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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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百九十九章 雑話 その1

百九十九章 雑話 その1


 午後十一時を回って、金払いの良いイェルメイドの衛兵たちがコッペリ村をうろつき始めた。

 キャシィズカフェはいつも通り繁盛していた。サムはひとりのイェルメイドの髪をあたっていて、テーブルでは順番待ちのイェルメイドがハーブティーをすすっていた。イェルメイドたちは世間話をしていた。

「ねぇ、聞いた?…祝賀会。また、オリヴィアが大騒ぎしたみたいよ。」

「あはははは、この二、三年は必ずオリヴィアが絡んでるよね。」

「今回は度が過ぎたらしくてね…オリヴィア、懲罰房行きになったらしいよ。」

「あの人、何回目だよ…懲罰房。…今回は何日?」

「二週間らしいよ。」

 それを聞いたサムは慌てた。「少しお待ちください」と言って整髪を中断し、キャシィズカフェの厨房に駆け込んだ。そして、オリヴィアの情報をグレイスに伝えた。

「まっ!…祝賀会から、ひと晩たっても帰ってこないと思ったら…」

 キャシィが大笑いした。

「あはははははっ…オリヴィア姉ぇったら!」

 グレイスが怒鳴った。

「笑い事じゃありません!…これから、養蚕やら工場建設やらで大変って時に…‼︎」

「オリヴィア姉ぇがいても、いなくても関係ないじゃん…」

「ありますよっ!セドリックとは夫婦なんだから、セドリックが気落ちしちまうじゃないかっ‼︎…そうなったら、いろんなところに支障が出るだろ…⁉︎」

「そ、そうかぁ…。」

「なんとか…オリヴィアを懲罰房から出してあげられないかねぇ…それで、コッペリ村に戻って来てもらわないと…。」

「…それは…ちょっと無理かも…。」

「私…ちょっとオーレリィのところに相談に行ってくるよ。キャシィ、お店は任せたよ!」

「任されましたぁ〜〜っ!」

 お昼を過ぎると、お店は暇になった。

 すると…ひとりの女がキャシィズカフェにやって来た。その顔を見て、キャシィは腰を抜かさんばかりに驚いた。

「ふげぁっ…チェ、チェ、チェルシー…さん…様っ…⁉︎」

 黒亀大臣のチェルシーはイェルマの財政を一手に任されている「四獣」の中のひとりだ。チェルシーの後から、十人のイェルメイドと三台の荷車が到着した。

「…不本意だが、イェルマでもワインを扱うことになった。とりあえず…十五樽ほど卸してくれ。」

「は、は、は、はいぃ〜〜っ!」

 キャシィはワイン倉庫の大扉を開けて、荷車を招き入れると、十人のイェルメイドが次々とワイン樽を荷車に積み込んでいった。

「料金は前回と同じでいいな⁉︎」

「は、は、は、はいですぅ〜〜…!」

「また…来月も来るからな…準備しておいてくれ。」

 そう言って、チェルシーはお金の詰まった皮袋をテーブルの上にドンっと置いて…静かに帰っていった。

 キャシィはドキドキしながら、チェルシーと荷車を見送った。しばらくして、心臓の鼓動がおさまると…思った。

(アナさん、うまくやってくれたのね…ありがとおぉ〜〜〜〜っ‼︎)


 コッペリ村からティアーク城下町に帰ってきたホーキンズは、ヒラリーの報告書を読んでグンターの軍資金が実在していたことに驚愕していた。どうしたものかと思ったが…立場上、この事実を隠しておくことはできなかった。(…そうしないと、エステリックの冒険者ギルドから謝礼金が貰えない。)

 ホーキンズの報告書は、エステリック城下町の冒険者ギルドを通じて、エステリック王国の軍務尚書のところまで届いた。(…そうしないと、王国からクエスト完了の報奨金が貰えない。)

 軍務尚書はすぐに国王に知らせ、国王は各尚書、大臣を招集し緊急会議を開いた。その結果、すぐに「グンター軍資金回収部隊」を組織し、ユニテ村に派遣した。

 兵士は、王国騎士兵三十名と王国義勇兵六十名、「魔道棟」から借り受けた魔道士十名、そして、ウラネリス教総本山…大神殿からは司祭長一名と司祭二名、それと中堅の神官七名の計百十名が派遣された。

