二百二章 レッサーデーモン
二百二章 レッサーデーモン
次の日の朝、ヴィオレッタたちはザクレンと共に、市中を馬で回った。
ザクレンは、はじめはヴィオレッタたちに同行するつもりはなかったが、ヴィオレッタが後で意見が食い違う事がないように、ザクレンにも一緒に来て同じ物を見るようにと懇願したからだ。ザクレンもヴィオレッタたちがマットガイストで好き勝手に行動してもらっては困るので、それに同意した。
ヴィオレッタはスクルの馬の後ろに乗り、タイレルの馬の後ろにはグラントが乗った。ティモシーはひとりで乗った。これにザクレンの馬を加えた四頭の馬はただふらふらと町の小さな市場を見物した。
馬上で、ヴィオレッタが話を切り出した。
「そう言えば、ザクレンさんは魔族領の出身だそうですね。魔族領の町もこんな感じですか?」
「そうだな…下級魔族の町や村はこんなものだな…。」
「…と言うと、上級魔族というのがいるんですね?」
「ああ、遥か昔からいる強い血筋の魔族たちだ。そいつらはドワーフの職人が贅を尽くして造った立派な宮殿に住んでる。」
「…強い血筋?」
「魔族領じゃぁ…力の強さが全てだ。弱肉強食…これだけだ。強い魔族が弱い魔族を蹂躙する。命が惜しい弱い魔族は金品を支払って見逃してもらい、他の強い魔族から守ってもらう…これがみかじめ料、つまり税金だな。そうやって、町ができる。その強い魔族同士が結託して…魔族領ができたって訳だ。…俺の種族名を知ってるか?」
「いえ…。」
「レッサーデーモンだ。俺は学がないから、詳しい事は分からんが…デーモンと人間が交わって俺たちが生まれたらしい…。そもそも、デーモンは不死で肉体がないらしいが、俺たちレッサーデーモンはこうして肉体を持ったせいで槍で突かれりゃ…あっさり死んじまう。そのレッサーデーモンの中にも、とびっきり強い奴らがいるわけだ。例えばだ…ハウゼンガルドの血筋だ。こいつらは腕っぷしも強いし、魔力も高い。人魔大戦じゃ、ハウゼンガルド家はいつも中心にいて不動の大幹部様だ。俺も一応、マットガイストって家名持ちなんだが…格が全然違うねぇ…。だから、俺の親父はうだつの上がらねえ下級兵士に嫌気がさして…魔族領を逃げ出したって訳よ…。大きいところじゃぁ…今言ったハウゼンガルド家、ダークエルフのグンター家、オーガロードの…ああ、あそこはウドの大木の寄せ集めだったか…まぁ、この三つだな。」
「経済活動とかは…どうなっているのですか?」
「よく分からん…。基本的には物々交換だな。だが、人並みに金銀宝石の類も好きだから、上級魔族の間では砂金や重さの決まった金や銀のコインを貨幣代わりに使ってるな。」
「ふうぅ〜〜ん…面白いですね。…あっ!」
街の通りの向こうに…ヴィオレッタはホイットニーの姿をちらりと見た。ホイットニーは手招きをしていた。
ヴィオレッタはすぐにザクレンに言った。
「ザクレンさん、ちょっとフードを深く被ってください。ここからは馬を降りて歩きます。」
「…どうした⁉︎」
「いいから、いいから。」
ヴィオレッタとザクレンは馬をスクルたちに預けて、ホイットニーが手招きをした方向にゆっくり歩いた。その方向には…小麦粉を扱う粉商人の露店があった。麻袋いっぱいの小麦粉が五袋も置いてあった。
それを見たザクレンは不可解さと怒りで、言葉がもつれた。
「こ…こんなところで、何で…売ってる…小麦粉を…?」
ヴィオレッタはザクレンに落ち着くように言って、それから粉商人と話を始めた。
「おじさん、この小麦粉は本物なのぉ〜〜?」
「何言ってんだ、当たり前だよ、混ぜ物なしだよ!」
「…でも、1kg銀貨一枚って…ぼったくりじゃない?」
「こら、小娘っ…冷やかしなら、あっち行けっ!」
ヴィオレッタは腰帯から皮袋を出すと、粉商人に中の金貨、銀貨を見せた。
「お…こりゃ…。」
粉商人は大量に買ってもらうことを期待して…得意げに喋った。
