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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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二章 ゴブリンとの遭遇

二章 ゴブリンとの遭遇


 コッペリ村を出るとすぐに大きな街道がある。しかし、馬車すぐに左に折れて小さな脇道に入った。街道を使うとイェルマから来たことがばれてしまうからだ。

 彼女たちは大きく迂回して逆方向からオリゴ村に入り、そこからエステリック王国に入る予定だった。二週間ほど余分な日数がかかるが仕方がない。

 ダフネは旅には欠かせない食糧の確認をしていた。米二袋、小麦一袋、堅パン三籠、干し肉の塊五つ……おや?

「チーズが…なんで…十ホールもあるんだ!?」

「ああ、それ?わたしが持ってきたのよ。」

 オリヴィアがさらりと言った。

「持ってきたって……チーズを……どーして?」

「昨日の晩に五個、今日出てくるときに五個馬車に積んだの。重たいから分けて運び込んだのよ。」

「じゃなくて……貴重なチーズは戦時携帯食だから戦争の時かお祝いの時しか食べないじゃん!それもこんなに大量に……ちゃんと許可はもらってるんだろうね!?」

 オリヴィアは視線をそらせた。オリヴィアのことだからチーズ工房からちょろまかしてきたのだろう。予想はつく。この人の辞書には「節制」とか「禁止」とかいう文言はないのだから。

「あたしは知らないよ、兵站局に怒られたって。」

「チーズ大好きだもの。」

「そーゆー事じゃなくて……。」

「じゃ、ダフネはチーズ食べないのね?」

「だからぁ……!」

「食べないのね!?」

「その……。」

「食べないのね!?」

「た……食べるよ。」

 イェルメイドの多くは山羊の乳で作ったチーズは大好物だった。

「ダフネ、オリヴィアさんの事でいちいち気にしてたら身が持たないよ?なるようにしかならないんだから。」

 達観したふうにアンネリが言った。


 しばらく馬車を走らせると御者台のアンネリが前方の異変を察知した。

「道のど真ん中に残骸があるね。手押し車…いや、小さな荷馬車かな。」

 ダフネとアンネリは馬車から降りて壊れた荷馬車の様子をうかがった。

「どうだ、アンネリ?」

「争った跡がある。」

「山賊か?」

「いや、ロバの蹄と靴の跡、それに裸足の小さな足跡がたくさん……こりゃぁゴブリンだ。人間が襲われたのかも。」

 アンネリの職種は斥候で「斥候房」所属だ。俊敏な身のこなしであらゆる武器をそつなくこなし、鋭敏な目と耳で咄嗟の状況把握ができるように訓練されている。罠を見破り、時には自ら罠を仕掛ける。

「こっちに血がついてる。森の中に引きずり込んだ跡がある。ちょっと行ってくる。」

 そう言うと、アンネリは小高い崖を素早く駆け上がり森の中に消えた。

 ダフネは馬車からバトルアックスとラウンドシールドを取り出すとすぐにアンネリの後を追った。

「オリヴィアさんはどうする!?」

「おべべが汚れるから、わたし行かなーい。」

 オリヴィアは御者台の上で手を振っていた。

 森の中をアンネリが消えた方向に急ぎ足で30mほど進むと、上の方から小鳥のさえずりが聞こえた。アンネリの合図だった。

 見上げるとアンネリが大きな木の枝の上にいた。

 アンネリはダフネを目視すると手信号を送ってきた。

(前方10m)

(敵8)

(奇襲可能……GO!)

 ゴブリンたちはまだダフネたちに気付いていない。ダフネはゴブリンたちの前に躍り出た。

「うわっ……⁉」

 目の前の状況にダフネの思考は停止し身体が固まってしまった。ひとりの女性がゴブリンたちに輪姦されている現場を目撃したのだった。

 ゴブリンたちがダフネに気付いた。

「ダフネ、何やってるんだ!」

 アンネリの声で我に返ったダフネだが、ワンテンポ遅れたため襲ってきたゴブリン二匹を迎撃することができず、ラウンドシールドを敵に突き出すことしかできなかった。

 次の瞬間、二匹のゴブリンの後頭部に二本ずつ投げクナイが突き刺さった。

「アンネリ……た、助かった。」

 調子を取り戻したダフネはゴブリンたちの中に猛然と突進し、竜巻のようにバトルアックスを振り回した。挿絵(By みてみん)

 長身で体格の良いダフネが繰り出す重量のある斧の攻撃は小柄で軽いゴブリンの棍棒をへし折り、そのまま首を吹っ飛ばし、胴を真っ二つにした。ゴブリン数匹程度なら彼女たちの敵ではなかった。

 最後に女性の背中に乗っかっていたゴブリンの頭を粉砕し、女性から身体を引っぺがそうとした。しかし、結合部がなかなかはずれない。発情したゴブリンの陰茎の根元には返しの様な膨らみがあるのだ。

「うへ、犬といっしょだな。」

 ダフネは自分の外套で女性を包み、抱きかかえる様にして立たせた。女性はゴブリンたちによって内臓を食い破られたロバを見て顔を覆って嗚咽した。

 ダフネたちの馬車に便乗した女性はヘラと名乗り、ダフネたちに丁重なお礼を述べつつ事の次第を語った。

「私はプリム村で父と一緒に小商いをしております。コッペリ村にどうしても納めねばならない品物があったのですが、あいにく父が病の床に伏せってしまい、私ひとりで運搬中にゴブリンに襲われてしまいました。」