 ユニテ村の一本道で検問をしていた憲兵は、王国がついに本腰を入れてユニテ村のアンデッドを根絶しにやって来たと、小躍りして喜んだ。

 回収部隊は、一本道で十数体のスケルトンと遭遇した。兵士たちは鋼の剣でスケルトンたちを打ち砕き、ひたすら前進した。だが、次に現れた十数体のゾンビは元傭兵だったためそこそこの装備をしており、回収部隊は苦戦して八人の死者を出した。

 王国の首脳陣たちはグンターの軍資金に目が眩んでいて、ホーキンズの報告書などろくに読まず、兵士へのアンデッド対策の周知徹底を怠っていた。そのため、回収部隊は銀武器の用意すらせず、最優先は軍資金回収だとして死んだ兵士をその場に埋葬した。

 ジョット邸の地下墓所に到着した時には、義勇兵は全て戦死しており…残ったのは貴族の子弟からなる騎士兵、魔道士とクレリックたちだけだった。

 約半数の兵力を失ったことで、魔道士たちは即時撤退を提案したが、騎士兵と司祭長が強行した。

 地下墓所に入ると、すぐに数体のゾンビの襲撃を受けた。

「法と秩序の神ウラネリスの名において命ずる。神のことわりもて、運命に逆らうものは運命の輪に、地に還るべきものは地に、火に帰するものは火に帰れ…滅びよ!大地への還元‼︎」

 クレリックの魔法、「大地への還元ターンアンデッド」は魔力消費の割にアンデッド一体にしか効果がなく、非常に効率の悪い魔法だった。にもかかわらず、クレリックたちはそれを連発した。なので、地下二階に到達する頃にはクレリックたちの魔力は底を突いていた。

 貴族の習慣が染み付いて他人頼りの騎士兵の隊長と財宝に目が眩んだ司祭長は、退路を確保することなど微塵も考えず、ひたすら前に進んだ。

 地下二階でカーズドスライムの大群に遭遇し、回収部隊は致命的な大打撃を受け…それでも、あろうことか…地下三階に逃げ込んだ。

 司祭と司祭長、そして騎士兵隊長はついにグンターの軍資金を目の前にした。

「おおお…何という光景…。これだけの財宝があれば、エステリック王国は更なる繁栄を約束されたも同然!司祭よ、この財宝に掛けられている呪いを解くのだ。」

「司祭長様、このような強力な呪いを解呪するなど無理でございます…!」

「ええいっ…神のご加護と皆の力を合わせれば…無理なことなどないっ!」

「し…しかしっ…。」

 騎士兵と魔道士、そしてクレリックたちは地下通路に押し寄せているカーズドスライムを迎撃するだけで手一杯で、背中の後ろからの、司祭長の「何とかしろ!」という罵声も聞こえない程だった。

 カーズドスライムを地に還す「大地への還元」の魔法も魔力が尽き…クレリックたちは沈黙した。魔道士たちの「ファイヤーアロー」も魔力が底を突き…後は騎士兵が鋼の剣でカーズドスライムと対決していた。兵士が二人、三人とカーズドスライムの餌食になっていき…ここで初めて隊長と司祭長は抜き差しならぬ状況に気づいた。

「だ…誰か、血路を開くのだ!…私を守れ、勇気を示して神の恩寵を賜るのだ‼︎」

 カーズドスライムに粘着された部下には目もくれず、隊長と司祭長たちは隙間のできた地下通路を駆け上がっていった。途中で、司祭のひとりがカーズドスライムに足を取られて転倒し…そのまま、複数のカーズドスライムの腹の中に引き摺り込まれていった。

 結局、生きて地上に出てこられたのは隊長と司祭長、そしてひとりの魔道士だけだった。

 魔道士は言った。

「お…お前ら…無策にも程がある…。もし、俺が生きて帰れたなら、必ず魔道棟にこの事を報告して、お前らを糾弾する!…仲間たちの死の責任を取ってもらうぞ!」

「魔道棟がいくらのものであろうか…魔道棟など、我の命に比べれば塵芥に等しいのだ、無礼者め。」

 司祭長が顎をしゃくり上げると…魔道士は隊長の剣によって首を落とされた。

 二人は馬に乗って、ユニテ村の一本道を引き返した。

「司祭長殿、このまま検問所のところまで行くことができればひと安心です。」

「うむ…。」

 が…隊長は一本道の向こうからやって来る大勢の人影を見た。みんな、エステリック王国義勇兵団のレザーアーマーを装備している…。

「うっ…死者が…蘇った⁉︎…司祭長殿、アンデッドの群れです、神聖魔法を…!」

 司祭長は奇跡の業を請われたが…できなかった。神の恩寵を受けていた若かりし頃は遠い昔だ…司祭長となり私欲にまみれた今では、体力を癒すヒールはもとより…猫の引っ掻き傷ですら治すことはできなくなっていた。