「どこの店に行ってもこの値段だぞ。次はいつ入荷するか分からねぇ、ある時に買っといた方がいいぜ。配給の小麦粉なんか当てにしてら…雪が降ってきちまうぞ。」
「分かった…1kgちょうだい。」
「…もっと買えよ…。」
「1kgちょうだい。」
ヴィオレッタは懐から袋を出し、お金を払って買った小麦粉1kgを袋に入れてもらった。ヴィオレッタは後ろの鬼の形相のザクレンの袖を引っ張って、その場を離れた。
ザクレンが言った。
「むむ…闇市か。…にしてもだ。貴重な小麦粉をどっから仕入れてきたんだ…⁉︎それも…四倍の値段で売りやがって…!」
「ザクレンさん、ちょっと見てください。この小麦粉はマットガイスト産ですか?」
ザクレンはヴィオレッタが買った小麦粉を指でひとつまみすると、色と感触を確かめた。
「…白くて、キメが細かいな…。リーン産か?」
ヴィオレッタは言った。
「うちの小麦粉は、今年はまだマットガイストに輸出してませんよ。」
「すると…この小麦粉は…?」
「同盟国産…ですね。」
「そんな、バカなっ!…それは、あり得んっ‼︎」
マットガイスト族長区の主な産出物は馬、羊、豚で、典型的な牧畜国家だ。小麦やトウモロコシ、ライ麦、ひよこ豆を栽培している農家もあるが、絶対量が足りない。そのため、小麦粉とトウモロコシは隣国の他の族長区からの輸入に頼っている。冬場になると必ず穀物類は不足するため、マットガイスト族長区では国が全ての農家から一括して買い上げ、配給にして売っているのだ。
「くそっ、あの粉屋をとっ捕まえて、吐かせてやる…!」
「待って、待って…他も見て回りましょうよ。」
ヴィオレッタはザクレンを引っ張って、市場の中を歩いた。実際には、ヴィオレッタは先行するホイットニーの後を着いていっているだけなのだが…。
ホイットニーが指差した。ヴィオレッタはその方向にザクレンを引っ張っていった。
「ほら、ザクレンさん。あそこにも粉屋さんがいますよ。」
その粉商人はトウモロコシ粉を売っていた。やはり、値段は配給のほぼ四倍だった。
ヴィオレッタたちはこの後、他の町や村の市場も見て回った。そこでもやはり、粉商人がいて…闇の穀物を売っていた。
ヴィオレッタが言った。
「こうして見ると…けっこう食糧は国民に行き届いているじゃないですか、値段は法外ですけど…。」
「そんなはずはないんだ…厳しい冬を乗り切るために、義倉の穀物は小出しにして配給にしている…。そうかっ!…誰かが義倉の穀物を横流ししてるんだなっ⁉︎」
当たらずとも遠からずだ。ヴィオレッタがザクレンを促した。
「今から、義倉に行ってみましょう…。確認すれば分かることです。」
「俺たちが直接行かんでも…人をやって調べさせれば…」
「…誰かが横流ししてる可能性があるんでしょ?他人を信用してはいけません…何事もザクレンさん自身の目で確認しなければ!」
「ふむ…一理あるな。」
みんなして、マットガイストの義倉に行って確認した。結果は、義倉の穀物は減っておらず、何らの異常もなかった。
ザクレンは不貞腐れて、ヴィオレッタに半ば八つ当たりするかのように言った。
「わ…分からんっ!一体、どうなってるんだっ⁉︎…おい、セレスティシア…お前、何か知ってるんじゃないのか、教えろよっ‼︎」
「ふふふ…知りたいですか?」
「…何っ‼︎」
「今回のお忍び視察…実はこれが本命なんですよ。最近、リーンに潜伏する同盟国のスパイのお掃除をしたんです。…で、そのスパイの口から出た情報がマットガイストに関するものでした…。これは密輸です。」
「密輸だとっ!…密輸ってことは…相手は…同盟国かっ⁉︎」
「それについては、今晩、詳しく説明いたしましょう…後、対処方法もね。」
「…うむ!」
ザクレンはヴィオレッタたちを、昨日一泊した建物とは別の…小綺麗な建物に案内した。ヴィオレッタたちの待遇は、ほんの少しだけ良くなった。




