二百一章 マットガイスト族長区視察
二百一章 マットガイスト族長区視察
一週間ほどして、再びホイットニーがコッペリ村に戻ってきた。ティモシーがその事をクロエに伝え、クロエがヴィオレッタに知らせた。
ヴィオレッタはその日のうちに、スクルとタイレルを護衛として連れて早速ティモシーの家を訪れた。
ティモシーとシーラがいた。普段、この朝の時間だと、ティモシーとシーラはクロエと一緒に村の広場で蹴鞠をしているのだが…。
「あっ、来たよぉ〜〜…セレチチア様が来たぁ〜〜っ!」
「おはよ、シーラ。はい、これ…。」
ヴィオレッタは手土産の鶏肉をシーラに手渡した。するとシーラは母親のナンシーのところに急いで持っていった。
「お母ちゃん、これもらったぁ〜〜!今日の晩ご飯ねぇ〜〜‼︎」
なるほど…私が来ると分かって、わざわざこれを待っていたのか…。
ホイットニーが片膝をついて、ヴィオレッタに挨拶をした。
「どうも、セレスティシア様…。」
「やぁやぁ、一週間ぶり。で、どうでしたか…?」
「スパイはみな、帰順させました。」
元々はみなリーン族長区連邦の住人…さほど難しいことではないだろう。
「それは重畳…ガンスはペレスさんと接触しましたか?」
「はい、ちゃんと偽情報を流しましたよ。それと…マットガイストで食糧を密輸している件、尻尾を掴みましたよ…。」
「おおぉ〜〜、でかした…!ホイットニーさん、お手柄でしたねっ‼︎」
ティモシーとシーラはヴィオレッタとホイットニーの話を聞いていた。
「セレスティシア様、これからどうしますか?…密輸された食糧をぶん取りますか?」
「…それについてはちょっとした策があります。スパイがみんな帰順したのであれば…スパイを見張っていた人たちをマットガイストに集めてください、やってもらいたい事があります。」
その時、シーラが少し身を乗り出して言った。
「セレチチア様、お父ちゃんに帰って来るように命令ちてくだちゃいっ!」
「…え?」
一瞬、その場の時間が止まった。
「セレチチア様が命令ちたら…お父ちゃんは帰って来れるんでちょっ?」
「うう…⁉︎」
そうか…シーラはおませだが、まだ子供なのだ。母親のナンシーはそばにいるが、やっぱり父親にも会いたいのだ。
ヴィオレッタはシーラに言った。
「分かった、分かった…。じゃぁ、えっと…シーラのお父さんはガレルさんか…。ガレルさんには休暇を出して、しばらくお家でのんびりしてもらいましょう。マットガイストの件は…七人でやりましょうか。」
ホイットニーが指を折りながら、不思議そうに言った。
「え…ガレルを除いたら、俺、エビータ、レンド、レイモンド、ダスティン、ピック…六人では?」
「私を入れたら七人です!」
ヴィオレッタは毅然として言った。
ヴィオレッタは、突然マットガイスト族長区へのお忍び視察を決めた。あまりに突然過ぎたので、エヴェレットはおかんむりだった。しかし、ホイットニーたちの足並みが揃っている今でないと出来ない事なので、ヴィオレッタは強行した。それに…今回の作戦にはもうひとり…どうしてもマットガイストの族長ザクレンの協力が必要だった。
まずは先触れとしてマットガイスト族長区へ早馬を飛ばし、その後ヴィオレッタはリーンの戦略司令官スクルと参謀タイレル、そして護衛のティモシーとそば付きのグラントを伴って、小さな馬車でマットガイストに旅立った。
約十時間でマットガイスト族長区の境界に到達した。すると、国境から五騎の騎馬がやって来て、そして言った。
「先触れは届いた…俺たちはザクレン様に言われて、お前たちを首都バクレンまで護衛する。」
「それはご苦労さまです。」
ヴィオレッタたちはマットガイストの騎馬に先導されて、バクレンを目指した。
一時間も走ると、バクレンに着いた。ヴィオレッタが馬車から街並みを見回すと…バクレンは灰色一色で殺風景な町だった。建物は全て藁煉瓦と漆喰で建てられていたので、全ての建物は四角い。人も決して多くはなかった。
ヴィオレッタたちは小汚いひとつの建物に案内された。中には大きなテーブルと数脚の椅子が置いてあって、テーブルの上には木製のコップ、水差し、それと地酒の壺が置いてあった。…歓迎の意志はあるようだ。
「じきにザクレン様がいらっしゃいます。」
そう言って、マットガイストの護衛たちは建物から出ていった。
ヴィオレッタはとりあえず椅子の上に腰を落ち着かせた。…硬い椅子だった。