 アンデッドたちは馬の首に食らいつき、脚にもたれかかって馬を引き倒した。そして…。

 検問所の憲兵は、数日じゅうにはユニテ村のアンデッドはことごとく制圧され、ここも清浄な土地となり、これでこの一本道も見納めかなと…巻きタバコを吸いながら一本道のはるか向こうを眺めて、王国騎士兵の回収部隊が再びここを通るのを待っていた。

 

 ある雨の日のことである。

 ヴィオレッタは雨音を聞きながら、「雨の日必勝法」を模索していた。天から降り注ぐ大量の水…これを利用する方法はないだろうか。水は大量に空中にある。それを、無詠唱で操ることができる風の精霊シルフィで打ち出す「ハードスプラッシュ」の強化版が良いだろうか…いやいや、それではまだ弱い。そうだ、「トルネード」で水竜巻を作って、巻き込んだ敵を窒息死させるというのはどうだろうか…よし、これでいこう。

 ヴィオレッタが「セコイアの懐」のダイニング家屋から外に出ようとすると、エヴェレットから止められた。

「セレスティシア様、こんな雨の日にどこに行かれるのですか?」

「んん…ちょっと、魔法の実験を…。」

「体を冷やしては、風邪をひいてしまいますよ。」

「ちゃんと外套を着ていくからぁ…。」

「外套じゃ、ダメです。」

「…ん?」

 ヴィオレッタは雨の中を小走りで村の外れに向かっていた。この時間、いつもなら子供たちが蹴鞠をしている村の広場も、さすがに誰もいなかった。

 ふと見ると、いくつかある円形家屋と円形家屋の間の雨除けの下で、村の女の子たちが一か所に集まって何かをしていた。興味を持ったオリヴィアは、近くに寄って身を隠した。

 女の子は四人で、中にはクロエとシーラもいた。

 クロエが言った。

「エヴェレットさん、今日の晩ご飯は何ですかぁ?」

 シーラが答えた。

「あい、セレチチア様。今日は鮭のムニエルでちゅ。」

「…して、付け合わせのお野菜は何ですかぁ?」

「ニンジンとピーマンでちゅ。」

「そんな青臭いお野菜をエルフが食べると思っているんですか⁉︎…どう思いますか、ダーナさん。」

 すると、三人目の女の子が言った。

「…エルフはニンジンとピーマンは大嫌いでございます。エヴェレット様、私はおイモの方がよろしいかと…。」

 こ…これは…まさか、ままごと⁉︎…それも、セレスティシアごっこかぁっ‼︎そうか、これがシーラが大人びた口調で喋るようになった原因か。それにしても…クロエ扮するセレスティシアの後ろで四人目の女の子が、さっきから両手をぐるぐる回しているのは一体何だろう…?

 クロエが後ろを振り向いて言った。

「…メグミちゃん、こそばゆいですよ。ちょっと、シルフィサーフィンにでも行っておいで。」

「はぁ〜〜い。」

 メグミちゃんかぁ〜〜っ!どんだけ大きいメグミちゃんなんだよぉ〜〜っ‼︎

 女の子扮するメグミちゃんは、両手をパタパタとさせながら三人の周りをくるくる回った。

 呆れるやら可笑しいやらで…ヴィオレッタは笑い声を堪えながら物陰から姿を出して、四人の前で言った。

「何してるの?」

 すると…

「うぎゃあああああぁ〜〜〜っ!…怪物出たあああぁ〜〜〜っ‼︎」

 女の子たちは叫んで、雨の中を散りじりになって逃げていった。

 オリヴィアはエヴェレットから渡された、撥水効果抜群のエルフ特製「みの」を頭からすっぽり被っていた。…大時代的な雨具なので、子供たちには珍しかったのかもしれない。


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