「無茶だろぉ〜。女ひとりで人気のない脇道を歩いたら山賊かゴブリンに襲われるって。」

「噂だと、最近はオークやゴブリンは人を怖れて寄ってこないって…だから私ひとりでも何とかなるかなって…。」

「大きな街道には出ないってのは聞いたことあるけど、やっぱり女ひとりはやばいよ。」

 この世界には魔王が存在する。その魔王を倒すべく勇者が現れる。そしてこの両者は古来幾度となく死闘を繰り返している。記録に残っているだけで魔王軍と勇者軍は八度戦っている。

 現在勇者軍の五勝三敗で、特に直近では勇者軍が三連勝していた。この三連勝が人類に今までに経験した事のないほどの繁栄をもたらしていた。

 魔王軍に荒らされなかった土地や畑、破壊されなかった城や建物、そして殺されなかった人々、これが長い年月で人類の生活の安定と勢力拡大につながっていた。

 かつて魔王の手下だったオークやゴブリンは討伐されるのを恐れて、あまり人前に出てくることが少なくなったのは事実だ。

「すみません。しばらく行くと川につながる横道があります。水浴びをしたいのでできたらそちらに寄りたいのですが…。」

「いいよ。もう昼すぎだね。そこでちょっと休憩にするか。」

「うんうん、お腹の中のゴブリンの精液、早く洗い流した方がいいよ。ゴブリンとかオークってメスがレアだから人間の女に子供を産ませるらしいよ。ゴブリンの子供を産むなんて嫌だよね。」

 ダフネとヘラの話に割り込んできたのはオリヴィアだった。

「で…ゴブリンのオチンチン、どうだった?」

 オリヴィアは眼を爛々と輝かせてヘラの身の上に降りかかった不幸に食いつくのだった。

「私は人間相手しか経験がないのよね。だからさ、ぜひ経験者に実際のところを聞きたいわけよ。あんな小さなペニスが気持ちいいものなのかどうなのか、すごく興味があるのよ。」

 ヘラは外套で顔を覆いしくしくと泣き始めた。

「オリヴィアさん、いい加減にしろよぉ〜〜っ!」

 ダフネは背後からオリヴィアを羽交締めにして荷台の奥に引っぱり込んだ。荷台の上で二人が格闘する音がした。

「ま…参った。」

「ダフネちゃん、素手でわたしとやり合おうなんていつからそんな命知らずになったのかしら?」

 オリヴィアは微笑んでいたが、ダフネの右肩の関節をしっかりと固めていた。オリヴィアがぐいっぐいっと力を入れる度にダフネはあうっあうっと呻き声をあげた。

 横道はなだらかに傾斜していて、馬車はどんどん山道を下っていった。

「おお!」

 木々が途切れるといきなり視界が開け、広大な河川敷が現れた。

 この河川敷はこの辺りでは給水の要所なのだろう。少なからずの旅人が馬に水を飲ませたり水桶を運んだりしていた。

 砂利道に入るとオリヴィアが衣服を脱ぎ始めた。馬車から飛び降りるとパンツも脱ぎ捨てて川に向かってまっしぐらに走って行き、水面にボディアタックをかましていた。

「あの人はどういう人なんですか。女性が水浴びをする時は沐浴着を身に付けるのが礼儀でしょうに。」

 そう言ってヘラは自分のかばんから常備している沐浴着を出した。

 その横で、ダフネとアンネリもパンツ一枚で今にも川へ突撃する勢いだった。

「オリヴィアさん、ずるいぞぉ〜〜!」

 この人たちは私とは違う世界の住人だとヘラは確信した。

 ダフネとアンネリは川の比較的浅い場所でふざけ合っていた。ヘラは沐浴着をつけてひっそりと汚れた体を洗った。

 イェルメイドたちは渓谷を巧みに利用して生活している。北と南の山岳斜面を階段上に開拓し、田や畑を作り住居を構えている。

 中でも「北の三段目」と呼ばれる地域には10m程の滝があり、直径およそ20mの自然の泉があった。春の終わりから秋の初頭の間、この泉で水遊びをするのがイェルメイドたちにとって娯楽のひとつだった。なので、イェルメイドには金槌はいない。

 オリヴィアは水面をクロールで縦横無尽に泳ぎ回ったり、水中を潜って突然現れて旅人を脅かしたりして遊んでいた。

 オリヴィアが次に潜水からひょこっと顔を出すと、目の前で二個小隊ぐらいの兵士が火を囲んで食事をしているところだった。

 オリビアは立ち上がってニコッと笑い、全裸のまま兵士たちに敬礼をした。オリヴィアの見事な胸と水の雫を伴ってキラキラと輝く頭髪と同じ色のアンダーヘアに兵士たちの目は釘付けになった。挿絵(By みてみん)

 ダフネとアンネリがパンツ一枚で堅パンを切り分けてかじっていると、6本の鶏肉の串焼きを両手に持ったオリヴィアが帰ってきた。

「兵隊さんにもらったー。」

「おお、鶏かぁ。いいねぇ!」

「そういえばヘラさんはどこ行った?」

 そこに服装を整えたヘラが来て、綺麗に畳んだ外套をダフネに差し出した。

「あちらの兵隊さんたちがプリム村の近くまで送ってくれるそうなのでついて行こうと思います。いろいろとありがとうございました。」

「そうか、気をつけてね。」

 ダフネたちとヘラはここで別れた。


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