「まぁ…なんだ。追い返されなくて良かったね…。ええと、バクレンって、どっかで聞いたことがあるんだけど…?」
スクルが言った。
「ザクレンの父親の名前です。」
「ああ、そうそう。自分の父親の名前を首都の名前にするなんて…ザクレンは律儀な性格なのかしら?」
「悪い奴ではないと思います。ただ…何をするにも一本気で、自分の思った通りに事が運ばないと気が済まないというか…自分が正義…みたいな?悪気はないと思いますが…。」
「ああ…とっつきにくそうだね…。その手のタイプはおだてるのが一番なんだけど、誰かゴマスリが上手い人いる?」
スクル、タイレル、グラント、そしてティモシーも首を横に振った。
「はあぁ…努力してみるか。」
ザクレンがやって来た。ザクレンはテーブルの上座に座ると、間髪入れずに言い放った。
「セレスティシア…お前ら、何しにやって来たんだ⁉︎こちとら忙しいんだ…要件があるなら、さっさと済ませてくれっ!…歓迎会はやらないぞっ‼︎」
社交辞令の挨拶もなしに、話が始まった。ヴィオレッタは笑顔で言った。
「まぁまぁ…お忍びだから、歓迎会なんて要りませんよ。とりあえず、手土産を持って来ました、受け取ってください。」
ヴィオレッタが合図をすると、スクル、タイレル、グラントが馬車に積んでいた大きな木箱を部屋に運び入れた。
「なんだ、これは?」
「まぁ、中を見てください。」
ザクレンが木箱の蓋を取ると…木箱の中は氷で敷き詰められていた。ザクレンが手を突っ込んで、氷の中を探ると…数匹の大きな鮭が入っていた。
「お、これは…『魚』というヤツか。…初めて見たぞ。」
「リーンの川で獲れた鮭です。マットガイストには海も川もないから、珍しいかなと思いまして…。氷は私の魔法で作りました、魚の鮮度を保つためにね。」
「ほぉ…これは美味いのか?」
「バターと薬味をつけてフライパンで焼くと絶品ですよ。」
「…施しは受けぬが、これぐらいなら貰っておこう。」
ザクレンは木箱から大きな一匹を取り出して、珍しそうに鮭を眺めていた。すると、グラントがその鮭をザクレンから取り上げて、「僕が料理します」と言って、厨房に持っていった。
「時に、ザクレンさん。秋もだいぶ深まって来ましたね。冬支度の方は進んでますか?」
「だからぁ〜〜っ…それで忙しいんだよ。雪が降る前に、食糧の確保やらなんやらでこっちはてんてこ舞いだ。それを…お忍び視察だと⁉︎リーンの連中は呑気なものだっ!」
「そのための視察ですよ。一応、リーンはまだ盟主国です。冬を間近に迎えて、マットガイストは何か足りない物はありますか?リーンに余分があれば、融通しますよ?」
ザクレンは思った。
(今、こいつ…『まだ盟主国』と言ったな?…てことは、『ずっと盟主国』でいるつもりはない…盟主の座を俺に明け渡すつもりでマットガイストに来たのか?)
それでもザクレンは思惑を悟られまいと、語気を強めた。
「何もかんも足りねーよっ!とにかく、食糧をよこせっ‼︎」
「とにかく食糧…と言われましてもねぇ…。何がどれだけ足りないのか仰っていただかないと…。生産品の管理帳簿みたいなものはないのですか?」
「…ないっ!」
予想はしていたが、やはり帳簿の類はないのか…。悪徳官吏のやりたい放題だな。
「そうですか。だったら、私たちが少しマットガイストを歩き回って、民草の食糧事情を調べてもいいですか?」
「好きにしてくれ。こっちにはやましい事は何ひとつもないからなっ!」
そうしているうちに…厨房の方からバターの良い匂いが漂ってきた。グラントが両手に鮭のソテーを四皿抱えて持ってきた。
「どうぞ、ザクレンさん。私の手土産、食べてみてください。」
「お…おう。」
ザクレンはなかなか手をつけようとしなかったが、ヴィオレッタたちが鮭を美味しそうに食べるのを見て…フォークで少し取って口に入れてみた。…美味だった!
「初めて食べる『魚』の味はどうですか?」
「お…おう。…悪くないな…。」
「実はですね…ドルイン港に生け簀というものを作りました。後で港の総督に話を通しておきますので…もし、冬に『魚』の必要があれば、お好きなだけどうぞ。冬だったら、荷馬車でゆっくり運んでも腐らないでしょう。」
「む…わ、分かった。」
無愛想に見せてはいたが…ザクレンにとって、この話は大変ありがたかった。雪が降ると…毎年のように国民の中に餓死者が出るからだ。
その日の夜は、ザクレンが人数分の寝台と寝具を建物の二階に用意してくれたので、ヴィオレッタたちはそこで寝た。




