二百三章 ベレッタの山賊退治
二百三章 ベレッタの山賊退治
ベレッタとルカを先頭にしたユーレンベルグ男爵護衛隊は、強行軍でティアーク王国までの街道を走った。途中、馬車を曳く馬を交換し、夕食と睡眠以外では止まることはなかった。
コッペリ村を出て二日が経過して、馬車の左右を護っていた騎馬がベレッタのそばまで近づいてきて、馬車からの伝言を伝えた。
「ベレッタ師範、そろそろ例の…冒険者が山賊に襲われた場所だそうです。」
「そうか…全体、速度を落とせ!並足走行‼︎」
ベレッタはおやきを食べながらそう言うと、馬の手綱を絞った。ルカも馬の速度を落として、鞄から地図を取り出し両手で広げて確認した。ランサーのスキル「ライダー」を発動させると、ランサーは馬から落ちない。
「なるほど…もうしばらく走ると、左右が林の傾斜地になった細道に入るな。伏兵を置くには絶好の地形だな。」
「ルカ、相手はどう攻めてくると思うか?」
「常套手段なら、まずは弓だな。矢を浴びせかけて騎馬数騎を討ち取り、隊列を混乱させる。その後、どてっ腹になだれ込んできて隊列を分断、各個撃破…かな。」
「急ぎ旅だ、ここで馬を失うのは避けたい。…仕方ない、復路もあることだし、時間を割いて掃除をしとくか。」
ベレッタは停止を命令した。
ベンジャミンは林の中の拠点で斥候とアーチャーからの報告を待っていた。
カールがやって来て、ベンジャミンに報告を入れた。
「ベンジャミン、アーチャーからの矢文が来た。コッペリ村方面から馬車と護衛の十騎が凄い勢いで向かって来ているらしい…どうする?」
「…護衛ってのは、どんな装備をしてるか分かるか?」
「統一された皮鎧に…槍だそうだ。」
「ふむ…コッペリ村に憲兵隊や騎士兵の駐屯所はない。それで、兵隊並みの装備か…多分、イェルメイドだな。」
「げっ、イェルメイド⁉︎あの…オリヴィアの仲間かっ‼︎」
カールはユニテ村でオリヴィアにこっ酷い目に遭っている。
体の大きな戦士、山賊の頭ブルーノが言った。
「おい、イェルメイドって何だ?」
ベンジャミンが答えた。
「ここから北東に二日行ったところにイェルマ渓谷ってのがある。そこを拠点にしている女どもだ。組織的な集団で…戦闘民族と言っても良いかな。…ブルーノ、手を出さない方がいいぞ。」
「たかが女だろう…。」
ブルーノの返答に…ベンジャミンは嫌な予感がした。
この山賊たちは元は傭兵で、いわゆる「傭兵崩れ」だ。どこかで戦争や紛争があれば飯のタネになるのだが、この数ヶ月、そういったものが起こってないので食うために始めた山賊稼業だ。
ベンジャミン、カール、ガスは一度エステリック城下町に戻ったものの、仕事にありつけなかった。そこで傭兵ギルドの仲間に声を掛けて盗賊団を結成した。アザル盗賊団の例もあるので、城下町からは遠く、それでいて東西貿易の要衝…コッペリ村が近いこの街道を選んだ。これはベンジャミンの提案だ。
ベンジャミンは自分をよくわきまえていたので、リーダーはブルーノに譲って今回もナンバー2の参謀役に収まっていた。
ガスが矢文を携えてやって来た。
「奴らの馬車…止まったぞ。それで…護衛が馬を降りて…消えたようだ。」
「何ぃっ⁉︎そりゃ、どういうこった?」
ブルーノの疑問にベンジャミンが答えた。
「左右に分かれて…林の中の俺たちを漁るつもりだ…。俺たちがここにいる事が逃げた冒険者から漏れたんだろう。…まずったな。」
「ふんっ、俺たちは三十五人だ。あっちは十人…返り討ちにしてやれ!」
「やめておけ、ブルーノ。相手は体系的な訓練を受けた兵士…近衛騎士兵以上の手練れだぞ。例え相手を皆殺しに出来たとしても…こちらも甚大な被害を被ることは間違いない。」
ブルーノはベンジャミンの言葉に耳も貸さず、ひとりでどんどん林の傾斜地を降りていった。
やれやれといった風で、ベンジャミンはカールとガスに言った。
「お前ら、命が惜しかったらここにいろ…。」
「おおう…。」
元傭兵の山賊たちは、三十二人を左右の林に分散させることはせず、左の林に集中させた。イェルメイドとやらが十人を左右に分散させたなら、ここには五人だ。三十二対五…負けるはずがない。
アーチャーが「イーグルアイ」で前方を警戒しながら前を進んだ。斥候もアーチャーと足並みを揃えて進んでいた。その後ろをぞろぞろと三十人の山賊が続いた。
「…いたっ!二人見つけた。いや待て…20mほど間隔をあけて、もう二人…!」
ブルーノが言った。
「射殺せっ!」
アーチャーは30m先のイェルメイドに向けて矢を放った。
