はないと思いますよ。ただ…私どもは、個人的に親交があります故に『ベネトネリス』をお祀りしております…。」

(ん…個人的に親交がある…?)

 アナはユグリウシアの言葉尻に少し引っかかったが…

「それをお聞きして安心いたしました。それと…エルフさんたちは薬草にお詳しいと聞きました。是非ともそれに関しても、ご教授をお願いします。」

「ふふふ…伊達に長生きはしておりません。長い年月、薬草の臨床試験を行なってまいりました…薬草の知識については自負しておりますよ。少しお待ちを…良い物を差し上げましょう。」

 そう言って、ユグリウシアは席を中座し、しばらくして一冊の本を持ってきた。

「これはエルフが編纂した薬草辞典です。アナさん、よろしければ…。」

「あ…ありがとうございます、勉強させていただきます‼︎」

 アナは本を受け取ると、二、三ページめくって…衝撃を受けた。

「どうですか?図解付きで、判り易いでしょう?私も編集に参加いたしました。自画自賛ですが…渾身の出来だと思います。」

「そ…そうですね…素晴らしい。」

 なかなか本題を切り出さないユグリウシアに代わってシーグアが話し始めた。

「…マックスさんはリーンのご出身とか…。ユグリウシアさんもリーンの出身なのはご存知ですよね…?」

「それはもう…!ユグリウシア様は、前の族長で盟主で在られた…今は亡きログレシアス様の御息女です。」

「…ああ、風の頼りで知っておりますよぉ…。ログレシアス殿はお気の毒でしたねぇ…。」

 ユグリウシアは少しうつむいて、涙を拭っていた。

「…二か月前…九月二十二日の事でした…。あの時は、偶然私はリーンにおりまして、僭越ながら私も葬儀に参列いたしました。」

 ユグリウシアが…切り込んだ。

「…それで、今の族長はどなたが?」

「レヴリウシア様の娘御…セレスティシア様です。」

「え…セレスティシアは母レヴリウシアと共に行方不明になったと…リーンから知らせをもらっておりますよ…?」

「…生きてらっしゃったのですよ。私の友人…グラントの話ですと、大変なご苦労をされて、リーンに戻って来たとの事です。そのグラントが旅の途中で行き倒れていたセレスティシア様をお助けしたとの事で…」

 シーグアが割って入った。

「…私の持っている情報では…セレスティシアは常に恐ろしい仮面と黒いストールをつけた成人の女エルフで…ログレシアス殿に匹敵するほどの大魔道士…同盟国では『黒のセレスティシア』と仇名されているとか…?」

「あははは、それは同盟国向けに流布された偽情報ですね。セレスティシア様は御年六十八歳…人間の見た目では十二歳ぐらいの少女です。私はちゃんとこの目で見ましたから…喪主のセレスティシア様の弔辞を聞きましたから。」

 それを聞いたユグリウシアは興奮を抑え切れなかったのか…隣のシーグアの頭を、髪の毛がくしゃくしゃになるほどに撫で回した。それでもシーグアは無表情だった。

「何という星の巡り合わせでしょう!…シーグア、あなたは良い子ねぇ…あなたが助けたエルフがセレスティシアだったのですよ、私の姪っ子だったのですよ‼︎」

「…ティアーク城下町を出た辺りから…目蜘蛛の自意識が異常に強くなってしまって…意識共有ができなくなったので…心配しておりましたぁ。…でも、彼女はベネトネリスの加護を受けているので…死ぬことはないだろうと…思っておりましたぁ…。ユグリウシアさん…頭がもげてしまうので…その辺で…。」

 興奮冷めやらないユグリウシアを見て、きっと姪御の無事を喜んでいるのだろうとマックスももらい泣きをした。その横で、アナは薬草の本があまりにも衝撃的すぎて…ただただページをめくっているだけで、三人の会話など右の耳から左の耳へと素通りするだけだった。キャシィに至っては…鼻くそを穿ほじっていた。

 ヴィオレッタがセレスティシアだと確信したユグリウシアとシーグアは、アナとマックスを快くもてなした。

 気を良くしたユグリウシアが言った。

「アナさん…。」

「は…はいっ⁉︎」

「ちょっと…失礼しますね。」

「…?」

 その直後、アナの背中に寒気が走った。そして…ユグリウシアが続けて言った。

「アナさんはまだ覚えてないようなので、神聖魔法…『神の大盾』をお教えしましょう。これは、『神の不可侵なる鎧』ほどの効果はありませんが、使い勝手が断然に良い防御魔法ですよ。前方に大きな障壁を作る魔法なので、仲間全体を守ることができます。」

「えええっ!あ、ありがとうございます!…でも、私に覚えられるかしら…?」

「アナさんのレベルなら大丈夫ですよ。」

 アナはユグリウシアから魔法の呪文と、その魔法の成功率を上げるコツなども教えてもらった。

 アナとマックスはエルフの里で有意義な時間を過ごした。帰り際、ユグリウシアが「また来てくださいね」と言ってくれたので、アナはユグリウシアに何度もお礼を言って山を降りた。

 北の斜面をキャシィ、マックスと一緒に降っていた時…アナはひとつ、大きなため息をついた。

「…はあぁ〜〜っ…。」

 マックスが尋ねた。

「どうしたんですか?」

「…とうとう言い出せなかった。」

「…ん?」

「…いただいた本がねぇ…」

 アナはマックスに、ユグリウシアからもらった「薬草辞典」をちらりと見せた。

「あっ!…エルフ語だっ‼︎…アナさんって…?」

 アナは頭を横に振った。マックスはお国柄、エルフ語の文字だということは分かるが…もちろんアナ同様に読めなかった。

「…確かに…言い出す機会はなかったですねぇ…。」

 横でキャシィがゲラゲラと笑っていた。

 三人はレイシを採取するのも忘れて、北の斜面を降っていった。


 夜、アナは神官房の自分の部屋で、「薬草辞典」と格闘していた。

「これは、このイラストからすると…チョウジの花かしら?」

 すると、窓の鎧戸の外でコンコンと叩く音がした。アナが鎧戸を開けてみると…そこにはアンネリがいた。

「こんばんわ。」

「まぁ、アンネリ!」

 二人は小声で話した。

「神官房の房主になって、一週間ぐらい経ったね…少しは落ち着いたかい?」

「全然…やらないといけないことが山積みよ。」

「そっか。」

 アンネリは部屋に入ると…もじもじしながら、ポケットから指輪を取り出した。

「アンネリ、どうしたの、それ?」

「ふふふ…ステディリングだよ。グンターの分配で買ったんだ。小っちゃいけど…高かったんだよ?これ、プラチナだよ。」

「まぁっ…!」

 アンネリはアナの薬指にそっと指輪をはめた。アナはそれを天にかざして…嬉しそうに眺めた。

「今日はずっと…勉強なの?」

「んん〜〜…今日はもう、お終いにする。」

 そう言って…アナはアンネリの手を握って、寝台の方に引っ張っていった。

「アンネリ…あんまり大きい声を出しちゃダメよ?」

「それはこっちの台詞だよぉ…!」

 蝋燭で照らされた二人の影は、やがてひとつになった。


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