ブルーノは三十二対五の圧倒的優勢で相手を見くびったようだ。通常なら、隊を潜ませ待ち伏せして、相手をギリギリまで引き寄せて急襲するのがセオリーだ。
矢は外れた。そして…返し矢ならぬ返し槍が、アーチャー目掛けて飛んできた。ランサーのスキル「スピア」だ。槍はアーチャーの腹に命中し、アーチャーは後方へ3mふっ飛んだ。山賊たちはその槍の投擲の凄さに少し怯んだ。
接敵したイェルメイドは指笛を鳴らした。すぐに、離れていたもう二人が合流してきた。四人になったイェルメイドは槍を前に構えて突進した。
山賊たちは、盾持ちの戦士や剣士が前に出て、盾で槍を防ごうとした。四人のランサーは横にぴたりと並んで…ひとりが盾の正面を槍を突き、その槍を力まかせに横に振った。すると、盾がわずかに横にずれて…その時できた隙に、もうひとりのランサーがタイミング良く槍を突き込んだ。その槍は盾持ち戦士の喉を深く抉った。
それを見た盾持ちの前衛たちは一斉に後退りした。
ブルーノの怒号が飛んだ。
「何やってんだ、相手はたったの四人だぞ…包囲してじっくり攻めんだよっ!」
ブルーノの指示で、気を取り直した山賊たちは距離を取りつつ大きく四人のイェルメイドたちを取り囲み、それからジリジリと包囲の輪を縮めていった。イェルメイドたちはお互いの背中をくっつけて…槍で山賊たちを牽制しつつ、ゆっくり回り始めた。
その時、どこかで指笛が短く二回鳴った。それを聞いた四人はすぐにべったりと地面の上にうつ伏せになった。
次の瞬間、もの凄い勢いで何かが宙を飛んできて、ひとりの山賊の背中に激しく衝突した。その衝撃で、山賊の体は大量の血をばら撒きながら二つに割れて…なおもその飛来物は四人のイェルメイドたちの上を通過し、対面の山賊の胸に深々と突き刺さり、そのまま2m飛んで山賊を大木の幹に串刺しにした。それは、「アサルト」のスキルで投擲された…ルカの方天戟だった。
「どひゃあぁ〜〜っ…‼︎」
この世のものとは思えないほどの仲間の惨状を見て、何が起こったのか分からず…山賊たちは浮き足だった。
そこへ二騎の騎馬が林の斜面を駆け上がってきた。ベレッタとルカだ。二人は別動隊として後方に待機していたのだ。二人の卓越した操馬術は不安定な傾斜地でも難なく馬を走らせ、山賊の包囲陣に突っ込んだ。
ベレッタは自慢の青龍刀で、当たるをこれ幸いと、山賊たちを右に左に薙ぎ払っていった。…首が飛び、腕がちぎれ、血飛沫が宙を赤く染めた。
ベレッタは馬で次々に山賊たちに体当たりして、包囲陣を散らしていった。その間に方天戟を回収したルカ、四人のランサーも参戦して散らばった山賊たちをバタバタと各個撃破していった。すると…
「…女だてらに調子に乗りやがってぇ〜〜…!」
ブルーノがベレッタの前に立ち塞がった。
「お前が大将か…。」
ベレッタは馬から降りてブルーノと対峙した。
ブルーノは「パワードマッスル」と「マイティソウル」を発動させ、精一杯いきがって両手斧を振りかざし言い放った。
「聞いて驚くな…俺ぁなぁ…スキル三つ持ちだぞっ…!」
「ほほぉ…戦士か…。三つぐらいで、ほざくなっ!私しゃ深度2カンストだっ‼︎」
「な…何ぃっ⁉︎」
「だがなぁ…お前ごとき雑魚にスキルなど必要ないっ!」
(こいつ、今、スキルを二つ発動させたな…。多分、「パワードマッスル」と「マイティソウル」だな。残るスキルはひとつ…「ウォークライ」か「パワークラッシュ」か…)
ベレッタは青龍刀をぐっと腰に据え、腰を低く落とした。右足でしっかり地面を捉え…全体重を乗せ、渾身の力で飛び出した。
ブルーノは迎撃すべく…「ウォークライ」を発動させた。
「うおぉぉ〜〜〜っ‼︎」
「ウォークライ」を真正面から食らったベレッタは必死に意識を保とうとした…が、朦朧として周りの景色が次第に遠のいていった。
だが、ベレッタの青龍刀は慣性の法則に従い…ブルーノの腹を貫通していた。
逃げていった山賊たちは、指笛で右の林から移動してきた四人のランサーとの挟み討ちに遭ってことごとく討ち取られた。
「おお〜〜い、ベレッタ。…なんだ、気絶してるのか。だらしないなぁ…。ホント、お前は一騎討ちが好きだなぁ。」
ルカはベレッタを肩に担いで、仲間と一緒に林の斜面を降りていった。
ベンジャミンたち三人が焚き火を囲み山賊の拠点で暖をとっていると、斥候が息を切らせてやってきた。
「だ…ダメだったぁ…。俺以外、全員殺られたぁ…俺は『シャドウハイド』で何とか逃げて来れた…。」
「そうか…やはりイェルメイドは敵に回すべきじゃなかったな…。ここはダメだ…拠点を変えよう…。」
四人は荷物をまとめた。




